タクシーサイネージメディアを運営する株式会社ニューステクノロジー(以下、ニューステクノロジー)と、ソニーグループ株式会社(以下、ソニーグループ)とタクシー会社複数社によるジョイントベンチャーであるタクシーアプリ大手のS.RIDE株式会社(以下、S.RIDE(エスライド))が共同事業を拡大している。
2021年3月に日本初の車窓メディアとして「Canvas(キャンバス)」を発表して、この6月には機能を大きく拡充した。「新しい移動体験」を追求し、自動運転時代を見据えた車室の創造にも可能性をにじませる。
ニューステクノロジー三浦純揮社長(以下、三浦氏)と、6月に就任したS.RIDE橋本洋平社長(以下、橋本氏)に両社の展開、タクシーメディアとモビリティの将来を聞いた。
■二大テーマ、タクシー産業のDXと新しい移動体験の創出
――まず、S.RIDEの社長に就任した経緯を教えてください。
橋本氏:
私はソニーのエンジニア出身で、S.RIDEで創立以来、アプリの企画、開発、運用、マーケティングの責任者をしてきました。前任の西浦が創立から5年間会社を引っ張ってきまして、S.RIDEの事業基盤はかなりできています。コロナ禍が明けて、市場の変化が激しくなっているこのタイミングでの交代で、次の大きな成長フェーズを作ることが使命だと思っています。
タクシーアプリと車載広告の掛け算で生まれる付加価値と可能性【ニューステクノロジー×S.RIDE対談】
コロナ禍の影響を強く受けたタクシー業界。現在、新たな収益源の確保に関心が集まっている。タクシー向けモビリティメディア「THE TOKYO TAXI VISION GROWTH」を運営する株式会社ニューステクノロジー代表取締役の三浦純揮氏とタクシーアプリ「S.RIDE」を展開するS.RIDE株式会社 ...
――成長フェーズを作る上で今の経営課題は何ですか?
橋本氏:
大きなテーマが2つあると思っていまして「タクシー産業のDX」と「新しい移動体験の創出」です。
「タクシー産業のDX」では、ソニーのAIやITの技術を使ってDXを進める余地がまだまだあると思っています。AI需要予測でのドライバー支援やタクシー事業者が各社それぞれにもっているコールセンターの効率化、決済端末などです。S.RIDEアプリを使った送客や決済、お客様の利便性向上といったこれまでのサービスを磨きながら、タクシー産業全体のDXを進めていきます。
「新しい移動体験の創出」では、日本だけでなく世界でも最新の取り組みにチャレンジし、豊かな移動体験につなげていきたいですね。エンターテインメントが一つのキーワードと思っています。一番深くお付き合いさせていただいているパートナーのニューステクノロジーさんを通じていろいろなコンテンツIPと連携します。
――ソニーグループは車両「VISION-S」、ソニー・ホンダモビリティ株式会社は「AFEELA」を発表しています。S.RIDEとの連携は考えていますか?
橋本氏:
現時点で具体的に申し上げられることはないのですが、S.RIDEは都内だけでも1万台以上のタクシー車両が走っています。パートナーと協働して、新しい移動体験の探索に先駆けてチャレンジすることは当社の強みであり、役目の一つです。先程のエンタメに加えて、テクノロジー面でも、いろいろなデータを集めることで現在のサービスの改善や、自動運転、未来のクルマの考え方にも応用できると考えています。
■最高益と次への仕込み
――車内メディアGROWTH(グロース)事業が2022年に過去最高益を記録しました。要因は何でしょうか?
三浦氏:
GROWTHのメインのクライアントはB to B企業です。コロナによるリモートワークの普及や対面営業の減少を背景に、マーケティングの仕方を変える必要に迫られました。そこでGROWTHに広告を出稿してタクシー利用が多いビジネスパーソンや企業の決裁者層に対して認知がとれることで、受注につながるという流れができ、申し込みが増えたことが大きいと思っています。
――S.RIDEの配車件数も好調とうかがいました。
橋本氏:
今年6月に過去最高となり7月も過去最高をさらに更新しました。指数関数的に伸びていて、おかげさまで極めて順調に推移しています。UI、UXを含めて愚直にお客様の声やデータを基にサービス改善を続けていることが理由にあると思っています。お客様の需要とタクシー車両の供給のバランスもとれていて、法人契約も大きく増えており、また、GROWTH、Canvasも好調です。
さらに、立ち上げ当初の利用者は30代から50代男性が中心だったところ、最近20代の、特に女性が大きく増えている変化もあります。社会人になってタクシーを使ってみようとアプリをダウンロードしているのかと考えており、こういったユーザー層が今後は幅広く増えることを期待しています。
――それでは、両社の取り組みの最新状況と今後について教えてください。
三浦氏:
最近のアップデートでは、VODサービスの感覚で好きなコンテンツを見られるCanvas車両の新機能「GROWTH MOVIE」を実装するなど、タクシー後部座席の大型タブレットでできることを増やしています。S.RIDEさんと一緒に都内の平均乗車時間18分を広告枠とする今のビジネスに対する、実証も含めたアップデートです。
いつ来るかはともかく、将来の自動運転でタクシーの移動コストが5分の1、10分の1になるなら、移動時間、車内の可処分時間が増える。すると、好きなコンテンツを視聴したいニーズが増えると思いますし、目的地に合わせてコンテンツを出し分けることも実現できると考えています。移動中に楽しむメディアとして枠を買ってもらい、今とは違った収益が生まれるといいなと思います。
新メニュー4つ追加 Canvasが広告メニューをアップデート
株式会社ニューステクノロジー(以下、ニューステクノロジー)とS.RIDE株式会社(以下、S.RIDE)は、モビリティ車窓メディア「THE TOKYO MOBILITY GALLERY Canvas」(以下、Canvas)において、広告メニューを大幅にアップデートした。具体的には、ユーザーが動画コンテ...
