成層圏へのエアロゾル注入は現実的な温暖化対策ではない 南極氷床と組み合わせたシミュレーション結果

人類の文明活動にともなう二酸化炭素など温室効果ガスの排出によって地球温暖化気候変動が発生しており、その状況は年々悪化しています。温暖化や気候変動に対応するためには大気中の温室効果ガスの量を減らすことが喫緊の課題です。国際的にも温室効果ガスの排出量削減や回収が国家の政策や法律として定められ、そのための技術の研究や開発も進められていますが、その歩みは中々進んでいません。

ベルン大学のJohannes Sutter氏などの研究チームは、地球温暖化対策のひとつとして日射量を減らすために考案されている「成層圏へ人為的にエアロゾルを注入する」手法がどの程度有効なのかをシミュレーションしました。その結果、エアロゾルの注入が今すぐ実行されるという非現実的なシナリオ以外では、西南極氷床 (※1) の崩壊を最終的に防ぐことはできないとする結果をまとめました。仮に即時実行されたとしても、エアロゾル注入を数千年にも渡って実行しなければならず、その悪影響も不明であることから、現実的な対策とは言えないでしょう。

※1…南極大陸にある氷床のうち、南極横断山脈を境として西側にある氷床。氷床の底は海面よりも下にあるため、温暖化による融解は西南極氷床全体を不安定化させる可能性がある。南極大陸は氷床の重さで沈下しているものの、もしも西南極氷床が移動すれば沈下から隆起に転じてバランスが変化すると考えられているが、氷床全体がどの程度不安定なのかは議論の余地がある。

■SRM (日射修正) とは何か

【▲ 図1: 2020年1月13日と2月12日に撮影された南極の様子。海氷が融け、地表には氷床が融けてできた池が増えている。この時期、南極は観測史上最高の20.75℃を記録する異常な熱波に見舞われていた(Credit: Copernicus (ESA))】

温室効果ガスの排出量を削減する方法以外の地球温暖化対策として「日射修正(SRM; Solar Radiation Modification)」と呼ばれる手段が考案されています。SRMは地表に届く太陽光の量を減らす技術の総称であり、考案されている方法も様々ですが、最も検討されているのは「成層圏への人為的なエアロゾル注入」です。

エアロゾルとは気体中に分散した固体や液体の微粒子のことで、煙や雲がその代表例です。エアロゾルは大規模な火山噴火にともなって放出されることがあり、日光を反射して平均気温を下げる性質や、成層圏から地表へ時間をかけて落下する様子が観測されています。このため、大気中に人為的にエアロゾルを注入して地球全体の日射量を減らすことで、温暖化を直接防ぐことが可能になると推定されます。

しかし、地球規模の大気循環や気候に関する理解は現状の科学でも不十分であり、SRMを実施した結果生じ得る潜在的な、あるいは未知の悪影響が懸念されるため、SRMの実施には反対意見が多くあります。しかし、気候変動対策は中々進んでおらず、地球の平均気温上昇を2℃未満に抑えられる可能性は急激に低くなっていることから (※2) 、近い将来にはSRMの実施が真剣に検討される可能性も十分にあるでしょう。

※2…地球の平均気温が産業革命前と比較して2℃以上上昇した場合、気候変動が人間社会に与える影響は極めて深刻になると予測されているため、気候変動対策では「2℃」という数値が限界のラインとして引用されている。例えば2015年に採択されたパリ協定では、地球の平均気温上昇値を2℃未満に抑え、加えて1.5℃未満に抑えることを目指すことを目的としている。

悪影響だけでなく、そもそもSRMが気候変動対策として十分な効果を発揮するのかどうかも未知の部分が多くあります。少なくともSRMでは温室効果ガスが減ることはないため、海洋酸性化 (※3) の対策にならないことは明白です。一方で、同じく海洋に対する影響が大きい現象である氷床や氷河の融解に対する影響はほとんど分かっていません。SRMは本当に有効な気候変動対策と言えるのでしょうか?

※3…二酸化炭素が海水に溶けて炭酸水になり、海水の酸性度が上がる現象。海洋には貝類、サンゴ、有孔虫、円石藻など、炭酸カルシウムの殻を持つ生物が多数生息しているが、これらの生物の殻が溶けてしまい、成長や寿命に影響をあたえることになるため、生態系に深刻な打撃が生じると考えられる。

■SRMの実行による温暖化対策は非現実的

Sutter氏らは、SRMが実施された場合に西南極氷床の融解スピードがどう変化するのかをシミュレーションしました。温室効果ガスの排出量については「削減の取り組みが進んで排出量が少ない」「中程度削減された」「削減されなかった」の3つのシナリオを基本として、このうち排出が最も多い「削減されなかった」シナリオについてはエアロゾルの注入が2020年・2040年・2060年・2080年のいずれかに実施されると仮定した場合に加えて、SRMを実行しない場合のシミュレーションも行われました。これら全てのシナリオは西暦2300年まで解析が行われ、南極地域の大陸表面と海底の温度変化、それに西南極氷床の融解スピードが検討されました。

【▲ 図2: それぞれのシナリオにおける (a) 南極大陸表面付近の気温上昇値、 (b) 南極周囲の海底の温度異常、 (c) 西南極氷床の質量平衡異常を表すグラフ。温室効果ガスの排出量を実質ゼロに抑えた場合 (濃い青色 / RCP 2.6) と同程度の効果になるのは、SRMが即時実行された場合 (青緑色 / SRM85-20) である(Credit: J. Sutter, et al.)】

その結果、全てのシナリオで南極地域の温暖化が進行して西南極氷床が溶け出すことが確認され、その融解スピードはシナリオによって異なることが示されました。研究チームはこの結果を踏まえて、西南極氷床の崩壊が防がれて長期的に安定化するシナリオは、温室効果ガスの排出量が実質的にゼロになる場合か、SRMの即時かつ長期的な実行のみしかないとしました。

SRMの即時実行は政治的に困難なだけでなく、SRMの悪影響も未知であることを考えれば、現実的な手段とは言えません。加えて、西南極氷床の長期安定化のためにはSRMを最低でも数百年、おそらくは数千年に渡って実行しなければならないことも予測されます。これほどの長期間に渡ってエアロゾルを成層圏に注入した場合の影響については、全くの未知の領域です。

また、SRMが今世紀半ばに実行されるというより現実的なシナリオの場合でも、何もしない場合と比べれば西南極氷床の崩壊スピードは抑えられるものの、最終的には崩壊を止められないことも今回判明しました。このため、仮にSRMで地球温暖化を抑えようとするのであれば、即時実行という非現実的なシナリオしか選べないことになります。

仮に悪影響が生じないと仮定しても、SRMの実行は温室効果ガスの排出量削減といった環境保護政策を遅らせる原因になりかねません。SRMで気温上昇が抑えられたとしても、二酸化炭素の排出量が多いままでは海洋酸性化などの環境問題は解決しないため、問題は残ります。加えて、SRMの実行が停止すれば速やかに数℃の気温上昇がもたらされる、極めて危険な状態に世界は置かれることになります。

以上のことから、地球の平均気温上昇値を2℃未満に抑える方法はSRMではなく、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする施策を今すぐに行うことであるとSutter氏らは結論付けています。

Source

  • J. Sutter, et al. “Climate intervention on a high-emissions pathway could delay but not prevent West Antarctic Ice Sheet demise”. (Nature Climate Change)
  • Johannes Sutter & Thomas F. Stocker. “Could artificially dimming the sun prevent ice melt?”. (University of Bern)

文/彩恵りり

© 株式会社sorae