ポップスのヴォーカル・トリオというイメージを覆す英国時代のビー・ジーズの名盤『オデッサ』

『ODESSA』('69) / BEE GEES

カレンダーで音楽関係者を検索したら、本稿のアップロード予定日がバリー・ギブ(ビー・ジーズ)の誕生日(1946年9月1日)であることが分かり、今回はバリー、ロビン、モーリスのギブ3兄弟からなるビー・ジーズ(Bee Gees)のアルバムを聴いてみようと思う。ちなみに、このコラムでも以前にビー・ジーズのディスコ曲に焦点を当てた記事が掲載されている。あとで関連記事としても読みいただけたらと思う。

アルバム選びは苦しんだ。彼らはアルバム単位ではなく、シングルヒットでチャートを彩ったバンドだから、これぞ!という曲が収録された盤があれこれと分散している。彼らに限らず60年代に活躍したバンドは全部そうで、ビートルズやキンクスも中心となるのはシングル曲だった。アルバム単位で語られるようになったのは、これまたビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド(原題:Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)』のようなコンセプトアルバムが作られるようになってからだ。それならベスト盤はどうか、と一瞬思った。初めてビー・ジーズを聴く方々にお勧めするには、丁度いいではないかと。

それでもいいのだが、ここではあえてベスト盤以外の1枚選んでみたい。今ではビー・ジーズと言えば映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラの成功によって、彼らは一連のディスコのメガヒットを連発した白人のディスコあるいはR&B;ヴォーカル・トリオと思われている。それも事実なのだけれど、初期の甘酸っぱく、瑞々しいほどに美しいメロディーと歌声を聴かせ、英国らしい陰翳に富んだサウンドに魅力を感じていたファンも少なくない。だから、ぜひこの機会に彼らの、もうひとつの姿をとらえたアルバムを紹介したいのだ。選ばせていただいたのは通算6作目となった『オデッサ(原題:Odessa)』(‘69)だ。

激動の1969年、 ただのヴォーカル・トリオでは ないことを証明する

アルバムは1968年の7月にレコーディングがスタートし、年内にそれを終えると、翌1969年2月にはリリースされているということは、異常とも言えるスケジュールで制作されたことになる。そんな短期間で可能なのか?と疑ってしまうほどに、各楽曲の完成度、クオリティーは恐ろしく高い。しかも2枚組だ。

アルバムからは彼らのルーツであるエヴァリー・ブラザーズ、そしてモータウン等はもちろんだが、『ラバー・ソウル(原題:Rubber Soul)』(‘65)以降の、特に『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(‘67)のビートルズ、ビーチ・ボーイズの、特に『ペット・サウンズ(原題:Pet Sounds)』(‘66)、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク(原題:Music from Big Pink)』(‘68)、そして同じ3声コーラスを生かしていたCS&N;(クロスビー・スティルス&ナッシュの影響がそこかしこに感じられ、自分たちもシーンの中心にいて、これくらいのものは作れるのだ、という気概が満ちている。だが、惜しいかな、アルバムの統一感はほとんど感じられない。各曲の出来がすごいだけにかえってバラバラ感が否めないのだ。思うにメンバーが書き溜めた楽曲を矢継ぎ早にレコーディングしていった結果、互いに曲に対する主張を譲らず、結果、当時としては異例の2枚組でのリリースになったのではないか。

バリー・ギブは後年、『オデッサ』について、ロックオペラのようなアルバムにする狙いもあったと語っている。そういう意図があってのものなのか、本作には「七つの海の交響曲(原題:Seven Seas Symphony)」(モーリス・ギブの弾くピアノが素晴らしい)、「ウィズ・オール・ネイションズ(インターナショナル・アンセム)(原題:With All Nations (International Anthem)」、「ブリティッシュ・オペラ(原題:The British Opera)」という、コーラス隊も招いての壮大なクラシックのシンフォニーのような曲がある。これを3兄弟が作曲している。オーケストラアレンジ、ディレクターをビル・シェファードが担当しているとはいえ、こんな作品が書けてしまう才能には驚愕する。だが、せっかくの楽曲、コンセプチュアルなシンフォニーを活かすには、間接的にアルバムを俯瞰し、統一感を持たせるべく構成を考え出せる人物が不可欠だ。バンドの全権を握り、楽曲を一括するような、ザ・フーのピート・タウンゼント級の才能がバンド内外に必要だったのだ。

デビュー以来、バンドのマネージャー兼プロデュースを務めるロバート・スティッグウッドは敏腕で、当時ビー・ジーズ以外にあのクリームも手がけていて、クリーム解散後も長くクラプトンの仕事をマネージメントしていた。そして、プロデューサーとして関わる映画『サタデー・ナイト・フィーバー』や『グリース』の成功も、彼の手腕によるところも少なくない。しかし、バンドとしてのビー・ジーズをまとめるのは彼の力を持ってしても困難なものだったのだろうか。

