「再発防止チーム」の提言が終了 「ジャニーズ性加害問題」 “落とし所”はどこにある?

記者会見を行った「再発防止特別チーム」からは厳格な “提言”がなされた(8月29日都内 / 中原慶一)

ジャニーズ事務所の故・ジャニー喜多川氏による性加害問題を巡って29日、「外部専門家による再発防止特別チーム」の会見が行われ、ジャニーズ事務所に提出された3か月に及ぶ調査結果が報告された。

「調査報告書」の中では、「ジャニー氏は、古くは1950年代に性加害を行って以降、ジャニーズ事務所においては1970年代前半から2010年代半ばまでの間、多数のジャニーズJr.に対し、長期間にわたって広範に性加害を繰り返していた事実が認められた」として、性加害の存在を認め、その原因や背景、再発防止策、被害者救済、ジュリー藤島現代表取締役の辞任などについて提言した内容となっている。

しかし、これはあくまで「第三者委員会」の立場からの提言であり、それを受けての、ジャニーズ事務所の今後の対応が注目されている。

「事務所の過去の対応、ガバナンスの問題点を厳正に検討していく」

経緯をおさらいしておくと、発端は、ことし3月に英公共放送BBCによる、ジャニー喜多川氏(2019年没)による性加害問題を扱ったドキュメンタリー番組「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」が放送されたこと。

5月14日にジャニー喜多川氏のめいで現社長・藤島ジェリー景子氏は、性加害を “実名顔出し”で告発したカウアン岡本氏らに対し、「謝罪動画」を公開したものの、性加害の事実については「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」として世間から大ひんしゅくを買う。

その後、「週刊文春」やNHK「クローズアップ現代」を舞台に、性被害を受けた元ジャニーズJr.の告発が相次いだ。

世論の反発を受け、ジャニーズ事務所は6月12日、林眞琴・前検事総長や精神科医で全国被害者支援ネットワーク理事などを務める飛鳥井望氏など外部の3人の専門家による「再発防止特別チーム」を設置すると発表。林眞琴座長は会見で「第三者委員会だと思ってもらって構わない」「喜多川氏による性加害が起きたことを前提に、事務所の過去の対応、ガバナンスの問題点を厳正に検討していく」としていた。

国連「虐待に対処するよう強く促します」

一方、7月9日には、元ジャニーズJr.の二本樹顕理氏と中村一也氏が発起人となり、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」が発足したことが発表された。

さらに問題は国連が憂慮するところとなり、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が7月24日〜8月4日の日程で来日。被害を訴える当事者への聞き取り調査を行った。

およそ2週間の調査期間を終えた最終日の8月4日には、作業部会のダミロラ・オラウィ議長(ナイジェリア出身)とメンバーのピチャモン・イェオファントン氏(タイ出身)が、日本記者クラブで記者会見。

報道陣に配布された「ミッション終了ステートメント」では、「ジャニーズ事務所のタレントが絡むセクシュアルハラスメント被害者との面談では、同社のタレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになったほか、日本のメディア企業は数十年にわたり、この不祥事のもみ消しに加担したと伝えられています」、「しかし政府や被害者たちと関係した企業に対策を講じる気配がなかった」、「日本の全企業に対し、積極的にHRDD(人権デューディリジェンス)を実施し、虐待に対処するよう強く促します」などと、ジャニーズ事務所を名指しで批判し、政府や関連企業が対策を講じてこなかったことに強い懸念を示した。

同日、国連の会見に続けて、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー7人が会見。代表の平本淳也氏は、作業部会の提言を受け、「僕たちのメッセージがすごくストレートに伝わり、受け止めてもらった。ちょっと感極まってしまった。あそこまで語ってくれると思わなかった。真摯(しんし)に受け止めてくれ、僕たちに勇気をくれた」とコメントした。

一方、ジャニーズ事務所は国連の会見を受け、「外部専門家による再発防止特別チーム」からの提言を8月末に受ける予定で、それを受けて同社の取り組みを伝える記者会見を行うと公式サイトで発表。

