社説:京アニ事件裁判 重みに向き合い解明を

 36人が死亡、32人が重軽傷を負った京都アニメーションの放火殺人事件で、殺人などの罪で起訴された青葉真司被告の裁判員裁判が、京都地裁で始まった。

 青葉被告は「私がしたことに間違いありません」と起訴事実を認めた。「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っていなかった」と述べたが、謝罪は聞かれなかった。

 被告も命を危ぶまれるやけどを負い、治療などで事件発生から4年余りも要しての初公判だ。癒えぬ悲しみの時間を過ごしてきた遺族らの思いは察するに余りある。

 それでも平成以降で最多の犠牲者を出した凶行が、本人から語られる意味は大きい。多くのかけがえのない命を奪った重大さに真摯(しんし)に向き合い、真相を突き詰めていかねばならない。

 焦点の動機を巡り、冒頭陳述で検察側は、京アニの原作公募で落選したのを機に、青葉被告が小説のアイデアを盗用されたと思い込み、「一方的に恨みを募らせての犯行」と指摘した。

 弁護側は、犯行事実は争わないとしつつ、被告には精神障害があり、事件当時は責任能力のない心神喪失で無罪、もしくは心神耗弱で刑の減軽が相当と主張した。

 そうした刑事責任能力の有無や程度が最大の争点といえる。被告の事前の下見や凶器の準備には計画性がうかがえる。一方で、検察のいう「筋違いの恨み」がいかにして大量殺人に至ったのか。

 検察は半年間の鑑定留置で完全責任能力があるとして起訴し、弁護側も裁判所に請求して計2回の精神鑑定が行われた。当時の被告の精神状態が行動や判断に与えた影響や、そこに至る経緯の解明が不可欠だ。

 裁判は来年1月25日の判決まで、予備日を含め計32回設定され、143日間に及ぶ長期審理となる。遺族らが被害者参加制度で被告に直接質問したり、意見を述べたりする機会も設けられる。

 初公判で検察は、犠牲者の半数を超える19人の名前を伏せる異例の「匿名審理」で臨んだ。

 被害者保護への十分な配慮は欠かせない。同時に、一人一人の命の重みと事件の実像を社会で共有するため、裁判の公開原則は極めて重要だ。匿名の範囲は限定的であるべきだろう。

 今回の事件に続くように、社会からの疎外感を深めての凶行が繰り返されている。どうすれば孤立化と憎悪のエスカレートを防げるのか、社会全体に突き付けられている問いである。

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