橋本氏:
後部座席のタブレットですと、広告や動画を大きくするだけでなく、大型画面だからこそできるリッチな情報表現を両社で考えています。また、ミュージカル「スクールオブロック」仕様のタクシー送迎で観劇に行くプランや、過去には「ONE PIECE」「TWICE」といった強いIPと連携することで何度も乗りたくなる仕組みを実施しています。
稼働中の「ミュージカルスクールオブロックタクシー」(ニューステクノロジー提供)
車内の可処分時間が増えるという観点では、コンテンツを楽しむ、ビジネスに利用するなどお客様それぞれの使い方ができるでしょう。湾岸線を移動して車窓から海を見ながら仕事をするなど、ライフスタイルが豊かになる空間へと車室を変えられると、もっと面白い移動体験が創れると思っていて、両社で一つ一つ取り組んで解を見つけていきます。
■タクシーの空間設計も 車室全てで見せる
――タクシー車内外のエンタメの見せ方や、両社で話されている方向性について、もう少し教えてください。
三浦氏:
乗車地Aから目的地Bまで移動するのがタクシーですが、スクールオブロックタクシーやジャイアンツタクシーというのは目的地である劇場や東京ドームに向かいながら、特別仕様のタクシーで気分を上げながら移動していただく取り組みです。
さらに、A地点からB地点までの移動が目的ではなく、好きなコンテンツを感じることができる環境で移動体験自体を楽しみたいというファンのニーズもあると思います。こうした文脈の中で技術的な連動も含めて、より深い体験を提供できるように今後1年でやっていこうと考えています。
あとはタクシー車両の空間設計みたいなこともやっていく必要もあるだろうなと思っています。タクシーアプリで車両を呼んで目的地に行くという動線は、自動運転社会を先駆けており、外観よりも空間の価値がより重要になります。車内で広々と会議できたり寝そべったり車内体験が拡充すると、移動自体がワクワクするものになると思います。
――ニューステクノロジー、S.RIDEで移動体験を拡充するような車内空間を提案していくのでしょうか?
三浦氏:
個人的に興味がある領域でもあるので、トライしてみたいと思っています。
橋本氏:
エンタメコンテンツもありますし、ソニーのオーディオ技術などいろいろなコンテンツやテクノロジーが使えると、タクシーの移動体験をもっとアップデートできる気がします。
三浦氏:
移動する映画館みたいなものを創るときに必要なのはタブレットでなく、空間そのものの設計で、空間演出がすごく重要なんだと思います。
■自動運転待たずいち早く体験提供
――やはり、連携していく上で自動運転は鍵になっていく印象を受けます。
橋本氏:
自動運転時代を想定して何を仕込んでいくかが大事ですね。まだ先なのか数年後なのか見方は分かれますが、そこに向けて先駆けて仕込んだアイデアによって人々の移動体験は自動運転時代を待たずとも豊かになるのではと考えています。
三浦氏:
自動運転になって初めて出てくるサービスはなさそうな気がしています。タクシーやデリバリーのコストが下がり、すでにあるサービスが一気に普及するのかなと。私はふだんゴルフをやるのですが、自動運転でゴルフ場まで相乗りできれば、クルマを保有している人じゃないと継続するのが難しいスポーツから概念が変わると思います。
――もう少し広い範囲での両社の連携についてもお話しいただけますか?
