<書評>『西洋の護符と呪い』 非科学とわかっていても

 われわれは、長く巨大なパンデミック(世界的大流行)を生き延びた。そのために、多大な犠牲を払ったことはいうまでもないが、生存を模索する過程で手に入れ、生み出されたものも、たくさんあったはずである。たとえば本書は、そうした収穫物のひとつであろう。沖縄県立芸術大学で西洋美術を講ずる著者は、言い知れぬ不安に掩(おお)われたこの大地にあって、迷信や非科学とはわかっていても、なぜか魅せられずにはいられない護符(お守り)と呪(まじな)いをテーマとしたレクチャーを、一般市民向けに行った。その内容をまとめたものが本書である。

 第1章をひもとくと、イタリアではポピュラーなお守りであるという「コルニチェッロ」の紹介から始まる。私はこれを見てすぐにこう思った。「これがイタリアのもの? どう見ても中国から渡ってきた唐辛子のアクセサリーでしょ」と。そう、それは私の目には、真っ赤な唐辛子にしか見えなかったのである。だが、どうもそれは早とちりらしい。それは角(コルナ)の聖なる力を秘めたものであり、その指先での表現、赤い色の力……と、ヨーロッパにおける豊穣(ほうじょう)なシンボリズムの世界を、軽やかに、また学術的な研究成果をもわかりやすく紹介しながら、著者は語っていく。最後には、唐辛子もまんざら無関係ではないらしいという話になり、ホッとしたのだが、聖なる角から唐辛子まで、形や色に込められた想像力をめぐる。全地球的な愉悦の旅につきあうことになってしまった。

 本書を読んでから、西洋絵画に描かれた人物が身に佩(お)びている装飾品が、ことさら気になるようになった。それらもまた、お守りの機能を帯びているのかもしれない。本書は、西洋絵画を鑑賞する際に片手にたずさえていてもよい、手ごろなガイドブックともなろう。

 また、本書の至るところで、比較の対象として沖縄文化への言及が見られるが、沖縄から発信された西洋美術指南として、これもまた論述にパースペクティプを与えていておもしろい。ふんだんにちりばめられたカラーとモノクロの図版もまた魅力だ。

 (武田雅哉・北海道大名誉教授)
 おがた・きわこ 大阪外国語大卒業、沖縄県立芸術大教授。専門は西洋中世美術。著書に「レオノール・フィニ 境界を侵犯する新しい種」など。

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