大貫妙子、1980年代の楽曲を中心に構成した『ピーターと仲間たち』を開催! 打ち込みと生音の融合が見事なダイナミズムを生む貴重なライブ

猛暑の日々からほんのわずかに暑さもゆるやいだ8月21日と22日の両日、恵比寿The Garden Hallにおいて大貫妙子のライブが開催された。 <ピーターと仲間たち>と題された本公演のオープニングを飾るのは、ヒット曲「ピーターラビットとわたし」。さらに「色彩都市」とファン垂涎の2曲が続き、静かな興奮が会場全体を包む。この2曲は1982年発表のアルバム『Cliché』に収録されたもの。続く「ぼくの叔父さん」は1987年の『A Slice of Life』に収録。そう、この日のライブは、主に1980年代の楽曲を中心に構成されるものになった。 いわゆる生のバンド・サウンドから、ストリングスのカルテットを従えたコンサート、オーケストラとの共演など、さまざまなライブ・スタイルを見せてきた大貫だが、意外なことにこの時期の楽曲がライブで披露されることは極めて少なかった。近年は特に。それは、この時期の楽曲が、いわゆる打ち込み系、レイヤード・サウンドと呼ばれるもので、生(なま)のライブを指向する大貫の考えにそぐわないものになりつつあったこと、また何より、当時の音を忠実に再現することの難しさもあった。 しかし、1980年代作品を愛するリスナーは多い。そこで、まずレコーディングされたオリジナルのマルチ・トラックのテープの探索からはじめ、その状態をチェックし、音源を抜きとる作業を行なった。中には、テープ自体は見つかったものの、それをかけられるテープレコーダーがすでに世界中のどこにも無くなっていた、というようなこともあったという。そういったものについては、当時のシンセサイザーや機材を用いて新たに作り直した。

こうして、“打ち込み”なオケは再現できた。そこに、ステージに立つ卓越した実力派メンバーの演奏が重なって、より豊かな音の世界が築かれていく。ピアノ、キーボードは、80年代から長くコラボレーションしてきたフェビアン・レザ・パネ。ベースも大貫ファンにはお馴染み、鈴木正人。シーケンス、松井寿成。本ライブの肝となる、かつての音の再現に関して果たした、彼の功績は大きい。ドラムスは、今回初参加となる伊吹文裕。ギターも同様に初めて大貫のライブに参加の伏見蛍。そして、ここ数年、大貫のライブには欠かせない存在となっているキーボードの網守将平。それぞれがプロデューサーとしても活躍する実力派ばかりであるが、伊吹、伏見、網守によって「サポート・メンバーの平均年齢がグッと下がって」と大貫。「若者に囲まれて、幸せな大貫さんです……そんなに若者でもないか」と会場を笑わせた後、「どんな職業でも世代交代はしていくわけですが……まだ私は頑張らせていただきます!」という言葉に大きな拍手が贈られた。 この、打ち込みと生音の融合が見事なダイナミズムを伴って伝わってきたのが、「Volcano」。こちらは1997年発表のアルバム『LUCY』に収録されたもの。ライブ前半を締めくくる曲となった。 オープニングからいつものようにゆるやかでたおやかな空気でライブは進み、ジョークまじりの楽しいMCに客席も笑顔で応えていたが、こういったスタイルのライブに慣れていないという大貫のボーカルは、はじめはやや緊張している印象もあった。けれども、ライブが後半に入ってくる頃から次第に固さもやわらぎ、「PATIO」「Rain」という静かな名曲をしっとりと歌い上げ、唯一無二の大貫ワールドに聴き手を巻き込んでいく。 「LULU」は1997年の作品だが、80年代のテイストを残す印象的なベースの打ち込みからスタートする。続く「SIESTA」「テディ・ベア」と、このライブのために用意された“記憶の中の音色”が大貫のボーカルと絡み合って、これまでのライブとは違ったグルーヴを醸し出す。 出色は「CARNAVAL」。シーケンスによる一定のリズムに乗ってメンバーによるソロまわしが繰り広げられたが、ディジタルとフィジカルの格闘のような一面も見られ、歌い終えた大貫が「すごい拍手もらってません? これ何?」と驚きと戸惑いを漏らすほどの大きな拍手が会場全体を包み込んだ。 「ベジタブル」「宇宙みつけた」で本編終了。

うねるような拍手の波に迎え入れられて登場した大貫、「なんか今までのコンサートの中で一番盛り上がってません? どうしちゃったの?」と戸惑いながらも嬉しそうな表情。 アンコール1曲目「地下鉄のザジ」を歌うと、少し躊躇するように、「次の曲は……途中で歌えなくなっちゃうかもしれない。泣いたらごめんなさい」と口にした。初日、何も知らない観客からは親しげな笑いも漏れたが、次の言葉を聞いて会場は水を打ったように静かになった。 「次の曲は……、坂本龍一さんの曲、『SAYONARA』です」 ここで観客は気づく。このライブで披露された楽曲の多くが、数曲を除いて坂本龍一のプロデュースによってレコーディングされたものだったことを。 2日目のライブでは、関わったスタッフの全てをステージに上げ、「会場の皆で歌いましょう」と言った後、「坂本さん、聴いていてください」。そういって右手を天に掲げ、指をさした。 「空の青さが しみこんできて ひとみで 字を書いた もう会うはずないから 青空 さよなら 空見あげ 流すさよなら」 三十数年前に鈴木慶一によって書かれた歌詞が、まるでこの日のために用意されたかのように、哀しく優しく聴衆の胸に響く。途中、声を詰まらせるところもあった大貫だが、会場の手拍子と声援に支えられる形で歌いきった大貫。去り行く人への、深く、しかし決して沈み込むことのない軽やかなレクイエム、大きな拍手が惜しみなく贈られた。 「坂本さん、ありがとう」。そう言って大きく会場に、天に手を振った後、大貫はステージを後にした。

「こんな感じのコンサートを、またやりたいと思います」と語った大貫。近い将来の再演を熱望してやまない。

大貫妙子コンサート ピーターと仲間たち

出演:

大貫妙子

フェビアン・レザ・パネ/Apf & Epf

鈴木正人/Bass

松井寿成/Sequence & Keyboards

伊吹文裕/Drums

伏見蛍/Guitars

網守将平/Keyboards

セットリスト:

01. ピーターラビットとわたし

02. 色彩都市

03. ぼくの叔父さん

04. Happy-go-Lucky

05. 幻惑

06. Volcano

07. PATIO

08. Rain

09. LULU

10. SIESTA

11. テディ・ベア

12. CARNAVAL

13. ベジタブル

14. 宇宙みつけた

<アンコール>

01. 地下鉄のザジ

02. SAYONARA

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