およそ文明国とは思えない中国の理不尽

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#35

2023年8月28日-9月3日

【まとめ】

・処理水放出に対し、中国は文明国とは思えない理不尽な攻撃を続けている。

・問題は社会政治的なもの。閉塞感の中で人々が政府に対し不信を高めるのは当然。

・「非科学的な言いがかり」は「共産党による失政」への民衆の不満を逸らすためか。

いつもなら、欧米から見た今週の世界の動きから始めるところだが、今週は時間の関係でお休みさせて頂く。筆者の今週の関心事はやはり福島第一原発処理水放出に対する中国の信じ難い反応だ。大多数の日本人は驚きを越えて、あっけにとられたに違いない。

8月24日、中国は日本からの水産物を全面禁輸しただけでなく、25日には国内食品業界の経営者に対し、日本の水産物の加工や調理、販売を禁じる追加措置を発表した。IAEAが日本のALPS処理水海洋放出を「国際的安全基準に合致」と判断し、韓国ですら日本に対し放出を止めよとは言わなかったのにも関わらず、である。

中国は「日本政府は国際社会の強烈な疑問と反対を顧みず、一方的に核汚染水の海洋放出を強行した」というが、彼らの言う「国際社会の強烈な疑問と反対」など存在しないし、そもそも、放出水は「核汚染水」ではなく、自然界にも存在するトリチウムを除き、最新の科学的手法により安全に処理された水である。

現時点での情報に基づく限り、中国側は日本に対する一方的非難のみで科学的根拠は示さない。中国にも原子力発電所はあり、日本と同様、トリチウムを含む処理水を放出しているはずだ。事故があってもなくても、トリチウムに関する限り、処理の方法は変わらない。日本の処理水が駄目なら、中国の処理水もダメなはずである

それだけではない。中国にある日本の公館には抗議文、レンガ片や生卵の投げ込み、などの嫌がらせが続いているそうだが、中国側が取り締まったとは聞かない。更に、驚くべきは各地の 日本人学校・児童に対する嫌がらせだ。爆破予告や敷地内への投石、生卵の投げ入れ、登校中の児童に対する罵倒など、およそ文明国とは思えない理不尽な攻撃が続いている。あーあ、また始まったというのが筆者の見立てだ。

現在中国は経済的に低迷している。その理由は輸出の減少、不動産市場の低迷、個人消費の回復力欠如、過剰債務問題という4つの要因が複合的に経済成長を減速させているからだ。コロナ禍の流行が峠を越えても、中国経済は簡単には再生しない。こうした状況が中国国民の閉塞感を一層高めていることは想像に難くない。

一方、この経済状況は平成期の日本の「バブル崩壊」後に起きた「失われた30年」とは異なる。今の中国にはまだ生産性向上の余地があると見られるからだ。中国経済は「高成長から中成長へ移行」しつつあるのであり、1990年代以降の日本のようなデフレ突入による長期低迷に陥るとは限らない。この点、希望的観測は禁物だ。

問題は経済というよりも、むしろ社会政治的なものだ。中国でもついに成長率の低下が始まった。しかも、人口はこれ以上増加しない。されば、これまでのような経済成長も、生産の増大も、消費の拡大、雇用の拡大も期待できない。こうした閉塞感の中で多くの人々が不安や政府に対する不信を高めるのは当然だろう。

そうだとすれば、今回の日本に対する「非科学的な言いがかり」は新たな国内政治キャンペーンなのではないのか。科学的根拠もなく国民の「反日感情」を煽ることは、最近のコロナ後の中国社会で高まりつつある民衆の「共産党による失政」への不満を逸らすためではないのか。だとすれば、日本は中国の政治キャンペーンに屈する必要はないだろう。

〇アジア

習近平国家主席がウルムチを訪問し、「イスラム教の『中国化』を推進し、違法な宗教活動を効果的に取り締まるべし」と指示したそうだ。でも、イスラム教の「中国化」とは一体何なのか。神との契約に基づくイスラム信仰に「国籍」はない。それを「中国化する」というなら、あの人たちはイスラムを全く理解していない、ということである。

〇欧州・ロシア

ウクライナは南部で南下を目指す「ザポリージャ戦線」上の集落ロボティネを完全に奪還したと発表した。ロシア軍が築いた地雷原や塹壕など強固な防御陣地を突破したのだとすれば、ウクライナ軍にとって良いニュースだろう。だが、戦争には相手がいる。ロシア軍を過少評価することだけは避けなければ・・・。状況はまだわからない。

〇中東

イスラエル外相がリビア西部トリポリに拠点を置く暫定政権の外務・国際協力相と会談した。両国外相の会談は初めて、イタリアが仲介しローマで2国間の協力関係などを協議したそうだ。リビアで反対運動が起きるのは当然としても、他のアラブ諸国は黙っている。イスラエル国家の認知は既に流れになっている、ということか。

〇南北アメリカ

ワシントン連邦地裁はトランプ氏らを被告人とする事件の初公判を来年3月4日に開くという。当日は大統領選挙「スーパーチューズデー」の前日、これほど政治的影響の大きい日程を平然と決めるのだから、「司法の政治化」というトランプ陣営の批判にも一理はあるということかね。かかる政治的動きは逆効果にしかならないのでは?

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:香港のスーパーマーケットに並ぶ「豊洲」のラベルが貼られたアジ。24日からの処理水放出開始に伴い、香港行政府は日本の10都県の水産物の輸入禁止措置を発表した。(2023年8月22日 中国・香港)

出典:Photo by Sawayasu Tsuji/Getty Images

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