フィギュアが頭に刺さり惨事に――震度6で推しグッズは凶器になる。オタクは震災にどう備えるべき?【防災ノウハウ】

9月1日は防災の日。家電量販店で火災報知器やランタン、蓄電器などの防災グッズが並んでいるのを横目で見ながらどこか他人事で過ごしてしまう自分でも、ふと思うことがあります。

「もし今、大地震が来たら、私の部屋ってどうなるだろう」

地震の死亡原因として最も多いのが実は「圧死」。阪神・淡路大震災でも亡くなった方の77%が窒息・圧死だと言われています。特にオタクの部屋は、本・ゲーム・グッズととにかく物が多い……。このままだと“推し”のために生きているはずが、“推し”のせいで命を落としてしまうことになりかねないのでは?

そこで今回は、30年弱、災害レスキューナースとして救助活動しつつ、『プチプラで「地震に強い部屋づくり」』(扶桑社)にて”地震に強い部屋づくり”を解説している辻直美さんに、オタクが”推し”のために生き延びるにはどうしたらいいか、日頃から意識できる防災についてお話を伺いました。

辻直美さん ©林 紘輝/扶桑社

たくさんの物があっても防災はできる。 推しのために“減災”しよう

――著書に記載されていた「震度6から物は凶器に変わる」「大好きだった物で命を落とす」という文章が、特にオタクグッズを集めてる人間にとっては衝撃的でした。改めて物に囲まれた生活の危険性を辻さんからお話いただければと思います。

辻(以下同):まず始めに、私の仕事場の本棚を見てください。私は大阪在住なんですが、大阪府北部地震(※)の時に1冊も落ちてこなかったんです。

※2018年6月18日発生。最大震度6弱、M6.1。大阪府内を中心に死者・負傷者が出、住宅の全壊が21棟、半壊が483棟と多くの被害が生じた。

それは落ちないために色々な工夫をしているからです。決して部屋に物を沢山置くこと自体がダメではありません。なるべく物量が減った方が安全なのは確かですが――そもそも防災って何のためにやるんだと思います?

――命を守るためでしょうか?

そうですね。ただ、防災をすれば被災がゼロになるわけじゃありません。防災というのはあくまで“減災”。日常生活にすぐ戻ることを可能にするために、少しでも災害を減らすためにするんです。

皆さん、大地震の後の片づけを大掃除のようなイメージで考えていませんか?
どこかの部屋は綺麗で、いらない物はそこに移動して……と想像するかもしれません。災害時はそうじゃない。全部の部屋が崩れて足の踏み場もなくなり、たった5、6冊の本を避ける場所もなくなります。ですので、早く日常に戻るための防災・減災が重要になるんです。

物が絶対落ちないようにしなきゃとか物を捨てなきゃとか、「完璧に防災をしないといけない」と構えてしまうとハードルも上がりますよね。

本で頭を骨折、フィギュアが刺さり出血…推しのグッズで命の危険が

――推し活で忙しかったり、捨てることに抵抗があるオタクでもそれなら出来そうです…!

色々なルールとテクニックを使えば防災は可能です。私も本が好きで全く減らせないから、気持ちはよくわかります。じゃあ、それだけ大事にしたい物をどう置いたらいいのか、それを考えて実行することが大切です。

ただ、ひとつ伝えておきたいのは、「下手すれば本当に死ぬよ」ということ。災害レスキューナースをしていた時は様々な物で被害にあっている方を見ました。
本に埋もれていたり本で頭を骨折したり、割れたアクリルスタンドを踏み、立ち上がれずに救助が遅れた方も、フィギュアが頭に刺さり出血しながら4時間ぐらい救助を待っていた方も見たことがあります。

【防災をしていない場合の例】ベッドの上にタンスが倒れてきている。

――それは……痛いし、辛いし、恥ずかしいし、最悪ですね……。

よく「物を捨てるくらいなら死んだ方がマシ」と言う方もいます。だけど、災害で死ぬ時って“すぐ死ねない”んですよ。何時間も助けが来ないまま、痛い、苦しいという状態でじわじわと衰弱していくんです。だから「死んだ方がマシだから防災やりません」という声を聞くと、いやいや救助の現場なめてるでしょ!と思ってしまいます(笑)。

だから、全部を完璧にできなくても良いので何か1つだけでもやりましょう。
自分のために防災はできないけど、大切な人――皆さんが言うところの“推し”のためだったら防災ってできますよね。

――確かに。「推しは自分の命より大事」と言う人も多いですからね。

熱心な人は“祭壇”を作るくらいですものね。でも、その祭壇が崩れてグッズが壊れたら、もう2度とその思い出には会えないんです。さらに万が一、自分の身に何かがあったら推し活も叶わず、推しを支えることもできなくなってしまいます。それは最も辛いことだと思うので、“推し”のためにも防災しましょう。

――素敵なテーマです!

