【立川祐路──スーパーGT最速男との記憶】(3)平手晃平「多くを語らず、言葉なしで伝えてくる」

 7月28日、2023年限りでスーパーGTから引退することを発表したTGR TEAM ZENT CERUMOの立川祐路。1997年にJGTC全日本GT選手権にデビューを飾り、2001年、2005年、2013年と三度のチャンピオンを獲得。さまざまな名勝負を演じてきたドライバーの引退発表は、大きな反響をもたらした。立川のキャリアの中で欠かすことができない存在である同世代のライバル、チームメイトたちに、立川、そしてその引退について聞いた。

 第3回となる今回は、立川にとって直近のGT500タイトルをともに獲得したチームメイト、平手晃平だ。

■立川から授かったGTレースの真髄

 カートからキャリアをスタートさせた平手は、15歳でFTRS(フォーミュラ・トヨタ・レーシング・スクール)を受講しスカラシップを獲得。翌2002年、16歳という若さでフォーミュラ・トヨタへ4輪デビューを果たした。

 トヨタの若手育成プログラムの一員となった平手は、2003年に渡欧。フォーミュラ・ルノー2000イタリア選手権を皮切りに、F3ユーロ・シリーズ、そして2007年にはF1直下のGP2(現・FIA F2)へと上り詰める。

 11歳年上となる立川の存在は、2002年の4輪デビュー時には知っていた。ただし、「立川さんっていう速い人が、GTにはいる」程度だったという。

「しっかりと意識し始めたのは、2008年に日本に帰ってきてフォーミュラ・ニッポン(現・スーパーフォーミュラ)と、GT300に出場し始めたときです」。圧倒的な速さを誇っていた立川を間近に見た平手の中には、「いつかこの人の組みたい」という思いが芽生えていた。

 2009年からGT500にステップアップした平手は、3年目となる2011年、いよいよその時を迎えた。チーム・セルモへと移籍し、立川とコンビを組むことになったのだ。

2011年、初めてコンビを組んだ平手晃平と立川祐路

 憧れの立川と組んだ平手は、この年の第6戦でGT500初勝利をマーク。翌年は2勝を挙げランキング2位。立川&平手は、“トヨタのエースコンビ”と目されるようになった。

「僕と組むまでにGTで2回タイトルを獲っている方なので、タイトルを獲る難しさも熟知しているし、GT500のレースの厳しさもすべて味わっている。一緒のマシンに乗り、同じチームの中にいることで、立川さんからは多くのものを吸収させてもらいました」

 コンビを組む前、立川に対する平手のイメージは「あまり多くを語らない人」だったという。ともにレースを戦うようになり、もちろんコミュニケーションは深まったが、それでも根幹の部分は変わらなかった。

「いいレースでも、悪いレースでも、立川さんは多くを語らないんですよ。『言葉なしで伝えてくる』感覚があるんです」と平手。しかし、少ない言葉数のなかで、当時の平手にとって金言となるものもあった。悔しい敗戦のあと、立川は平手にこう言ったという。

「チーム全員でやっていることなんだから、自分ひとりで悔しがっていても前に進めないんだよ。とにかく結果で返すしかない」

 長い間シングルシーターの世界で生きてきた平手にとっては、負けたときにチームメイトも、チームスタッフも全員が悔しがるというGTレースならではの世界を、はっきりと認識させられた瞬間だった。

「“チームスポーツであることの大切さ”みたいなものを、あまり多くを語らずに自分に伝えてくれたように思いますね」と平手は振り返る。

ZENT CERUMO SC430(立川祐路/平手晃平) 2013年スーパーGT第8戦もてぎ

■タイトル決戦でのスピン。そのときくれた一言

 立川と組んで3年目の2013年。シーズン中盤に3戦連続ノーポイントという苦汁を嘗めたセルモだったが、第6戦で優勝、続く第7戦でも2位と後半戦に勢いづき、ランキング首位に立って最終第8戦のツインリンクもてぎ(現・モビリティリゾートもてぎ)戦を迎えた。

 平手にとっては初タイトルが目前。その緊張感は公式練習開始早々に、2コーナーでのスピン・スタックという形で表出してしまう。立川とのレースで最も記憶に残っているシーンとして、平手はこのスピンを挙げた。

「そのときに『お前、硬くなりすぎだよ!』って言われたのがすごく印象に残ってますね(笑)。あれだけの実績を持っている人だからこそ、初めてタイトルがかかったときの心境も分かっていたのでしょう。そう言ってもらえたことで、僕は“素の自分”に戻れたんです」

2013年スーパーGT第8戦もてぎ、このレース3位に入り、2ポイント差でGT500のタイトルを決めた立川祐路と平手晃平

 この年、“獲り方”を知った平手は2015年、チーム・サードへと移籍すると、翌年に2度目のGT500タイトルを手にした。

 立川とのコンビ時代を振り返り、「あれがあったからこそ、いまの自分があると思っています」と語る平手。現在はニッサン陣営に移籍し、ライバルとなっているが、2023年第4戦富士での引退記者会見には道路渋滞を潜り抜け、なんとか出席を果たした。「間に合わないかと思って、焦りましたよぉ」。そう語る笑顔には、メーカーを跨いで続く互いの信頼関係も滲み出る。

「引退発表の2日くらい前にそういう話を聞いて、『立川さん、本当ですか?』ってメッセージを送ったんです。そうしたら決断の背景を含めて教えてくれ、『平手と走ってたときが一番楽しかったよ』って返ってきて。もう、すごい嬉しかったです」

 立川と組んでいたのは、わずかに4シーズン。それでも、GT500のトップチームで、“最速男”と過ごした濃密な時間は、平手のキャリアにとってかげないのないものとなった。

2013年、GT500のドライバー&チームタイトルを獲得した立川祐路・平手晃平とLEXUS TEAM ZENT CERUMO

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