「買い手目線のM&A実務」|編集部おすすめの1冊

数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Onlineがおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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買い手目線のM&A実務 大野 貴史 著、中央経済社刊

本書は「買い手」となる上場企業の経理部門担当者が初めてM&Aに従事する場面を想定し、国内の売り手企業の株式を100%取得するケースを中心に解説。会計処理・税務処理を理解する目的で書かれた。具体例としてハウス食品グループ本社によるカレー専門店「CoCo壱番屋」の株式取得を取り上げ、クロスボーダーや組織再編、種類株式の活用など複雑なケースは取り扱っていない。

買い手初心者を対象にしているが、M&Aの案件に携わるのが全く初めてという方は、案件の進捗に合わせて該当部分を先取り学習する気持ちで読み進めるのがよいだろう。

著者は太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)を経て税理士法人や証券会社で企業価値評価やデューデリジェンス、M&A仲介・アドバイザリーなどを経験。コラムや解説の端々にM&A実務への見識が深いことがわかる。

著者によると、M&Aの会計を知るには、まずは資本コストを理解する必要があると説く。M&Aの意思決定を行うとき、M&Aの会計処理を行うとき、減損の会計処理を行うときには資本コストが用いられるからだ。

資本コストの重要性については、今年3月、日本証券取引所グループが全上場企業に向けて「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」を通達した。規則上の義務付けはないものの、資本コストや株価を意識した経営を実践し、資本コストの考え方を投資家にわかりやすく説明せよと求めている。

最終章「のれんの減損」では、東芝が2018年にたった1ドル(約113円)でカナダ系投資ファンドへ譲渡したウェスチングハウスが、2022年にカナダのウラン採掘大手カメコに約79億ドル(約1兆1600億円、負債を除いたWHの買収額は45億ドル)で買収されたことについて触れ、「M&Aには時流というものがあることが身に染みてわかる。紆余曲折の千万里、行く程に行く程に近くなったり、遠くなったりだ」と締めくくった。

本書はM&Aにおける株主への説明という点において、経営者やIR担当者にも参考になる部分が多いが、はじめの1冊としては他の書籍をお勧めしたい。会計初中級レベルで上場企業の経理部門担当者と対象が限定されているが、必要な人にはピタっとはまる1冊としておすすめしたい。なお、法務については触れていないので、M&Aの実務で必須となる契約書の知識は別の書籍で補完する必要があるだろう。(2023年8月発売)

文:M&A Online

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