やった! やっとインタビュアーさんも笑顔になりましたね。そう、防災は楽しいことだから笑顔でやってほしいんです。災害は怖いけど防災は楽しいんですよ。
物を守るという視点以外でも、“推し活”のためには自分自身も元気でいないといけないので、やっぱり防災は必要です。すぐ元の生活に戻れるようにぜひ防災、やりましょう。

本棚は段ボールと耐震板で支えを。空間を埋めることが大事

――では、さっそくノウハウを教えてください。まずは大多数のオタクが抱えている、本が多すぎる問題から。さきほど、辻さんの本棚からは大阪府北部地震で本が1冊も落ちなかったと仰っていました。

本棚が倒れないためには“縦の線”を意識し、天井までの空間を埋めて突っ張ることが重要です。私の場合は本棚の上にできた空間から天井に届く大きさの段ボールを置いて支えにしています。さらにいくつかの箱の中にも突っ張り棒を設置し、本棚をより強固に支えています。縦の板があるところを目安に取り付けるとガシッとハマります。

○で囲んだ箇所に突っ張り棒を設置

仕切り状にすることでより強度が上がる。©まきりえこ/扶桑社

――本棚自体をひとつの柱にしてしまうイメージですね。

部屋の見栄えも重視したいので、100円均一ショップで購入したインテリアになじむ段ボールを使い、その中に強度の高い通常の段ボールを二重に重ねています。また、白を基調とした部屋なので、白いリメイクシートを貼る等の工夫もしていますね。

――推しカラーを選べばテンションが上がりそうです!

さらに本棚の下には100均で売っている転倒防止の耐震板を設置し、強度を高めています。棚の下に差し込むものなのですが、ちょっとしたコツがあるんです。

壁に本棚がベタっとついたままだと途中までしか差し込めないため、本棚を後ろの壁から3cmほど離して斜めに倒し、下部に差し込むことで、隙間なく耐震板を上手くはめこむことができます。床と本棚の間にかませるというイメージです。
もし天井までの空間が狭く段ボールも突っ張り棒も入らない場合は、本や雑誌で埋めても大丈夫です。ただし、その際は本と本の間に滑り止めシートを入れることをお忘れなく。

耐震板

――(編集部)ちなみに、私の自宅本棚の上にも箱が乗っているのですが……。

(下記、編集部員の自宅写真をみて)あー、これは倒れてきて死にますね(笑)。
天井までの隙間がありますし、箱の中身は漫画の単行本かな? 棚の上に比重が重いものを置くのはNGです。本棚上の段ボールのなかには軽いものを詰めてください。空箱では強度が低いので、タオルやシーツ、ダウンジャケットなどを入れるのが理想的です。重いものはベッドの下などに置けばベッドが強固になって一石二鳥ですね。
本棚に限らず重い物は下、軽い物は上に置くというのが基本ですので、常に意識しておきましょう。

【NG例】編集部員の自宅本棚写真

――本棚の“なか”も伺いたいです。中途半端に隙間を開けずに詰めた方がいいですか? 続刊中のマンガはブックエンドで支えて、次巻のために空けているのですが。

ブックエンドがダメというわけではありませんが、その棚の本は大地震が来たら落ちてきます。できるだけぎっちり詰めた方が摩擦力があがり、落ちてこないでしょう。
ほかの方法としては、本棚のなかにも滑り止めシートを敷いてその上に本を置くこと。これも100円均一ショップで購入可能です。見えない部分なので適当に切って貼るだけで大丈夫。適当に両面テープで貼って、動かないようにするだけでOKです。
また、上段には文庫本などの軽いものを、画集などの重い大型本は下段に並べることもお忘れなく。

アクスタには滑り止めシートを。マグカップは玄関に!?

――冒頭ではフィギュアやアクリルスタンドの話がありました。こういったグッズに対する防災方法はありますか?

フィギュアやアクリルスタンドはケースに入れて飾った方が安全です。ガラス製の棚は危険性が高く絶対NGで、樹脂製のものを選びましょう。扉にロックが付いているとなお良いですね。
あとは貼ってはがせる耐震ジェルと滑り止めシート。これをアクリルスタンドやフィギュアの底面につけておくと倒れる可能性が軽減します。
滑り止めシートは万能で、様々な物の下に敷いて対策をすることが可能です。強度に不安があれば、超強力タイプの粘着テープで設置するのがお勧めです。

それから飾っているもの以外はまとめて箱の中に入れておくこと。新聞紙にくるんで入れておけば、割れた欠片で怪我することはないでしょう。

滑り止めシート

――滑り止めシートも100均のものなんですね。オタクグッズで意外と多いマグカップはいかがですか? 食器棚がいっぱいで……。

まず「食器は食器棚に入れる」という思い込みから離れませんか? 他のところに分散しておいてもいいので、私がお勧めするのは玄関の靴箱に置くことです。

――靴箱に!? それは何故でしょう。

玄関のフレームは狭くて強く、家の中でもっとも潰れる心配のない場所と言われています。逃げる際にもパッと持って出やすいですから、「避難所生活で役に立つ」マグカップを置いておくのはベスト。

アクスタはディスプレイケースに。ケースの下には耐震マットを(編集部私物)

