「どんな症状でも診る」離島・中山間地を支える総合診療医、患者との距離の近さが「面白い」 医師不足に悩む島根・奈良の現場を訪ねた

田村叶和さんを診察する白石吉彦医師(右)=2023年4月、隠岐島前病院

 各地で人口が減り続ける日本。住民の健康を支える医療サービスは住み慣れた地域で暮らすために欠かせない生活インフラの一つだ。医学部の定員増加などで全国の医師数は過去最多だが、大規模病院が多い都市部に集まりがち。過疎地では専門医が少なかったり、跡取りが見つからずに医院が閉鎖されたりと、担い手不足が著しい。厚生労働省が2023年4月に公表した都道府県別データでも、地方部の医師不足が指摘された。離島や中山間地の医療現場はどうなっているのか。島根と奈良の病院を巡った。(共同通信=藤元万理子)

 ▽本州から2時間半の島、6千人の健康を引き受ける

 島根・隠岐諸島にある西ノ島。最も近い本州の港がある鳥取県境港市や松江市から、フェリーで約2時間半かかる。この島にある隠岐島前病院のベッド数は44床。近くの中ノ島、知夫里島を含む“島前”地域では入院施設のある唯一の医療機関だ。3島にそれぞれある診療所と連携し、住民計約6千人の健康を一手に引き受けている。

 「もうすぐバスケの試合があるんだって?」。白石吉彦医師(56)が中学2年の田村叶和さん(14)に声をかけた。田村さんは右足を捻挫し、中ノ島から通院していた。この日は超音波検査器で骨の状態を確認した。「もう大丈夫。全力で走れる」と治療終了が伝えられると、田村さんから笑みがこぼれた。付き添っていた母さやかさんは「本来なら、整形外科がある本州の病院まで行かないといけない。ここがあって助かる」と話した。

隠岐島前病院=2023年4月、島根・隠岐諸島の西ノ島

 ▽腰痛にてんかんの発作、診療科の垣根を越えて診察
 隠岐島前病院の常勤医は6人。全員が診療科の垣根を越えて疾患を診る総合診療医だ。肩こりや腰痛は超音波検査機器で治療し、耳鼻科や小児科の患者も診察する。

 2022年4月から勤務する北村亮医師(33)は「ここではどんな症状でも診る。切り傷を縫ったり、釣り針を抜いたりと簡易な外科の手当てもする。てんかん発作の恐れがある患者には院内で勉強会を開いて対応した。医療の幅が広くて驚いた」。こうした現場で学びたいと、全国から見学や研修に訪れる医師が後を絶たない。

 東京都出身の北村医師は、地域医療を深く知るため西ノ島に来た。「同僚の医師や看護師らと知恵を出し合い、工夫をこらす環境は大いに勉強になる。患者との距離が近く、治療の効果がはっきり分かることに、医師として面白みを感じる」と語る。

研修で超音波検査機器の使い方を学ぶ看護師ら=2023年4月、隠岐島前病院

 ▽病院と診療所が相互にカバー「医師が代わっても続けられる仕組みが大事」
 西ノ島から船で20分ほどの知夫里島。人口600人ほどの小さな島だ。知夫村診療所の加藤輝士所長(33)は週3回程度、隠岐島前病院で診察する。その間の診療所は、病院から来た別の医師が勤務する。診療所と病院で相互にカバーする体制をとっている。

 隠岐島前病院の黒谷一志院長(44)は「島内の医療を一人で負うのは精神的にも大変。病院と診療所を行き来することで、それぞれの現場で学べる。人が代わっても続けられる仕組みにすることが大事だ」と説明する。住民にとっても、相性の良い医師を選べる利点がある。

 加藤医師は隠岐島前病院の打ち合わせにもオンラインで毎日参加する。病院と診療所で小まめに情報共有しているため、診療所の患者が病院に入院した場合のケアもスムーズだ。

オンラインも使った病院と診療所の打ち合わせ=2023年4月、隠岐島前病院

 ▽住民は65歳以上が40%、医師も高齢で引退
 奈良県宇陀市は山あいに集落が点在する中山間地域が大半を占める。三重にも大阪にも出られるアクセスの良さはあるものの、大学進学や就職で若い世代が市外へ転出し、人口減が止まらない。4町村が合併する前の2005年の3万7千人が2020年には2万8千人になった。65歳以上の高齢者は人口の40%を超える。市内の金融機関が営業日を減らすなど、人口減の影響は日常生活にも及んでいる。

 約6千人が暮らす大宇陀地域には3人の開業医がいたが、北部地区では高齢で体調を崩すなどして2018年に1人が引退。山あいの南部地区の医院も跡継ぎが見つからず閉業した。

 ▽何でも相談できる「動く診療所」が地域を巡回
 住民の身近で診察する医療機関が相次いでなくなり、宇陀市は医師会などと対応を協議することになった。そこで出てきたアイデアが移動診療車を使った「動く診療所」だった。

 移動診療車は大型バス並みの広さがあり、宇陀市立病院と同じ電子カルテが使える。災害時も活動でき、心電図やエックス線検査機器も完備する。簡易な血液検査も可能だ。医院がなくなった大宇陀地域の2地区へ週に計3回出向く。新型コロナウイルスのワクチン接種や、市による住民向け健康診断でも活躍した。集会所など地域の施設が待合室代わりとなる。

奈良県宇陀市が導入した移動診療車=2023年5月、奈良県宇陀市

 診療車を訪れた佐藤千賀子さん(67)に宇陀市立病院の佐和明裕医師(32)が問いかけた。「最近調子はどう?まだたばこは吸っている?」「先生、本数がなかなか減りません」。佐藤さんは近所の医院が閉鎖された後、病院に足が向かなくなった。2022年秋に診療車の健康診断で高血圧が判明し、それから月に1度、巡回診療を利用している。「ここは待ち時間も短いし、病院らしさがないのがいい。何でも相談できる」と笑顔を見せる。

 佐和医師は「高齢者は最寄りの医療機関まで距離があると、体の具合が悪くても我慢してしまう。普段から気軽に医師にかかれるようにして、受診控えをなくしたい」と話す。

 移動診療車は導入に9600万円かかり、維持費は年間で2千万円を超える。採算面からも利用者の掘り起こしが課題だ。宇陀市は巡回診療の日に合わせたイベントや移動販売などで、より多くの住民に利用を呼びかけることも検討している。

移動診療車で診察する佐和明裕医師=2023年5月、奈良県宇陀市

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