幸せな日々から一転、夫に「てめぇ、死ね、こいつ!」の今…“産後クライシス”妻だけが感じていた「予兆」

“警告”に気づかぬ夫に不満を募らせる妻(プラナ / PIXTA)

「旦那デスノート」という言葉を知っていますか? 夫の生活態度に不満を持つ妻たちが、この言葉をハッシュタグとして用いSNS上に日々の愚痴を投稿しています。夫の死を願う直接的な言葉にたじろぐ人もいるのではないでしょうか。「そんなものを書くくらいなら、さっさと離婚したらいいのに」と冷笑する人もいるかもしれません。

しかし、それぞれに離婚したくても踏み切れない事情もあります。「そんな中で『夫が死んでくれれば問題が解決する』と思う人がいることは、決して特別レアなケースではない」と説明するのは、働く女性などへの取材を続けるジャーナリストの小林美希さんです。

この記事では、七瀬美幸さん(仮名、38歳)を通して、妻の目線から夫婦関係を見ていきます。第2回は美幸さんが結婚・妊娠時を振り返ります。美幸さんはこの頃からすでに、夫へのいら立ちを持ち始めていました…。(連載第1回はこちら/#3につづく)

※この記事は小林未希さんの書籍『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

幸せから「産後クライシス」へ

妊娠中、夫は美幸さんの大きなお腹に嬉しそうに「早く出ておいで」と話しかけ、2人は幸せそのものの夫婦だった。

夫は「重いものは持つな」と、スーパーの買い物袋1つだって美幸さんに持たせない。転ぶと危ないから階段は使わず、エレベーターを探す夫。ドアがあればレディファーストで開けて待っていてくれ、歩く道に段差が少しでもあれば手を引いてくれた。

――ああ、あの時は幸せそのものだったのに。

いつしかそんな夫はどこかに消えてしまった。今や「てめぇ、死ね、こいつ!」としか思えないのはなぜ? でも、夫は産後に積もり積もったこの怨念のような気持ちに気づかないだけ。予兆はあったし、何度も警告したんだってば、といつも思うが夫の言動は直らない。

こうした美幸さんの気持ちの変化を表すかのような調査がある。ベネッセ次世代育成研究所による夫婦300組を対象とした「第1回妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査」(2006〜2009年縦断調査)の中の「はじめての子どもを出産後の夫婦の愛情の変化」を示す数値だ。

この調査では、「配偶者といると、本当に愛していると実感する」という割合は妊娠期では夫婦ともに74.3%だが、出産後、妻の愛情は急激に低下していく。

子どもが0歳児期で夫は63.9%に対し妻は45.5%、1歳児期で夫は54.2%となり妻は36.8%。2歳児期では夫の下がり幅は低下して51.7%にとどまるが、妻は34%まで落ち込む。これは「産後クライシス」とも呼ばれている現象だ。

筆者は、妊娠期の74.3%という数字が高いかどうか検証することも必要だと見ている。つまり、妊娠しても4人に1人は「配偶者を本当に愛している」とは思っていないのだ。

前述の美幸さんも、振り返ると、結婚した時から、夫に死んでほしいと思うようになる前兆があったような気がしてならないのだ。

「20代のうちに結婚して、子どもを作って……」

独身時代、会社に寝泊まりも当たり前の業界にあっても恋に積極的だった美幸さんは、仕事の合間を縫っては合コンに出て華やかな恋愛もしていた。

そんな時に、仕事の取引先で偶然、初恋の男性と再会。互いに「運命の再会だ」とすぐに恋に陥り、結婚を考えた。半同棲生活を始めると、仕事で帰りが遅くなる美幸さんのために彼がご飯を作って待っていてくれる。たまの休日に美幸さんが疲れ切って昼まで寝ていると、洗濯もしてくれる優しい彼。その幸せは長くは続かず、すれ違いの生活に彼から別れを告げられた。仕事好きの美幸さんに、彼は「今はいいけど、結婚したら、パートくらいで働いて家にいてほしいと思っていた」と言った。失恋の痛手は大きかった。28歳の時だった。

団塊世代の両親の影響から、20代のうちに結婚して、子どもを作って……というイメージを植え付けられ、そこから抜け出せないでいた美幸さんは「今から恋愛をゼロからスタートさせて結婚なんて無理じゃないか」と半ばあきらめ、仕事に生きようと覚悟を決めた。

そんな矢先、同じ会社の9歳年上の先輩が「いつも良い仕事しているね」と声をかけてくれた。仕事が終わった深夜0時から飲みに出かけ、仕事の話で盛り上がるうちに自然な形で恋愛関係になった。サービス残業も土日の出勤も、彼も仕事していると思うと楽しく感じる自分がいた。ぎりぎり29歳のうちに結婚。

「婚姻届」を出す時は幸せいっぱいのはずだが…(※写真はイメージ mits / PIXTA)

しかし、婚姻届を出す時に、問題が起こった。

結婚式前日の押し問答「夫とは年齢も離れていたし、両親や周囲の刷り込みから結婚したら自分が姓を変えることが当たり前だと思っていたけれど、いざ婚姻届を書く時に、なんで私が姓を変えなきゃいけないの?という理不尽さに気づいた」と美幸さんは今でも納得がいっていない様子だ。

本来なら、幸せの絶頂を感じながらサインする婚姻届だが、その時まるで北極圏のような寒さのなかに2人はいた。

「ねぇ、なんで私が姓を変えるの? 嫌だから、あなたが変えてよ」と、美幸さんが素朴な疑問を投げかけると、夫はこう答えた。

「は? 女が変えるのが当たり前だろ。俺に婿養子になれっていうの? 俺の親になんて言えばいいんだよ」

その言葉に美幸さんは唖然としてしまった。

「は?って何!? 女が変えるのが当たり前? そもそも婿養子になれなんて言ってないじゃん」

押し問答が続いたが、明日は結婚式。

心の中で「なんだよ。こんな器の小さい男と分かっていたら、結婚しなかったのに」と思ったが、もう逃げられない。「いいや、とりあえず20代で結婚できたから、理由をつけてすぐ離婚しちゃえ。そうすれば名前は戻るし」と、妥協した。

美幸さんの夫は、姓のこと以外では美幸さんと大きな意見の相違もなく、優しく、仕事にも理解がある。職場では、給与の振込口座は戸籍名の口座への変更を求められたが、それ以外の営業活動は“通称”つまり旧姓のままで良かった。「とりあえずは、いいか」と、しばらく平穏な日々を過ごした。

妊活、そして妊娠。しかし…

いつか子どもを産みたいとは思っていたが、連日連夜、終電帰りではなかなか難しかった。

何より、「すぐに別れちゃえと思っていたから、離婚しやすいように2年は子どもを作らないでおこうと思った」という美幸さん。その2年が経って、離婚しないでやっていけるかと確信した頃から、婦人科クリニックを受診し、市販の排卵検査薬を買って排卵日を調べてみたりと、子作りに積極的になった。

いわゆる“妊活”(妊娠や出産を意識した行動)だ。明治安田生命福祉研究所が2013年に行った調査によると、20〜30代の女性で既婚の8割、未婚の6割が、妊活を経験している(「第7回結婚・出産に関する調査」)。

結果、34歳で妊娠。幸せを感じる日々を過ごす一方で、夫に対する恨みは募り始めていた。

(つづく)

© 弁護士JP株式会社