そして今回、「外部専門家による再発防止特別チーム」からの提言について、会見が行われた訳だが、ジャニーズ事務所がどのような対応を取るのが注目されるところだ。 会見の日時については、「改めてご案内させていただきます」となっているが、8月30日現在、日程はアナウンスされていない。

国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会のダミロラ・オラウィ議長〈右男性〉とメンバーのピチャモン・イェオファントン氏〈左女性〉(8月4日都内 / 中原慶一)

英国人気司会者の性加害事件との類似点も

「テレビや全国紙などの大手メディアがこの問題は取り上げるようになり、状況は一変しました。テレビでいちばんキチンと報じているのはTBSです。すでに国際的な問題となってしまっているので、今までのようにマスコミの “自粛と忖度(そんたく)”を隠れみのに、ウヤムヤで逃げ切るのはもはや不可能でしょう」(全国紙社会部記者)

しかし、一体、この問題の “着地点”はどこにあるのか————。

まず、第一の大きな問題は、そもそも性加害の “容疑者”であるジャニー喜多川氏が2019年7月に87歳で死亡しているという点。

これに関しては、イギリスの音楽番組や子供番組の人気司会者であったジミー・サヴィルが、2011年に84歳で死去したのち、500人以上の未成年者に性加害を行っていたことが判明した「ジミー・サヴィル事件」とよく比較される。

ジミーの生前から告発は存在したが、警察は証拠不十分としてジミーを逮捕しなかった。しかし彼の死後、告発特集番組が放送されたことで、状況は一変。告発者が相次ぎ、ロンドン警察は2012年10月、正式な刑事捜査「ユーツリー作戦」に着手するに至る。

その結果、ロンドン警視庁は、214件の犯行、126件の猥褻わいせつと34件の強姦性的挿入犯罪があったと報告。しかし、50年に及ぶ犯行の全貌は掴めつかめないで、ジミー・サヴィルは「イギリス史上最も多くの罪を重ねた性犯罪者のひとり」と結論付けられた。

本件の「捜査」を進めることが難しい理由

ジミーの500人に対し、報道されている複数の告発者の証言によれば、少なくともその倍以上である「1000人以上」の被害者が存在するとされるジャニー喜多川氏。

2019年の死亡時には、 “偉大なアイドルプロデューサーが死亡”という報道一色で、性加害に触れたメディアは皆無だった。ジャニー氏が、捜査されることはやはりあり得ないのか。性加害問題について長年精力的に取り組んでいる法学館法律事務所の青木千恵子弁護士はこう話す。

「現在の日本の法律では、被疑者が死亡した場合は、訴訟条件(起訴するための法律上の条件)を欠くため、検察は、たとえ捜査途中の事件であったとしても不起訴処分をすることになります。『刑事事件』は国家が被疑者被告人に対してどのような刑罰を科すか決めるための手続きであり、『捜査』は公訴の提起および遂行のために犯人や証拠を発見・収集・保全する手続きなので、〈被疑者死亡による不起訴処分〉が明白である本件の捜査を進めることは難しいといえます」

ジミー・サヴィル事件で、イギリス警察が被疑者死亡後に捜査に着手した理由について、青木弁護士は、「被疑者の生前から捜査機関に対して散発的に告発が行われていた点」「イギリスでは、性犯罪に公訴時効がない点」の2点を挙げる。

「一方、日本では、2023年6月23日に法改正がなされる以前の旧(準)強制わいせつ罪の公訴時効は、7年と規定されていました。ジャニー喜多川氏の死後4年以上が経過していることからすると、大半の事案で公訴時効が成立していると考えられます」(青木弁護士)

会見に出席した「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー(左より、ハヤシ氏、志賀泰伸氏、中村一也氏、平本淳也氏、石丸志門氏、二本樹顕理氏、イズミ氏 8月4日都内/中原慶一)

「安全配慮義務違反」を理由に損害賠償を求める選択肢も?

