監督・齊藤工「魂を入れてくれた」×主題歌・yama「何かが迫ってくる狂気感を」 映画『スイート・マイホーム』単独インタビュー

齊藤工が監督を務める映画『スイート・マイホーム』が現在公開中。主演に窪田正孝を迎え、“家”を中心に様々な思惑と怪異がスリリングに折り重なるホラー・ミステリー。entaxは齊藤監督と主題歌『返光(Movie Edition)』を歌うyamaに独自インタビュー。互いにクリエーターとして活躍する2人に、映画における音楽の役割について話を聞いた。

■『返光』を聴いてもらうことが、最高の映画プロモーション

――齊藤さんの中に、“主題歌は賛美歌のような曲にしたい”との思いがあったそうですが、それはなぜでしょうか。

齊藤:テレビアニメ『王様ランキング』のエンディングでyamaさんの楽曲(『Oz.』)を聴いたときに、作品を浄化するような効果をいち視聴者として受け取っていました。今回は、脚本では描き切れなかった、もっと言うと、救い切れなかった“もう1人の主人公”の鎮魂歌になったらいいなと。そこまで具体的なことはお伝えしていませんでしたが、結果として何ラリーかの中でそういう楽曲になったので、本当に鳥肌が立ちました。(作詞・作曲の)尾崎世界観さんも、yamaさんも、こちらがお願いした部分を、具体的な言葉なしに深く理解して、魂を入れてくださったことに驚きました。

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――yamaさんはレコーディングの際、どんなことを意識されましたか?

yama:ただの優しいバラードにはしたくなくて、言葉の持つ不穏さというか、温かな場所がどんどん侵食されていくような、驚かされていくような、何かが迫ってくる狂気感を表現できたらと思っていました。歌を入れる際に、ちょっとした“怖さ”や“違和感”みたいなものも乗せたかったので、最初の穏やかなところから、最後に向けてどこをピークに持っていくか、というストーリーを意識しました。

――基本的には、最初に思い描いていた通りのイメージで曲が完成した?

yama:そうですね。仮歌を入れる段階で“こういうストーリーで”と大体決めておいたので、それに沿って本番のレコーディングで形にしていく感じでした。

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――齊藤さんは俳優から制作サイドに立ったことで、主題歌に対する思いに変化などはありますか?

齊藤:いち映画ファンの立場でも、主題歌は“映画と日常をつなげる装置のようなもの”だと思っていました。日本でいえば久石譲さんだったり、坂本龍一さんだったり、映画を見たときの情感がよみがえってくるようなものとして、好きな映画音楽はたくさんあります。ですが、いざ作り手の立場になると、こんなにも強力なサポートはないな、と。実はエンドロールの後にも映像が入りますが、最初はその前に完結させようと思っていたんです。でも、『返光』という楽曲からいい意味で影響をたくさん受けて、(本編と本編で)エンドロールをはさみ込む描写にしました。

今、ラジオの媒体さんにもたくさんアプローチしていますけど、僕が言葉でいくら“この映画が…”と話すより、『返光』を聴いてもらうことが最高のプロモーションになっていると感じています。僕がいくら熱弁しても伝わらないものが、この楽曲にたくさん詰まってるので、あらためてすごい楽曲だなと思いますね。

yama:光栄です。こんなに直接褒めてもらえることはないので、本当にうれしいです。一生懸命、歌に思いを込めたので報われました(笑)。ありがとうございます。

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■衝撃の結末を救う楽曲『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を思い出しました

――yamaさんは今回、映画主題歌ならではの面白さを感じることはありましたか?

yama:やっぱり作品のことを思いながら歌うので、登場人物だったり、情景だったりが、レコーディングしながら頭に浮かんでくるんです。それは、主題歌ではない楽曲をレコーディングするときとは違う感覚ですし、より具体的な描写を思い描きながら歌うのは面白かったです。

――実際に映像をご覧になって、主題歌が流れたときにはどんなお気持ちでしたか?

yama:試写会で見させていただいたときに、物語の結末はわかっていたものの、“おお…そうだよな…、そうなるんだよな…”って。そんなときに『返光』が流れてきて、自分の声なのに新鮮というか、“そうか、もうここで終わりが来たのか”と思いながら聴いていました。あの結末を見た後、しばらくは立てないと思うので、ちょうどいい後味になっているかもしれないなと思いました。

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――齊藤さんはいかがですか?

