笑いと皮肉の「インドあるある」満載! 極上ボリウッド・コメディ『ルートケース』は政策批判も巧みに盛り込む

『ルートケース』

極上ボリウッド・コメディ

インド映画の勢いが止まらない。昨年10月21日公開の重量級作品『RRR』が大ヒットし、現在も日本語吹替版を含めて公開中で、日本での興収は23億円に迫ろうとしている。

さらに本年7月14日には、『K.G.F:CHAPTER 1&2』(2018年/2022年)と『ランガスタラム』(2018年)という、これまたヘビーな3作品が公開され、全国を行脚中だ。いずれもずしりとした見応えのある作品なのだが、大作続きに少々お疲れのインド映画ファンもいらっしゃるのでは、と思う。

そのお疲れを癒やすのが、CS映画専門チャンネル ムービープラスで放送される『ルートケース』(2020年)である。ボリウッド映画、つまりヒンディー語映画の上質コメディー作品で、社会風刺も効かせながら、大いに笑わせてくれる。

監督は、本作で劇映画デビューを飾ったラージェーシュ・クリシュナン。元は広告業界で働いており、彼が作るユーモラスなCMは、テレビで流れて評判になっていたという。

その後、テレビドラマの共同監督を経て本作で映画監督デビューしたのだが、権威ある<フィルムフェア>誌の第66回映画賞で、新人監督賞、最優秀脚本賞など合計8部門にノミネートされ、新人監督賞を受賞した逸材である。

ルートケース=盗難スーツケース事件

タイトルの『ルートケース』は造語で、ヒンディー語の「ルートナー(盗む)」と「ケース」を合体させたものだ。「ケース」はスーツケースの「ケース(容れ物)」であり、“事件”の「ケース」でもある。つまり「盗難スーツケース事件」というわけで、タイトルからして洒落が効いていてセンスを感じさせる。ムンバイの、庶民が暮らす昔ながらの3階建て集合住宅を舞台にし、今の世相を随所に盛り込んでいる点も二重丸。気楽に見られて、かつ現在のインドがよくわかる作品となっている。

主人公は、印刷所で働く妻子持ちのブルーカラー、ナンダン・クマール(クナール・ケームー)。残業で遅くなったある晩、帰宅途中にちょっと……とガラクタの積んである向こうで用を足したら、その中から赤いスーツケースが転がり出てきた。持ち重りしそうなスーツケースに、「何だ、これ?」とジッパーを開けてみると、中には紫色の2,000ルピー(換算すると約3,600円だが、価値から言うと1万円かそれ以上)札がぎっしり。明らかに、ヤバい裏金だと推測できる中身だ。

「ちょっと聞くけど、これ、誰の?」と夜の闇に控えめな声を放ってみても、もちろん答えはない。ナンダンはスーツケースを引きずって遁走することにした――、というのが、「盗難スーツケース事件」の発端である。

平凡な主人公を取り巻く個性豊かなワルたち

この後、ワルどもが次々に登場してくるのだが、その顔ぶれをご紹介しておこう。まずは、議員のパティル(ガジュラージ・ラーオ)で、ある大臣の子分であるこの議員が諸悪の根源、合計1億ルピー(約1億8千万円)の賄賂入りスーツケースを用意した犯人だ。

パティルには、汚れ仕事をやらせる配下が何人かおり、今回スーツケース運搬を任されながらドジを踏んでしまったのが、オマールとその義弟アブドゥルの2人。オマールは組織の親分なのだが、いまひとつ頭がよくない男なのだ。一方、同じくパティルに使われているのが、別組織の親分であるバラ・ラトール(ヴィジャイ・ラーズ)で、担当させた2人の部下をうまく使う、なかなかの切れ者である。

さらにもう1人、現職警官でありながらパティルの意を受けて動くのが刑事コルテ(ランヴィール・ショーリー)で、彼も裏仕事用の手下を1人抱えている。この8人が、直接、間接にナンダンとからみながら、ストーリーを展開させていくことになる。

笑いと皮肉が込められた「インドあるある」解説

事件がどんな風に転がっていくのかはご覧になってのお楽しみだが、緻密にプロットが組み立てられ、脚本賞ノミネートが納得できる面白さだ。またその合間に、「インドあるある」&「インド人あるある」ネタやギャグが挟まれていて、見ている方は吹き出したり、ニヤリとしたり。

バラ親分は『ナショナル ジオグラフィック』オタク

『ナショジオ』ネタはインド人なら大笑いすることだろう。『ナショナル ジオグラフィック』は100年以上の歴史を持つ自然や地理を扱う写真雑誌で、日本版も出版されている。またテレビチャンネルも持っていて、インドでは1990年代半ばの衛星放送導入後にチャンネルに加わり、結構人気なのだ。

そんな『ナショジオ』オタクのバラ親分は、動物の世界は人間世界に通じると手下に説教をたれながら、しつこくチャンネル加入を勧めるのである。ラスト近くの見せ場にも『ナショジオ』ネタが生かされているので、お見逃しなきように。

インド騒然の「高額紙幣 廃止」事件

また、大金の詰まったスーツケースは紙幣が2,000ルピーであることから、多くの人が2016年11月16日にモディ首相によって宣言された“高額紙幣2種の突然廃止”事件を思い出したことだろう。この時は1,000ルピー札と500ルピー札が廃止されて即刻使えなくなり、新500ルピー札と共に2,000ルピー札の発行が通知されたのだが、旧紙幣の預け入れや交換ができるのは12月30日までとされ、1回の交換額も制限されたため、手元に現金を持っていた人たちは大パニックに陥ったのだった。

政府は「地下経済」の資金浄化や偽造紙幣撲滅が目的だと言っていたが、この施策実施により本当に浄化されたかどうかは大いに疑わしい。『ルートケース』はこの時発行された2,000ルピー札を登場させることで、政府の施策を皮肉ってもいるのだ。

その2,000ルピー札も、2023年5月19日に流通停止が発表され、紙幣としてはまだ使えるものの、以後新札は発行されないことになった。今回は、電子マネーの普及で現金依存度が低くなり、高額紙幣の必要性が低くなったことによる判断だが、すると最高額紙幣は500ルピーとなり、1億ルピーはスーツケース1個にはとても収まらない。本作『ルートケース』が最後の現ナマ賄賂映画になるかも、とか考えながらご覧になるのも、また一興である。

文:松岡環

『ルートケース』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ハマる! インド映画」で2023年8月放送

© ディスカバリー・ジャパン株式会社