自分にとって大切で、これがあったら頑張れるという物は靴箱に収納しておくのがいいと思いますよ。持ち出すものはできれば避難生活の中で使える実用品や、ぱっと見られる物をお勧めします。アクリルスタンドはコンパクトでいいですね。

注意としてはこちらも滑り止めシートを敷いてほしいのと、物が多すぎると外に出られなくなる危険があるので、避難の邪魔にならない場所を考えて置きましょう。

缶バッチもまとまると重い。松・竹・梅にランク分けを

――缶バッチはどうですか? ワイヤーラックに飾っている人をよくみます。

部屋に飾りたければ、天井から床まで突っ張ることが可能なタイプのラックにするのはどうでしょう。下の方を重くなるようレイアウトして飾れば立派なパーテーションにもなります。

これはクリアファイル等、缶バッチ以外のグッズにも言えるのですが「小さいものでもまとまると重い」ということを忘れてしまいがちです。さきほどフィギュアやアクスタの項でもお伝えした通り、飾るものとそうじゃないものを区別し、自分が1番見ていたい缶バッチはラックに飾り、そうじゃないものは収納するのがよいですね。

缶バッチを飾るときも固定を(編集部私物)

――それでも「グッズは全部大事!」と言うオタクも多い気がします……。

全部大事っていうけれど、あなたの中での“ブーム”と“そうでないもの”がありませんか?

――間違いないですね。

【1】いま1番ブーム・旬なもの、【2】熱が下がっているけど好きなもの、【3】昔はお世話になったもの……と3分類くらいはできないでしょうか?
捨てろとは言わないので、この“松・竹・梅”のランクに分け、部屋の中に飾るか、段ボールに収納するかを考えてみる。部屋の中に置くのはランクの高いものだけ。

週に1回・月に1回ぐらいは家の中を片付けて“松・竹・梅”を整理する――これも立派な防災です。 “推し”グッズたちと一緒に生きていくために、いま持って逃げるなら何かを考えてるだけでもいい。そういう小さな事から意識すると、自分の命を助ける……そして“推し”を助けることができるんじゃないかな。

大事なものをその手元に置いておきたい気持ちはわかるけれど、それがどんどんどんどん増えていくのであれば、デジタル化してしまうという方法も。

――確かに、デジタルであればすぐに見ることができます。

どうしてもデジタル化したくない場合は、先ほどの“松・竹・梅”を基準にして、過去のものが収納しきれない場合はレンタル倉庫を借りることも一つの手段です。

大地震は必ずやってくる。避難生活に備えるために

――(編集部)枕元も伺いたいです。最近はスマホの睡眠アプリ『ポケモンスリープ』をやっていまして……睡眠中に充電をしているのですが、あまり良くないですか?

全然ありですよ! 充電したスマホを枕元に置いておくのはとてもよいと思います。
基本的に、寝る場所にはスマホと充電器とモバイルバッテリーを置いてほしいので、あながち間違っていないです。充電ケーブルが気になるようなら、首元近く以外の場所に置いておけば絡まる危険も少ないと思います。

睡眠を測定するアプリ『ポケモンスリープ』(編集部私物)

スマホ関連以外だと、寝室には明かりになるものと水と食料、それから簡易携帯トイレも置いておきましょう。すべて100均で手に入ります。寝ている時が一番無防備なので、頭上に物が落ちてこない配置をしておくことも大切です。

――ありがとうございます。私含め、推し活や推しのための仕事で忙しくなると部屋のことも後回しになりがちですが、やはり日々の整理は大事ですね。

そう、少しずつでいいんです。防災って面倒に感じるし、いつ来るか分からないものにお金も時間もかけられないと思うかもしれませんが、災害は日常の延長線でしかないんです。
大地震は必ずやってくるし、台風や水害も、もう当たり前になっています。だけど、その準備さえしてれば、何も怖くない。いざという時に慌てないために日常からそれを意識してほしいです。

――1ヶ月後に見返したら、グッズの「松・竹・梅」が変わるかもしれないですしね。

優先順位をつけることに罪悪感を抱く方もいらっしゃいますが、いざという時に1番大好きなものを守れないと避難生活も心が折れてしまいます。

今回は防災の話をしましたけど、本当に大事なのは避難してからの生活なんですよ。皆さん「避難所にさえ行ければ大丈夫」と勘違いされますが、逃げてからがスタートなんです。床と天井しか用意されていないと思った方がいいくらい。

となると、なるべく避難所に行かず在宅避難するのが望ましいので、そのためにも家の中が崩壊しない工夫が必要です。今のお家で推しと私は生き延びれるのかということに、ぜひ1度立ち返って考えてみてください。

(執筆:通崎千穂)

辻直美さん プロフィール

『プチプラで「地震に強い部屋づくり」』(扶桑社)

国際災害レスキューナース。一般社団法人育母塾代表理事。国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。看護師歴32年、災害レスキューナース歴28年。被災地派遣は国内外30ヶ所以上。整理収納アドバイザー2級。著書に『レスキューナースが教えるプチプラ防災』(扶桑社)、『地震・台風時に動けるガイド : 大事な人を護る災害対策』(発行:Gakken)などがある。

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