特別指定選手の概念が変わった瞬間…ベルギー1部ウェステルローMF松尾佑介がJリーグに与えた衝撃

近年、特別指定選手(特指、指定期間の間Jリーグに選手登録、出場が可能となる制度)の活躍や大学2、3年でのJリーグクラブ早期加入内定が増加傾向にある。

これまで出版社、新聞社、テレビ局でサッカーを取材してきた高橋アオ氏が、Jリーグと大学サッカーの在り方に迫る連載企画を執筆。

全3回のうち、第2回はベルギー1部ウェステルローMF松尾佑介が特指時代にJリーグに与えた衝撃について振り返る。

流星の如く現れた天才

流星は夜空の彼方から突如現れる―。松尾佑介のJリーグデビューは流星に例えられるような試合となった。

2019年当時J2の横浜FCは6月12日に仙台大FW松尾の2020年シーズン内定を発表し、21日には特指として日本サッカー協会から承認された。

そして6月29日J2第20節ファジアーノ岡山戦で、アクシデントが発生する形で松尾はデビューした。前半18分にFW草野侑己(現J2水戸ホーリーホック)が負傷したため、途中交代で入った松尾は武器のスピードを生かしたドリブルと攻撃センスで岡山を圧倒。5-1の大勝劇に導いた。

松尾がデビューする前の第19節時点で横浜FCは14位と苦戦していたが、背番号37の登場から前線に躍動感が生まれた。松尾は21試合出場6得点5アシストと、特指の最多得点、最多アシストと現在も続く金字塔を打ち立てた。チームもJ1自動昇格圏内の2位に入り、J1復帰を決めた。

この記録を塗り替える活躍を見せた松尾の登場はJリーグに衝撃を与えた。なぜならプロ契約ではなく、年俸が生じない学生が即戦力として大きな活躍を見せたからだ。このときからJ1浦和レッズはアカデミーで育った俊英の獲得に動いていたと複数関係者が証言している。

地方大学選手の評価にも変化が

松尾が所属していた浦和アカデミー時代の評価は低かったといわれている。同期にはトップチーム最年少出場記録を持つMF邦本宜裕(マレーシア1部ジョホール)、MF新井瑞希(J1ヴィッセル神戸)、DF中塩大貴(J2ザスパクサツ群馬)、FW松澤彰(J3・SC相模原)らがおり、この世代はトップチームに昇格した選手はいなかった。以前松尾を取材した際に「僕らの世代は谷間の世代だった」と語っていた。

その中でも松尾は当時167センチと小柄だったこともあり、「(Aチームで)試合に出た記憶がない。当時は身長が小さくて話にならなかった。(高校進学後も)見てくれる人は見てくれるけど、周りからいい評価は受けなかった」と振り返っている。

関東の名門大から声がかからなかった松尾は東北の強豪である仙台大に進学し、そこでバーベルを用いたフリー・ウエイトトレーニングでフィジカル強化などが功を奏して快速アタッカーに成長した。大学2年次は14試合25得点で東北学生1部リーグの得点王となり、翌年は同リーグで12アシストでアシスト王と結果を出した。

東北で突出した活躍を見せたが、世代別代表、全日本大学選抜、ユニバーシアード代表とは無縁だった。同期の筑波大MF三笘薫(現イングランド1部ブライトン)を筆頭に、黄金期を形成した1997年生まれ世代の中では地方大学リーグで有名な選手という評価だったと複数関係者は明かす。

実際にJ1、J2クラブで興味を持ったクラブは複数あったが、実際に加入内定のオファーを出したクラブは横浜FCとJ3クラブ1チームのみだった。

そのため、あるJリーグクラブの強化関係者によれば「まだ確認できていない宝石が地方大学サッカーにある」と地方大学サッカーの見方が徐々に変わり始めたという。

特指として松尾が活躍したケース、2018年にJ1名古屋グランパスが1年生ながら早期獲得した東海学園大MF児玉駿斗の事例により、スカウト網に引っかかっていない地方大生の発掘などが目を向けられるようになった。

地方の強豪大は特指の選手貸出も関東、関西より積極的なため、松尾のような選手が今後地方大から出てくるかもしれない。

特別指定選手の出場数にも影響が

2019年シーズンに2桁数の試合に出場した選手は、松尾とJ1北海道コンサドーレ札幌でリーグ戦6試合、ルヴァン杯8試合1得点で公式戦計14試合プレーした日本大FW金子拓郎(現クロアチア1部ディナモ・ザグレブ)のみであり、同制度が始まった1998年から2018年まで2桁数の公式戦に出場した選手は14人しかいなかった。

ただ前述したようにJリーグの舞台で才能を開花した松尾は、国内外から注目される存在になった。J1の強豪クラブ、欧州の複数クラブが松尾の動向を追っていたという。そのため、松尾の活躍から特指は優秀な選手の育成する考えから、戦力として見る考え方へとシフトしていった。

2020年には立命館大からJ1サンフレッチェ広島の特指の承認を受けたMF藤井智也(現J1鹿島アントラーズ)はJ1で15試合出場、ルヴァン杯2試合出場した。興国高のFW杉浦力斗はJ2ツエーゲン金沢でリーグ戦20試合出場(高校生の特指では史上最多出場記録)など、2桁台の試合に出場する選手が1シーズンだけで6人に激増した。

広島で活躍した藤井智也

2020年シーズンから2022年シーズンの3季で2桁以上の公式戦出場選手は11人となり、松尾の活躍以前より戦力として特指が計算されるようになった。

余談になるが、松尾の出身校の仙台大はJ3カマタマーレ讃岐MF鯰田太陽(特指時代10試合出場)、J3福島ユナイテッドFCのMF粟野健翔(特指時代10試合出場)とJリーグクラブへの選手貸出に大きく協力している。

年俸が発生しないコストパフォーマンス、早い段階から期待の若手大卒選手をプロの舞台に慣れさせることができるため、Jリーグクラブは積極的に同制度を活用する傾向となった。

現在は主力選手として活躍するケースも

現在の特指は松尾のように主力選手として機能する事例も増えてきた。

2020、2021年と2シーズン連続でJ2レノファ山口の特指でプレーした慶応義塾大DF橋本健人(現J1横浜FC)は、2季合計で18試合1得点1アシストと主に左サイドバックで山口の守備を支えた。

FC町田ゼルビアの特指となった山梨学院大FW平河悠の場合、2021年シーズンは1試合のみの出場だったが、大学最終年となった2022年シーズンは16試合2ゴール2アシストと俊足アタッカーとして町田で頭角を現した。

町田でプレーする平河悠

現在注目を集めている特指は、J2いわきFCでプレーする名古屋学院大FW近藤慶一が現在25試合1得点と松尾が持っていた特指最多出場記録を更新。J2東京ヴェルディの特指である東洋大MF新井悠太は5試合2得点1アシストと大学3年ながら存在感を見せている。

松尾が活躍したインパクトにより大学生選手たちの評価は大きく変わり、今後大学生選手たちがJリーグで活躍する機会は増えていくだろう。特指たちの活躍に期待したい。

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次回は日本代表MF三笘薫が切り開いた大卒選手の海外移籍増加について紹介する。

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