「未完の天才 南方熊楠」 顕彰会理事の志村真幸さんが新刊

「未完の天才 南方熊楠」

 和歌山県の南方熊楠顕彰会理事で、比較文化研究が専門の志村真幸さんが、新刊「未完の天才 南方熊楠」を講談社(東京都)から発行した。驚くほど多方面で才能を発揮しながら、その仕事のほとんどが未完に終わった南方熊楠(1867~1941)について、最新の研究成果や新発見の資料を取り上げつつ、その「天才性」と「未完性」の謎に迫る。新書判、264ページ。定価940円(税別)。

 志村さんは1977年、神奈川県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。龍谷大学国際社会文化研究所研究員、慶応義塾大学非常勤講師。「南方熊楠のロンドン」(慶応義塾大学出版会)でサントリー学芸賞(2020年、社会・風俗部門)、井筒俊彦学術賞(2021年)を受賞した。ほかに「熊楠と幽霊」(集英社インターナショナル)などの著書がある。

 新刊では「十数年前にとったノートの内容をそらで思い出せる記憶力」「『エコロジーの先駆者』だが、数年でフェードアウト」「ともに民俗学の礎を築いた柳田国男と喧嘩(けんか)別れ」「変形菌(粘菌)の新種は発表したが、キノコの新種は未発表」「なぜ夢の研究を長年続けたのか」など熊楠を巡る13の謎を追求している。

 志村さんは「熊楠が扱ったテーマは現在も有効であり、解決されていないものが多い。夢の持つ意味やエコロジーがまさにそうであり、特にエコロジーなどは、簡単に結論を出し、終わったことにしてしまってはならない問題だ。本書は、その未完性を通じて、熊楠と現代社会とのつながりを探す旅でもある」と解説している。

 第1章「記憶力―百科事典を暗記する」では、百科事典を丸記憶して書き写したという、熊楠の超人的な記憶力を示す「伝説」について紹介している。少年のころ、近所の家にあった江戸時代の百科事典「和漢三才図会」を読み、すっかり覚えて、帰宅してから正確に書き起こしたという「伝説」は有名。熊楠本人が60歳近くになって記した「履歴書」と呼ばれる書簡には、「和漢三才図会」105巻を3年かかって写したとある。

 第3章「ロンドンでの『転身』―大博物学者への道」では、NHK連続テレビ小説「らんまん」主人公のモデルとなった植物学者・牧野富太郎による熊楠への追悼文を紹介。熊楠が1941年12月29日に亡くなったとき、牧野が翌年2月号の「文藝春秋」に「南方熊楠翁の事ども」と題する追悼文を載せた。この文中には「大なる文学者でこそあったが、決して大なる植物学者ではなかった」などと意外なくらいに厳しい言葉が並んでいるという。

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