刑事による決着が不可能なら、告発者に対して、やはり民事での損害賠償請求や示談による和解というのが現実的だろうか。ただし、こちらも「時効」の壁が立ちはだかる。

「一般的に、性加害行為は民事上の不法行為に当たるため、被害者は加害者に対して損害賠償請求することができます。そして、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、加害者自身が死亡しても、相続人が相続放棄をしないかぎり、加害者の相続人が相続するのが原則です。

しかし、2020年4月1日改正前の不法行為に基づく損害賠償請求権は、『被害者又はまたは法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき』、時効によって消滅します。ジャニー喜多川氏の死後4年以上が経過しているため、氏の相続人が時効を援用すれば、損害賠償請求をすることは困難になります」

青木弁護士は「被害者救済のためにより現実的なのは、ジャニーズ事務所に対して、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を求める方法だと思います」と話す。

「安全配慮義務」とは、労働契約法5条で規定された「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」使用者の義務のこと。

「ジャニー喜多川氏による性加害問題は、1965年以降、雑誌や書籍で報じられるようになったと言われています。さらには出版社との民事訴訟においてジャニー喜多川氏による性加害行為の真実性が認定され、衆議院の青少年問題に関する特別委員会でも審議されるなど、ジャニーズ事務所が事実を検証し、所属タレント等の安全を守るための施策を講じる機会は幾度となくあったといえます。

企業の安全配慮義務において、役員等が過去の被害を知らなければ免責されるということはありません。企業が従業員の安全を害するかもしれない事態を予見できさえすれば、危険回避や防止のための対策を行う義務が生じるのです。

この予見に際して、企業は、従業員の安全に関する情報収集に努めなければなりません。遅くとも、初めに自社の代表取締役による性加害報道がなされた時点で、従業員の安全を害するかもしれない事態を予見しえたと認定される可能性は高いと考えられます。

そして、ジャニーズ事務所が、ジャニー喜多川氏による性加害行為を生じさせないための対策や、被害者のケアなどの対処を怠ってきたからこそ、これだけ多くの被害が生じているといえるため、安全配慮義務違反として損害賠償請求に応じなければならない可能性は高いといえます」(青木弁護士)

この「安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求権」の消滅時効は、2020年改正前民法において「権利を行使できる時から10年」となっているため、法的救済を求められる被害者が出てくる可能性があるという。

「この問いに答えられる方はいますか?」

「当事者の会」の平本淳也代表は、前出の会見で、「法的手段に訴えることは考えているか」という記者の質問に対し、「解決に向けたあらゆる手段を視野に入れて検討している」と答えている。同会のサイトによれば、弁護士事務所との面会も盛んに行っているようなので、今後の対応については多角的に検討がなされているようだ。

「事実上の問題として、ジャニーズ事務所はメディアに強大な影響力を有する企業であり、ジャニー喜多川氏による性加害問題が大きな社会問題となっていることから、社会的規範や企業倫理に鑑みて、被害者に対して時効を援用せず、いわゆる時効差別のない全員救済の和解が成立する可能性もあります。さらに、和解の場合、金銭賠償にとどまらない解決も可能となるため、訴訟での解決に比べ、より被害者の意に沿った解決がなされやすいという利点もあります」(青木弁護士)

同じ会見の場で、「当事者の会」の石丸志門副代表は「被害者救済というのは、具体的に何を目指すのか」というある記者の質問に対して、静かな口調ながら、色をなしてこう答えた。

「もし皆さま方が今日のこの会見の帰りにレイプに遭われて、 “救済します”と言われたら何を求めますか? お金ですか? 謝罪ですか? 何をもって救済されたと判断しますか? この問いに答えられる方はいますか? そこをよくお考えいただきたいと思います」

会見会場に集まっていた約100人の報道関係者は静まり返った。一口に「救済」といっても、金銭や謝罪によって簡単に済む問題では決してないこと、心に深い傷を負い、その後の人生に大きな影響を受け続ける性被害者の苦しみの大きさを改めて感じさせる重い発言だった。

石丸志門副代表〈右〉の答えに報道関係者は静まり返った(8月4日都内 / 中原慶一)