ビートルズで言えば 『ホワイト・アルバム』に匹敵する、 ありったけの才能と 実験性をブチ込んだ野心作

それまでのアルバムではほぼ3人の共作とクレジットされた楽曲が大半を占めていたが、本作では個々で仕上げたらしく、いい曲が並んでいる。ロビン3曲、バリー7曲、モーリス1曲、バリー&ロビン2曲、バリー&モーリス1曲、バリー&ロビン、モーリスで3曲という内訳である。それなりに3兄弟の協調関係が保たれているようにも思えるのだが、ここで問題が発生してしまうのだ。

冒頭を飾ったロビン作の「オデッサ(原題:Odessa (City on the Black Sea))」は彼の気合いの入った自信作で、当初はシングル候補だった。転調が何度もある凝った構成の、まるでプログレッシブロックかと思わせられる7分33秒もある曲だ。ロビンの才能と意欲は買う。だが、今の耳で聴いてみても、これをシングルには出来ないだろう。長くても「ヘイ・ジュード(原題:Hey Jude)」や「ボヘミアン・ラプソディ(原題:Bohemian Rhapsody)」にあるようなメロディーの分かりやすさ、ドラマチックなメリハリが、この曲にはない。結果、レーベル側がシングル曲に採用したのはバリー作「若葉のころ(原題:First of May)」だった。これは全英チャート6位、オランダでは1位、ドイツで3位、他のヨーロッパ各国でもトップ10入りするなど大ヒットした。正しい判断だったのだ。そして、アルバムも米英ではなかなか健闘している。全米20位、全英10位という結果を見ると、これは見事! と讃えていいものだと思う。しかし、シングル曲を「オデッサ」にするか「若葉のころ」にするかという判断の相違に端を発したバンド内の軋轢は、ロビンの脱退、そしてバンドの一時的な解散へと進んでしまうのである。

これは想像だが、同時期にデビューしたライバルたちが、 67年〜69年、次々と名盤をものにし、シーンを彩っていくのを彼らは静観してなどいられなかったはずだ。3兄弟は持てる創造力の限りを尽くし、兄弟間の遠慮もかなぐり捨て、自分たちを破綻寸前まで追い込んだのではないか。そうしなければならないほど切羽詰まっていた…というよりはプライドが高かったのではないか。その結果、「傑作」をものにはしたのだが、兄弟だけでなく、バンドそのものが疲弊してしまったのかもしれない。

こうした流れは、どこかビートルズの2枚組、通称『ホワイト・アルバム(原題:The Beatles)』が制作された過程と似たところがある。ビートルズのこのアルバムも、個々の指向性と才能が突出しだした時期に制作されたアルバムで、それまであったバンドとしての協調性はやや後退したものの、それぞれの楽曲の素晴らしさが際立ち、それとともにソロ活動への自信が芽生え、後の解散への布石となった作品だとも言われている。

ずっとメンバーだけで演奏していたところに、ゲスト・プレイヤーを迎えている点も共通している。ビートルズの場合はエリック・クラプトンを迎えてジョージ・ハリスン作「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス(原題:While My Guitar Gently Weeps)」でリード・ギターを弾いているのはあまりにも有名だ。ビー・ジーズの場合は「ギヴ・ユア・ベスト(原題:Give Your Best)」でビル・キース(バンジョー)、テックス・ローガン(フィドル)というブルーグラスのプレイヤーが参加しているほか、後にエルトン・ジョンとの仕事で知られるポール・バックマスターがチェロを弾いている。

楽曲の幅が広がり、外部の手を借りなければならなくなったことが一番の理由だろうが、メンバー以外のプレイヤーを加えてもいいのだというフレキシブルな考えに移行したことは間違いない。

バンドだったビー・ジーズ

ちなみにビー・ジーズは1965年のデビュー以来、ギブ3兄弟にヴィンス・メロウニー(リード・ギター)、コリン・ピータースン(ドラム)を加えた5人編成のバンドだった。一般にビー・ジーズのイメージは3人のコーラス・グループなのかもしれないが、実はギブ3兄弟も様々な楽器を演奏し、堅実な演奏をするプレイヤーだった。本作ではモーリスはベース、リード・ギターのほかメロトロンまで弾いている。バリーはリズム・ギターを、ロビンもほぼ全てのキーボードを弾いている。

