「いつ帰ってもらうの?」義母を邪魔者扱い 産後妻に憎悪の感情をわかせた夫の“本性”

女性の1割が経験するという「産後うつ」は極度の悲しみが押し寄せるという(SoutaBank / PIXTA)

「旦那デスノート」という言葉を知っていますか? 夫の生活態度に不満を持つ妻たちが、この言葉をハッシュタグとして用いSNS上に日々の愚痴を投稿しています。夫の死を願う直接的な言葉にたじろぐ人もいるのではないでしょうか。「そんなものを書くくらいなら、さっさと離婚したらいいのに」と冷笑する人もいるかもしれません。

しかし、それぞれに離婚したくても踏み切れない事情もあります。「そんな中で『夫が死んでくれれば問題が解決する』と思う人がいることは、決して特別レアなケースではない」と説明するのは、働く女性などへの取材を続けるジャーナリストの小林美希さんです。

この記事では、七瀬美幸さん(仮名、38歳)を通して、妻の目線から夫婦関係を見ていきます。第一子を出産した美幸さんを待ち受けていたのは、心無い夫の言動でした。(連載第1回はこちら/#5につづく)

※この記事は小林未希さんの書籍『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

立会い出産なのに1人で産んだ気に

美幸さんは、妊娠する前から夫に、立会い出産をしてほしいと話していた。初産だから、きっとひどく痛いに違いない。出産にはリスクもつきものだ。美幸さんが立会い出産を望んだのは、産みの苦しみをしっかり見てもらわないことには、産み育てる女性のことをきちんと理解して育児に協力しないだろうと思っていたからだ。

ところが陣痛が始まり、いざ病院の分娩室に入ると、夫はオロオロするばかり。美幸さんは、耐えがたい痛みに我を忘れて、まるで野獣のようにうなるしかなかった。夫はそれに引いたのか、遠慮して離れたところで座って見ているだけ。

助産師に誘導されて、やっと腰をさすったりするものの、全く痛みが緩和しない美幸さんがイライラして「あっち行ってよ」と叫ぶと、その言葉通りに分娩室を出てしまった。もう赤ちゃんの頭が出てきた、というところで夫は分娩室に戻ったが、美幸さんは「1人で産んだ」気がした。

美幸さんは夫の“頼りなさ”から「1人で産んだ」と感じた…(※写真はイメージ taatoo / PIXTA)

産後は頻回授乳が待っていた。出産前は、1日に10回から15回も新生児がおっぱいに吸い付くとは予想もしていなかった。母乳育児をしたいと考えていたし、母乳の出も良かったため、粉ミルクは使わずに育て始めたが、分からないことだらけ。

授乳は3時間おきと聞いていたのに、個人差があり、美幸さんの赤ちゃんは1時間くらいで泣いて、おっぱいを吸わせると落ち着いて泣き止む。深夜も1〜2時間おきに授乳。毎日とにかく眠くて仕方ない。

母乳には多くの利点があり、愛着形成はもちろん、栄養の吸収率の良さなども指摘されている。母乳と粉ミルクは「栄養素」で言えばほぼ同じだが、母乳には粉ミルクに唯一真似のできない免疫が含まれており、赤ちゃんが6か月以上母乳を飲んでいると、病気などにかかりにくいことが実証されている。さらに、新生児の脳神経のシナプスの拡大期は生後6か月までをピークとしているため、乳首を吸うことも顎の発達や知能の向上に良いとされていて、授乳しながら話しかけたりすることを美幸さんは頑張っていた。

その頃、仕事がちょうど繁忙期にあった夫は、あまり家にいなかった。

産褥と言って産後に分娩前の体に戻るまでの期間は「床上げ」と呼ばれ、褥婦(母親)は、できれば、ずっと布団の中で療養したほうが良いと言われている。この約1か月の間、家事などはせずに、赤ちゃんの世話だけに集中する。それだけ出産で使うエネルギーは大きいからだ。

当初は夫が休暇を取って家事をこなすはずだったが、その夫がいない。

赤ちゃんが寝た隙に自分も寝ないともたず、ノイローゼ寸前になった。また、とにかくお腹が空く。出産前の2〜3倍食べても体重はみるみるうちに10キログラムも落ちていった。

実家の支援を拒む夫

産後うつは女性の1割が経験するとも言われており、最近では、夫の側も2割近くが産後うつ傾向になるとの研究結果も判明している。美幸さんにとっても他人事ではない。「これでは産後うつになる」と、実家の母親に助けを求め、家に泊まり込んでもらった。

すると、それまで愛想の良かった夫の態度が急変。せっかく手伝いに来てくれた美幸さんの母親に、「この皿は使うな」「洗濯しないでほしい」とあれこれケチをつけたり、文句を言うようになった。しまいには、美幸さんに「いつ帰ってもらうの? 早く帰ってもらってよ」とまで言う。気を遣うのが嫌なのか、夫は全く家にいなくなった。

「自分は家事できるわけ? 早く帰れるの?」

疲れ切った娘を心配してやって来てくれている親の悪口を言われて、気分が良いはずがない。なんだか憎悪の気持ちさえわいてくる。ちょっと近くのコンビニに買い物に行く美幸さんの姿を見た夫は「お義母さんがいなくても、もう動けるじゃん」と平然としている。

「いつか絶対に離婚だ」と心に誓った。産後に無理をすれば、のちのち自分に跳ね返ってくると助産師も言っていたため、「産んだ私の親に手伝ってもらうのが、一番良いのに! 私が死んでもいいわけね」と感じた。

出産は時に妻の“命”にかかわるほどの大仕事だが…(mits / PIXTA)

国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「第5回全国家庭動向調査」(2013年実施)では、妻が誰に支援を頼むのか尋ねている(複数回答)。「出産や育児で困った時の相談」で最も多いのが「親」で46.9%。「夫」は37.8%だった。「世話的サポート(長期的な世話)」についても、「平日の昼間」「第1子が1歳になるまで」「第1子が1歳から3歳になるまで」「妻が働きに出るとき」の子どもの世話を支援するのは、いずれも「親」が5〜6割を占め、「夫」は20%台にとどまる。

妻の親のサポートなしに、この国では育児も仕事も支えられないのも同然だ。

(つづく)

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