<レスリング>【2023年全日本学生選手権・特集】セコンドに“無視”されたチャレンジ要求! だからこそ粘りを発揮…男子フリースタイル74kg級・青柳善の輔(山梨学院大)

 

 セコンドの「愛のシカト(無視)」にこたえ、青柳善の輔(山梨学院大)が優勝をたぐりよせて世界選手権日本代表の意地を見せた。

 2023年全日本学生選手権の男子フリースタイル74kg級決勝は、70kg級の世界選手権代表の青柳と、昨年の74kg級学生二冠王者(全日本学生選手権、全日本大学選手権)の高田煕(日体大)の一戦へ。1階級違えば実力も違うのが普通なので、日本代表であったとしても青柳が挑む立場だったと言えよう。

 結果は、終盤、瞬間的に5点をリードされながら、驚異的な粘りを発揮して逆転勝ち。「うれしいです。(残り時間は少なかったが)つかまえられればポイントを取れるという気はしていました」と笑みがこぼれ、最後まで勝利への執念を捨てなかったことを強調した。しかし、「あれで負けていたら、(監督やコーチに)めっちゃ怒られていましたね」と照れ笑いを浮かべ、逆転され、再逆転されたシーンを振り返った。

▲終了0.2秒前の逆転優勝にマットを駆け回った青柳善の輔(山梨学院大)=撮影・保高幸子

ラスト0.2秒での逆転劇! 勝利への執念が優勝を引き寄せた

 試合は青柳が2-1とリードしてラスト1分30秒を切った。“アクシデント”が起こったのは、このあと。青柳がコンタクトレンズを落とし、一瞬動きが止まってひざまずく体勢へ。周囲からは「タイム」をかけたようにも見えたが、高田はこのすきを見逃さずにゴービハインド(バックへ回る)。さらにローリングを2回転決めて6点を奪取(スコアは2-7へ)。

 青柳も本能的にバックを取り返して横崩し。スコアが5-7となったところで試合がストップした。青柳は、(タイムをかけたから)この一連の技は無効ではないか、チャレンジ(ビデオチェック要求)してくれ、といった表情でセコンドを見る。しかし、セコンドはまったく動かず!

 コンタクトレンズを入れ直した青柳は、両手を広げてレフェリーに何かを訴え、まだ合点がいかないような様子だったが、試合が再開すると気持ちを切り替えた。残り時間は37秒。逃げ切りに入った高田を必死に追うものの、キャッチできない状況が続いた。ラスト10秒を切ったあと、大きくジャンプ。高田の背後に回ることは失敗したが、目をくらますことには成功。グラウンド状態に持ち込むと、レッグホールドを2回。

 7点目が入ったのがラスト4.6秒(この状況ではビッグポイントの差で青柳の負け)、しっかりと回転して9点目が入ったのがラスト0.2秒。粘りで優勝を引き寄せた、としか表現できないような終了直前の逆転劇だった。

▲ラスト10秒を切り、大きくジャンプして相手を飛び越そうとした青柳=ネット中継より(下はラスト30秒の展開)

「レフェリーのホイッスルが鳴っていなかった」とセコンド

 セコンドにいた高橋侑希コーチが、そのシーンを振り返る。「レフェリーのホイッスルが鳴っていなかった」-。チャレンジしても却下されるのは目に見えていたので、あえて青柳の“訴え”を無視した。その選択は正しかった。青柳は、コーチの判断にこたえ、見事な逆転劇を演じた。

 終了直前に逃げ切りをはかる選手をつかまえるのは、焦りも出てしまい、並たいていの実力ではできない。しかし、「けっこう冷静だったんですよね」と言う。7-7に追いついても勝利にならいことはきちんと理解できていた。だからこそ、最後のレッグホールドも仕掛けた。自分勝手にタイムだと思ってしまったことは反省材料だが、冷静さの中に粘りを発揮できたのは、大きな収穫。

 それは、セコンドが青柳のチャレンジの訴えを“無視”したからこそ、経験できたこと。人生と同じで、勝負の世界は何がプラスになるか分からない。セコンドは、毅然とした姿勢で選手からの訴えを却下することも必要だ。

 今回の世界選手権は70kg級での出場する青柳だが、いずれ74kg級へアップしてオリンピックを目指すことを決めている。それがゆえに、今大会は74kg級へ出場し、自分自身を試した。「こんな試合をやっていたら世界では通用しないです」という反省はあるものの、昨年の70kg級は成國大志(MTX ゴールドキッズ)が優勝した階級。「(成國の)ファンなんです。続きたいです」と話し、半月後に迫った大舞台へ気持ちを向けていた。

▲74kg級での試運転は成功した青柳。今年の世界選手権は70kg級で挑んだあと、74kg級でのオリンピック出場を目指す

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