<ライブレポート>ジョーイ・バッドアスが5年ぶりライブで広めた“胸を張って自分を信じ、突き進むこと”

9月1日に、米ブルックリン出身のラッパー、ジョーイ・バッドアスの来日公演がEX THEATER ROPPONGIにて開催された。彼が来日するのは2018年の単独公演以来、約5年ぶり。観客の多くは、現在28歳のジョーイと同世代と思われる若者たちだったが、俳優としての活動や、何より良い意味でトレンドに左右されることのないストイックなスタイルも相まって、幅広い世代のヒップホップ・ファンがこの場所に集まっているようだった。

開演時間を迎えると、まずはジョーイが所属するクルー“Pro Era”の一員でもあるパワーズ・プレザントによるDJセットが場を温めていく。カニエ・ウェスト「Father Stretch My Hands Pt. 1」からノトーリアス・B.I.G.「Juicy」まで新旧のヒップホップ・クラシックが次々とドロップされ、会場は既にパーティー状態だ。完璧に準備ができたところで遂にジョーイがステージに姿を表し、1曲目を飾る「Paper Trail$」が投下されると会場の熱気は一気に最高潮に。その熱烈なリアクションが嬉しかったのか、「コンニチワ、東京!!」と日本語で挨拶したジョーイの表情は既に満面の笑みだ。

最初のMCでキャリアの最初期からファンでいてくれた人がいるかどうかを尋ね、そんな人々への愛をこの日のライブに込めると語ったジョーイの姿が示すように、この日のセットリストはまるで自身の歩んできたキャリアを振り返るかのような構成。というわけで序盤は自身の存在感を一気にシーンに知らしめた2012年のデビュー・ミックステープ『1999』から「Righteous Minds」などが披露されていく。最初期にもかかわらず、若さゆえの勢いは控え目で、むしろどこか達観したかのようなクールな楽曲群は、更にスキルや経験を重ねた今のジョーイが歌うことによって更にその深みを増していた。その後も「Christ Conscious」(『B4.DA.$$』(2015年))、“Fxxk Donald Trump”の合唱も炸裂した「ROCKABYE BABY」(『ALL-AMERICAN BADA$$』(2017年))など、それぞれの時期の名曲とともに、ジョーイの歩んできた道程が辿られていく。

楽曲の合間に日本酒(!)を嗜むジョーイはすっかりご機嫌のようだが、あくまでパフォーマンスはストイックそのもの。勢いに身を任せることなく、しっかりと着実に、時には語りかけるように言葉を重ねていく。だが、その中心にはしっかりと力強いエネルギーが感じられ、まるで観客一人ひとりの身体へと染み込み、呼応しながら会場全体へと広がっていく。「THE REV3NGE」ではジョーイ本人もこれまでのパフォーマンスでベストと語るほどの凄まじい熱狂が生まれていたが、それはまさに観客のジョーイへの愛と、ジョーイがもたらす力強いエネルギーが一つとなった結果なのだろう。

キャリアを巡る旅はいよいよ昨年リリースの最新作『2000』へと辿り着き、「Where I Belong」や「Make Me Feel」といった楽曲を披露していくジョーイ。この日のステージは1DJ+1MCを中心に1枚のスクリーンと照明を活用したシンプルなセットだったが、「Cruise Control」では椅子に座りながらパフォーマンスを行い、ラップに引けを取らないくらい魅力的な美しい歌声で観客を魅了する。先程まで会場が揺れんばかりに盛り上がっていたのが一転、騒ぐことなくじっくりと聞き入る観客に「静かすぎない? ちょっと気味が悪いくらいだよ?」と冗談を飛ばすジョーイだが、それくらい素晴らしい歌声なのだからしょうがない。

これまでの自身の歴史を振り返ったジョーイは、やがてニプシー・ハッスルやXXXテンタシオン、ポップ・スモーク、ジュース・ワールド、キャピタル・スティーズといった名前を挙げ、彼らへのリスペクトを語る。「infinity (888)」を披露した際には、客に“X”のポーズをするように求め、XXXテンタシオンのヴァースが会場に流れている間、ジョーイもまた“X”を空に向けて力強く掲げていた。

幼少期から自身が抱えてきた問題や、若くして大きな成長を手にしたことに伴うプレッシャーに満ちた多忙な日々、そして仲間たちの死。2020年からセラピーに通うようになったというジョーイにとって、前回の来日公演からの約5年という期間は、長らく問題を抱えていた自身のメンタルヘルスと向き合うタイミングでもあった。

「外にはたくさんの憎悪が溢れている。だから愛を広めることが重要なんだ」と観客に語りかけたジョーイは、会場に集まったカップルに(何度も丁寧に確認した上で)キスカムを求め、最後には自身もガールフレンドと熱いキスを交わし、会場をたくさんの愛で満たしながら「Love Is Only A Feeling」を披露。更にジョーイは「クソみたいなやつのせいで自分自身を小さく感じたり、縮こまったりしてはいけない。誰よりも胸を張って立ち上がるんだ」と語り、「Shine」の大合唱へと会場を導いていく。自らの中にある深い愛情と、他の誰にも奪うことのできない根源的なパワー。それらを信じることで困難な状況から脱することができたジョーイは、今度はそれを伝えるために私たちの場所までやってきてくれたのだろう。だからこそ、そのパフォーマンスには確かなエネルギーが満ちていたのだ。

ジョーイと観客、それぞれの持つエネルギーが幾度となく呼応する幸福な空間は「FOR MY PEOPLE」、「TEMPTATION」、本編の最後を飾った「DEVASTATED」という惜しげもない名曲の連打によって壮大なクライマックスを迎えた。天井を突き抜けんばかりの大合唱は、今を生きることの喜びと、観客からジョーイへの感謝の想いを示しているかのようだった。

この日のライブで、ジョーイは何度も観客に向けて「Make some noise for yourself!」と呼びかけていた。「Make some noise!(盛り上がれ!)」だけであれば、これまでに数えきれないほどのライブで聞き続けてきたフレーズだが、そこに「for yourself!(君自身のために!)」と続けたミュージシャンを見たのはこれが初めてだった。その言葉が何よりも、今のジョーイ・バッドアスという人物を象徴していたように思う。

アンコールの「Survival Tactics」で会場に最後の熱狂をもたらしたジョーイがステージから去っていくと、会場にはプリンスの楽曲が鳴り響く。そのタイトルは「Nothing Compares 2 U(貴方にかなうものはない)」。それはまさに、この場所に集まってきてくれた人々のために、ジョーイが最後に伝えたかったメッセージなのだろう。

Text by ノイ村
Photos by 古溪一道

◎セットリスト
1. Paper Trail$
2. Hardknock
3. Righteous Minds
4. Waves
5. 95 Til Infinity
6. Hazeus View
7. Christ Conscious
8. Rockabye Baby
9. Distance
10. THE REV3NGE
11. Where I Belong
12. Brand New 911 (intro only)
13. Zipcodes
14. Make Me Feel
15. Cruise Control
16. Head High
17. infinity (888)(XXX TENTACION)
18. 327
19. Show Me
20. Love Is Only a Feeling
21. Shine
22. For My People
23. Land of the Free
24. Temptation
25. Devastated
26. Survival Tactics

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