レーベルとの契約もあっただろう。ヒットメーカーだったバンドが簡単に解散を許されるものではなく、バリーとモーリス、ヴィンス、コリンの4人はロビン抜きで次作『キューカンバー・キャッスル(原題:Cucumber Castle)』(‘70)を出すものの失速し、チャートは振るわなかった。バリーとモーリスの間にも亀裂が生じ、その時点でビー・ジーズは空中分解する。一方のロビンのソロ活動は順調で初のシングルもヒットする。普通なら「俺はもう一人でやっていくさ。奴らのことは知らない」となるところだろうが、兄弟の絆は切れない。バリーとモーリスはよりを戻し、ロビンへ再度結束を呼びかけると、彼もあっさりビー・ジーズに復帰を決めるのだ。だが、ヴィンス・メロウニーとコリン・ピータースンと袂を分かっている。このあたりからビー・ジーズはギブ3兄弟のヴォーカル・トリオにバックバンドがつくという態勢に移行していく。だが、なおも低迷は続く。その時期に自分たちがいずれ活動拠点を米国に移し、驚くべき将来が待っていることを、3兄弟は想像できただろうか。
※余談だが、今やロシアのウクライナ侵攻でしきりと耳にするようになった黒海沿岸の都市、オデッサ(オデーサ)をアルバムタイトルにした理由は分からないが、「マサチューセッツ」「イスラエル」「トラファルガー」…。彼らは地名をタイトルにした曲がなぜか多い。

日本のティーンエイジャーの 胸をかき乱した映画 『小さな恋のメロディー』に使われる

本作はまた、1970年頃に小学校高学年〜中学生だった世代には特別の思い入れのある曲が収録されたアルバムかもしれない。「メロディー・フェア(原題:Melody Fair)」「ギヴ・ユア・ベスト」「若葉のころ」(もう1曲「ラヴ・サムバディ(原題:To Love Somebody)」(アルバム『ビー・ジーズ・ファースト(原題:Bee Gees’ 1st)』から)が、映画『小さな恋のメロディー(原題: Melody)』(’71)の劇中に使用されたからで、映画が大ヒットした日本では映画のサウンドトラック盤も飛ぶように売れたらしい。
※ちなみに映画のラストシーンではCSN&Y;の「ティーチ・ユア・チルドレン(原題:Teach Your Children)」(アルバム『デジャ・ヴ(原題:Déjà Vu)』('70)収録)が使用されている。だから、映画を観て、主演俳優に胸を熱く焦がした人たちはサウンドトラック盤を買いに走り、音楽に惹かれた人はビー・ジーズの『オデッサ』を買い求めたと思いたいのだが、当時、2枚組という中学生には敷居の高い価格帯でありながら日本で果たして売れたのかどうか? それでも1972年には初の来日公演が実現している。
※ビートルズの通称『ホワイトアルバム』が発売当時、日本盤は4,000円

白状すれば、筆者もビー・ジーズについては先述の映画『小さな恋のメロディー』のサントラやベスト盤で満足していた口だった。コラムで紹介すべく、この機会に『オデッサ』を相当な回数聴き込んだのだが、今やビー・ジーズに対する認識を新たにしている。

これは本当にすごいアルバムだ。今まできちんと向き合わずに来たことを反省している。彼らでしか生み出せないコーラス、個々のヴォーカルの素晴らしさ、メロディーメイカーとしての飛び抜けた能力は、60〜70年代のポピュラー音楽界屈指のものだと思う。バンド形態のロック全盛時代にあって、微妙なタイミングやズレによって、本作は熱烈なファンにのみ愛聴される盤になってしまった感があるのは惜しまれるが、これはまぎれもなく傑作と断言したい。2009年にはオリジナルの17曲にオルタネイトミックス、デモ音源などを加えたCD3枚組からなるデラックスエディションが限定発売されたほか、現在では音源配信でも聴くことができる。“ディスコ”のイメージを払拭するような、英国らしさが薫るこの時代のビー・ジーズをぜひ再評価してみてはいかがだろう。

TEXT:片山 明

アルバム『ODESSA』

1969年発表作品

<収録曲>
1. オデッサ/Odessa (City on the Black Sea)
2. 私を見ないで/You’ll Never See My Face Again
3. 黒いダイヤ/Black Diamond
4. 日曜日のドライヴ/Marley Purt Drive
5. エディソン/Edison
6. メロディ・フェア/Melody Fair
7. サドンリィ/Suddenly
8. ウィスパー・ウィスパー/Whisper Whisper
9. ランプの明り/Lamplight
10. 恋のサウンド/Sound of Love
11. ギヴ・ユア・ベスト/Give Your Best
12. 七つの海の交響曲/Seven Seas Symphony
13.ウィズ・オール・ネイションズ(インターナショナル・アンセム)/With All Nations (International Anthem)
14. アイ・ラフ・イン・ユア・フェイス/I Laugh in Your Face
15. ネヴァー・セイ/Never Say Never Again
16. 若葉のころ/First of May
17. ブリティッシュ・オペラ/The British Opera

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