防災グッズ選びに「最適解」はナシ? 専門家がおススメ“普段使いのモノ”活用で高める「防災力」とは

自分には何が必要か“考える”ことが大切(CORA / PIXTA)

いざという災害に備え、自宅にどのような「防災グッズ」を準備しているだろうか? 非常食や懐中電灯、避難所での生活を想定した毛布など、「万全」な準備を怠らないという一方で、準備はしていない、何を用意すればいいかわからないという人も少なくないだろう。

本当に“必要”な、備えておくべき防災グッズについて、防災など安全に関係する人間の行動と、その背後にある心理について研究する「安全心理学」の専門家・島崎敢氏が解説する。

防災について研究している筆者の元には、よく「これだけは必ず持っておけという防災グッズはありますか?」という質問がとどく。しかし、残念ながらこの質問に対する筆者の答えは「そんなものはない」である。

このように書くと、読者の皆さんはがっかりするかもしれないが、実は「そんなものはない」の理由が防災の本質だと筆者は考えている。だからがっかりせずに、そして災害が起きた時に困らないように、ぜひこの先を読み進めてもらいたい。

万人に共通の「答え」がない理由

なぜ万人に共通して用意しておくべき決定版の防災グッズがないのか。簡単に言えば、災害はとても多様な形で起こり、被害を受ける社会や人間も、とても多彩だからだ。

災害大国日本では、地震、津波、火山噴火、大雨、強風、大雪など、災害をもたらすさまざまな自然現象が起きる。自然現象の種類が違えば災害の様相も違うので、必要な防災グッズは異なる。また、同じ種類の災害でもさまざま被害の起き方がある。

たとえば地震によって家が倒壊して住民が怪我をすることもあれば、エレベーターが止まって高層住宅の住民が生活に困ることもあるだろう。走行中の車は液状化の影響で走れなくなるかもしれない。このような被害の全てに役立つ防災グッズはない。

さらに、たとえば「避難所に寝泊まりする」という同じ境遇にあったとしても、年齢、性別、家族構成、健康状態などで必要な防災グッズは異なるし、季節や滞在期間の長さでも必要な防災グッズは変わってくる。

ちなみに「災害が起きたら避難所に行くものだ」と思い込んでいる人も多いようだが、避難場所(Evacuation area)は、危険を避けるために逃げ込むところ、避難所(Shelter)は被害によって家での生活が困難になった人が過ごす場所である。家が安全な場所にあって、家で生活を続けられるなら「在宅避難」が基本である。そのため、在宅避難で済むのか、避難場所や避難所に行く必要があるのかによっても必要な防災グッズは異なる。

防災グッズは「災害に伴う困りごとを解決するための物品」と言えるが、このように考えてみると、困りごとのバリエーションが多すぎて、「決定版」や「共通の最適解」がないのがおわかりいただけるだろう。

防災グッズは「目的」から考えてみる

ではどうすればよいのだろうか。災害の困りごとは無限にバリエーションがあるが、実は防災の目的は共通している。まさに災害が起きている急性期には「死なない」「怪我をしない」「財産を失わない」などが共通の目的になるし、復興期には「健康を保つ」「なるべく早く元の生活に戻る」などが共通の目的だろう。「健康を保つ」は広すぎるので「十分な水分・栄養・睡眠をとる」「排せつする」「怪我などの応急手当をする」「清潔にする」「暑さ寒さをしのぐ」「心穏やかに過ごす」などに分解しても良い。

これらの目的をもとに、自分にとっては何が必要な防災グッズかを考えてみてほしい。

自分がいる場所にどのような災害が起きるのか、家は使えなくなる可能性があるのか、自分や家族の特徴を考えるとどのような困り事が起きるのかなどをひとつずつ想像してみると、自分にとっての最適解が徐々に見えてくるはずだ。

「防災グッズ」の普段使いを

さて、ここまで「防災グッズ」という言葉を使ってきたが、「災害が起きたときにしか役立たないグッズ」はあまり持たないほうが良い。災害はまれにしか起きないので、費用対効果が悪い上、普段から使っていないものは、いざというときに使い方がわからなかったり、ちゃんと機能しなかったりするからだ。

防災グッズになるものは「これは防災グッズです」と宣言して売っているものばかりではない。むしろ、普段使っているものの中にこそ、災害のときに役立つものはたくさんある。

たとえば普段食べているインスタント食品や乾麺、缶詰やレトルト食品、ペットボトル入り飲料などは少し多めに買い置きしておくだけで、そのまま災害用の備蓄食糧になるし、食卓で鍋を囲む時に使うカセットコンロとガスボンベは災害時の貴重な熱源になる。車やバイクは燃料が残っていれば発電機として使えるし、キャンプやバーベキューで使う道具だって立派な防災グッズだ。ノートパソコンからはUSB電源が取れるし、スマホのライトは懐中電灯になる。ビニール袋、ラップ、タオルなど台所や洗面所にあるものも、工夫次第でさまざまな用途に使える防災グッズになる。

物価高のこの時代、災害のためだけに何かを買いそろえるのはなかなか大変だし置き場所も限られている。だから災害時に起きる困りごとを想像しながら、普段自分が使っているものの中に使える防災グッズがないか考えてみよう。もしあれば、今までより少し多めにストックしておく、給油や充電をこまめにしておくだけでも、防災力を高めることができる。

ストレスを和らげる防災グッズも準備しよう

筆者は心理学者でもあるので、最後に防災グッズとして見落とされがちな「心を穏やかに保つもの」について考えてみたい。

災害はストレスフルな出来事だ。被害に対する恐怖、慣れない行動や場所、大切な人の安否の不安など、たとえ物理的な被害を受けなくても精神的には結構こたえるものだ。さらに災害時は仕事や学業など普段の営みができなくなるので、思いがけず長い時間を持て余すこともある。

こういった時に、心を穏やかに保つための「防災グッズ」は何かを考えておくと良い。たとえば筆者の娘は絵を描くのが好きで、暇さえあれば絵を描いている。彼女の「生命を維持するため」に絵を描く道具は必要ないが、「心を穏やかに保つため」には恐らく絵を描く道具は不可欠だ。

好きなものや心のよりどころになるもの、そして同じ境遇を過ごす人とのコミュニケーションのきっかけになるものは、あなたを精神的にサポートしてくれる。用意するのは好きな作家の本でも、ぬいぐるみでも、トランプでもなんでも良いが、電源のいらないものが良いだろう。

「あなた」の防災グッズは何か?

繰り返しになるが、万人に共通する決定版の防災グッズはない。

災害を乗り切るためには、ひとりひとりが自分の置かれた状況をよく考え、ハザードマップを調べたり、町の歴史や防災計画を調べたり、防災の視点で町を歩いたりして必要な情報を集め、どのような困り事が起きるのか、それを解決するにはどうすればよいかを考えて、自分に必要な防災グッズのセットを考えていくしかない。

面倒に思うかもしれないが、災害をイメージしたり考えたりする過程で防災意識は向上するし、防災力も身についていく。災害は怖いのでイメージしたくないかもしれないが、何の準備もなく災害に遭えばもっと怖いことになる。普段から考えていない人は、災害時にも考えて動くことができない。

捉え方を少し変えて、「防災は未来の被害を減らす楽しいこと」だと考えてみよう。「あの時もっと考えておけばよかった」と後悔しないために、あなたの防災グッズは何か、今日から考えてみてほしい。

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