齊藤:歌詞の強さを感じていたので、物語から主題歌をどれくらい離すべきか、どれくらい近づけるべきかと、0コンマ何秒単位でいろんな可能性を探りながら編集しました。“世界観へ誘う前奏からyamaさんの主線に入る”という楽曲の流れも、かなり映画に寄り添ってくれるものだったので、映像に当て込む段階でまた感動したっていうのはありましたね。

試写ではひと通り作品を見た後の心情で『返光』と向き合って、やはり僕は“救いだ”と思いました。たぶんこの楽曲がなかったら、見た人はただただ絶望して、崖から突き落とされた状態で家路につくことになる。人によっては、お金を払ってただつらい思いをすることになるっていう(笑)。実際、後味はそうだと思うし、僕はちょっとビョークの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を思い出しました。

yama:(深くうなずきながら)なるほど。

齊藤:物語ではとことん落ちるけど、この楽曲が流れることで、帰り分の“心のお駄賃”だけもらえて、家までは何とかなる(笑)。僕も、なかなか座席から立てなかったですけどね。

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■レコーディングは1年前…もしも今、録り直せるなら?

――『映画×音楽』について、あらためて気づきなどはありましたか?

yama:もともと“音”はすごく重要だと思っていましたが、今回は特にストーリーが終わった後に流れるということで、自分のライブとも重ねたりしていました。ライブのセットリストでも、最初のほうにどれだけ楽しい曲をやっても、ライブハウスを出て、歩いて帰っている最中に残るのはやっぱり最後の曲だと思うので、そこの重要さというか。個人的には、ライブの最後の楽曲という気持ちで歌っていました。

齊藤:『返光』という楽曲ができたのは1年以上前だと思うので、yamaさん的にはもしかしたらライブやアルバムに入れ込みたいタイミングがあったんじゃないかな、とずっと思っていました。映画の公開を待たずして、ある意味、楽曲が独り歩きしたり、yamaさんのアーカイブとして披露できたほうがいいんじゃないかなと胸が痛いところもあって。でも、尾崎さんもレコード会社の方も、みなさん公開という出産のタイミングまでじっと待ってくださって…この1年間、苦じゃなかったですか?

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yama:いやいや(笑)。もちろん、1年前にレコーディングしたものなので、今聴くと“今の自分だったら、もっとこうできたな”というのはあります。この音源がよくないとかではなくて、“今の自分だったら、きっと違う表現をしていたんだろうな”と。なので、真空パックされた1年前の自分を見ているような感覚です。おそらくこのときはこういう精神状況だったんだ、とか、まだこういう体験をしてない時期だったんだ、とか、ちょっと懐かしいような気持ちで聴いてはいますけど、それを不快に感じることはなくて。もっと早く出したかったということもなく、“大事に持ってきた記憶”という感覚です。

齊藤:よかったです(笑)。

――ちなみに、もしも録り直せるなら録り直したい?

yama:録り直したいです(笑)。でも、それは本当に悪い意味ではなくて、今の自分だったらどんな楽曲になるかな、と興味がある感じですね。

【齊藤工 Profile】1981年生まれ、東京都出身。パリコレクション等モデル活動を経て2001年に俳優デビュー。俳優業の傍ら20代から映像制作にも積極的に携わり、齊藤工名義での初長編監督作『blank13』(2018)では国内外の映画祭で8冠を獲得。『フードフロア:Life in a Box』(2020)では、AACA2020(アジアン・アカデミー・クリエイティブ・アワード)にて、日本人初の最優秀監督賞を受賞した他、『バランサー』(2014)がオレゴン短編映画祭2020で最優秀国際映画賞受賞、『COMPLY+-ANCE コンプライアンス』(2020)がLA日本映画祭2020でW受賞した。俳優としての主な出演作に、『虎影』 (2015) 、『団地』『無伴奏』(2016)、『昼顔』(2017)、『MANRIKI』(2019)、『糸』(2020)、『孤狼の血 LEVEL2』(2021)、『シン・ウルトラマン』(2022)、『イチケイのカラス』『レジェンド&バタフライ』『シン・仮面ライダー』『零落』(2023)などがある。

【yama Profile】
SNSを中心にネット上で注目を集めるシンガー。2018年よりYouTubeをベースにカバー曲を公開するなどの活動をスタート。2020年4月にリリースした自身初のオリジナル楽曲『春を告げる』が、MV再生回数1億回、ストリーミングの累計再生回数3億回を突破した。2022年に放送されたTVアニメ『SPY×FAMILY』の第2期EDテーマである『色彩』では、ボカロPくじらと約2年半ぶりにタッグ。2023年4月から放送のTVアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女」Season2ではOPテーマを担当するなど、現在の音楽シーンを象徴するアーティストの1人。

【作品情報】『スイート・マイホーム』
9月1日 全国公開
出演:窪田正孝 蓮佛美沙子 奈緒 中島歩 里々佳 吉田健悟 磯村アメリ 松角洋平 岩谷健司 根岸季衣/窪塚洋介
監督:齊藤 工
原作:神津凛子「スイート・マイホーム」(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣
製作幹事・配給:日活 東京テアトル
制作プロダクション:日活 ジャンゴフィルム
企画協力:フラミンゴ
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社

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【楽曲情報】yama『返光(Movie Edition)』
作詞・作曲:尾崎世界観
2023年7月12日(水) 配信リリース

写真:©entax

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