橋本氏:
やはり、いろいろなコンテンツIPのパートナーとつながっているニューステクノロジーさんと新しい車内体験を創れるのは、我々の関係として大きいところです。そこにS.RIDEのアプリサービスやソニーグループのコンテンツIP、テクノロジーも有機的につなげていくと、自動運転が完全実現する前でも、自動運転時代の体験を先駆けて両社で創れると思っています。
三浦氏:
弊社は、親会社がPRの株式会社ベクトルであり、社内にもプランナーやクリエイティブ専門の人材がいるので、アイデアや企画をユーザーの体験に紐付けていくかを大事にしています。Canvasも元々は私のアイデアで最初は外部の開発会社に一度作ってもらったことがあるのですが、S.RIDEのみなさんが「これじゃローンチできない」と技術面・開発面を中心に意見をくださり実際に調整してくださったおかげでローンチすることができました。
いい意味でそういうことが多くて、弊社がアイデアを形にして、S.RIDEの技術でサービスインできるまで磨き上げるという関係ができています。
■ドライバーの安心生む需要予測、より魅力的な産業へ
需要予測サービスがドライバーの働きやすさに貢献している(S.RIDE提供)
――タクシー産業の現状をどのようにみていますか?コロナ後の状況や課題、両社による対応などをお願いします。
橋本氏:
コロナでタクシー利用者が激減し、タクシー事業者も運行台数を減らす中で相当数のドライバーが退職しました。ここ半年で一気に人出が戻る中、車両はあるのに運転するドライバーが完全に戻っていないというのが現状で、ドライバーの採用が一番大きな課題だと考えています。
対応の一つとして、ソニーのAI技術を使った需要予測サービスをタクシー事業者に活用いただいています。過去の乗車位置、天候などいろいろなデータを基に乗客を見つけやすい場所をAI技術で予測し、ナビする仕組みです。導入した大和自動車交通様に、はっきりと言っていただけたのが、需要予測で新人ドライバーが安心感をもって働くことができる、採用に役立っているということです。
――需要予測がドライバーの働きやすさ、採用増につながっているという点をもう少し教えてください。
橋本氏:
新人ドライバーは乗客を見つけられるか不安感が大きいと聞いています。求人で需要予測の紹介をすることで安心につながり、応募者数は10.3%、内定者数も9.4%増加し、各ドライバーの売り上げも5~10%くらい増えているとのことで、需要予測のナビを使いながらまず仕事に慣れて、そこから自分のノウハウを作っていけると評価されています。
三浦氏:
弊社もS.RIDEさんもドライバーさんがいるからこそ事業が成り立つのであって、タクシー産業の可能性をさらに引き出すこと、ドライバーがより働きやすくなり、その仕事の魅力が伝わる取り組みの必要性を感じています。
橋本氏:
タクシー車内が豊かな空間になってドライバーがその世界観やブランド価値を守る、となるとタクシー産業が提供する価値はさらに増すと思います。テーマパークで働いているキャストは来場者と同様にあの世界観が好きで、誇りを持って働いているというような。車内のコミュニケーションが一層上質になり、お客様もサービスを使う頻度が増える、ドライバー採用にも好影響が出るというように変わるのではないかと思います。
■両社で創る未来のタクシー、モビリティ
――最後に、モビリティが今後どのように変わっていくか、変わる中でどんなサービスを提供していくかをうかがえますか?
橋本氏:
クルマを「呼ぶ」「支払う」を磨き込んでいる配車サービスは世界中にありますが、新しい移動体験を追求して配車と連携したサービスはまだ多くありません。アプリでタクシーを呼ぶところから移動体験、支払いまで一気通貫の新しい世界を創れたら、自動運転時代を待たずに豊かな体験を享受できる。そして、自動運転の到来で一気にすそ野が広がるのではと考えています。
自動運転時代には乗客の需要予測、ユーザーと車両のマッチング、車内認証など弊社のもっている資産が不可欠です。テクノロジーを磨き、ニューステクノロジーさんと新しい移動体験を創っていきます。
三浦氏:
いつも「企業がモビリティを持つ時代になる」と言っているので、それを実現したいなという感じが大きいですね。例えば、飲料メーカーとコラボしたタクシーでは、車内に冷蔵庫が設置されていて実際にメーカーの水やジュースが飲めるとか、VODサービスとコラボしたタクシーでは、大画面で映画の一部を視聴することができるとか。体験に対して移動がどういう形で紐付くのかが大きいだろうと考えています。
S.RIDEのOEMできそうですよね。S.RIDEのUIが某ハイブランドで、コラボタクシーを呼び出して買い物にいくとか。タクシー車内でサンプルがもらえるとか。
橋本氏:
ここで創出されたアイデアやアセットの海外輸出も面白いですね。世界で移動体験まで含めて磨き込んでいる配車サービスは少ないと思うので。
【取材後記】
アプリと技術のさらなる改善、車内の過ごし方の多様化が新しい移動体験を創る。
今回の取材で、両社がサービスや技術だけでなく、ドライバーをとても大切にしていると感じた。タクシーが移動のためだけでなく、さらに魅力的な空間になれば、ドライバーや顧客も、世界観・ブランド価値を大切にするだろう。一人一人がキャストであり、誇りを持って働ける環境づくりが、サービス拡充につながるのではないだろうか。両社の今後の取り組みに期待したい。
(取材/井口昭彦、記事/後藤塁)