真に重要な被害救済のための「誠実」な対応

青木弁護士はこう話す。

「この件の事案決のために必要不可欠なのは、日本弁護士連合会が策定した『企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン』に示されているような、『企業等から独立した委員のみをもって構成され、徹底した調査を実施した上で、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言するタイプの委員会』を設置すること。

そして、調査結果を世間に公表するとともに、第三者委員会のヒアリングの際に挙がった各被害者の希望等に対してジャニーズ事務所が真摯に向き合い、しっかりと被害救済をすることだと考えています」

被害者支援と企業内不祥事調査等を主たる業務として弁護士活動を続ける青木弁護士自身も、こうした事例を取り扱う際には、『徹底したヒアリング調査』と『プライバシーの保護』に留意しているという。

企業内でハラスメントが表面化した場合、それは「氷山の一角」であることが多い。特に性被害の場合、声をあげられない多くの別の被害者がいる可能性が高く、声をあげた被害者のヒアリングだけを行っても、徹底した調査がなされたとは到底言えないと青木弁護士は話す。さらに調査には、会社側に対して被害者が特定できないようにするなど細心の注意が不可欠だ。

「ジャニーズ事務所の件で、退所者も含めた所属タレントや従業員全員に対して、このようなヒアリングを実施するためには、非常に多くの被害者支援に精通した調査担当弁護士が必要となります。現状の『外部専門家による再発防止特別チーム』の人員で実施することは不可能に近く、調査報告書でなされていた『被害者救済委員会の設置』の提言は限界を踏まえた上での対応と考えられます。

特別チームの調査報告書における事実認定や評価は、合理的かつ説得的で素晴らしいものでした。ただ、極めて限定的なヒアリングしか行えなかったがゆえに、全体の被害者数やジャニー喜多川氏以外の社員による加害実態などの全容を解明するには至っていません。

実際に性加害行為を犯したり加担したりした社員や、被害者に我慢を強いるなどのセカンドレイプをした社員が、今も事務所に残っているのであれば、処遇や教育をどうするのかなども検討すべきです。この先を託された『被害者救済委員会』には、単に被害者への被害補償を差配するだけでなく、被害者のニーズに合わせた細やかな補償とともに、『全容解明』と『総括』の公表など、より踏み込んだ対応が求められます」

青木弁護士は続ける。

「被害経験があるとお答えになった方に対しては、事務所に対する希望要望も丁寧に聴き取るべきです。退所した方と所属中の方、タレントと従業員、それぞれの立場による違いはもちろんのこと、被害からの回復状況や各自の価値観等によっても事務所に希望することは異なるためです。

たとえば、すでに医師やカウンセラーの治療を受けて回復した方に対して『心のケア相談窓口』は不要でしょうし、損害賠償についてすら全員が望むとは限りません。特に、今後のマネジメントの際に配慮してほしいことなどは、個人差が大きい事柄でしょう。事務所としては、各被害者の希望要望について誠実に対応する姿勢を見せるべきだと思います」

問題解決への「道のり」は…

青木弁護士は、「企業が不祥事を乗り越えて健全化するためには、過去と未来の両方を見据えることが大切」だとして最後にこう話した。

「まずは、過去にどのような不祥事があったのか事実関係を詳(つまび)らかにし、誰一人取り残すことなく被害者に対する償いをすることが大切です。その後、将来にわたり、二度と同様の不祥事が繰り返されることのないように再発防止策を講じ、ガバナンス体制を整えるべきです。どちらが欠けても、ジャニーズ事務所の問題が本当の意味で解決したということはできないと考えています」

これまでのジャニーズ事務所の対応は、 “未来ばかりを見ていて、過去の清算をおざなりしているように感じてしまう”として続ける。

「性加害は、『魂の殺人』と表現されるほど、被害者の心に大きな傷を残す許されざる犯罪行為です。ジャニーズ事務所が今後、被害者の心に寄り添った真摯な対応をすることを、心から願っています」(青木弁護士)

半世紀近くに渡り繰り返されてきたと見られるジャニー喜多川氏の性加害。通りいっぺんの対応ではなく、被害者ひとりひとりの思いに真摯に向きあうことでしか問題解決には至らないと言えるだろう。

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