<社説>京アニ事件裁判開始 全容解明し再発防止を

 36人もの命を奪う惨劇はなぜ起きたのか。被告の動機は何だったのか。事件の全容を解明し、再発防止の手がかりとしたい。 2019年の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などに問われた無職青葉真司被告の裁判員裁判が始まった。5日の初公判で被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。

 「こうするしかないと思った。こんなにたくさんの人が亡くなると思わなかった。現在はやり過ぎと思っている」とも述べた。これだけでは全容解明を望んでいる遺族や京アニ関係者は納得しないであろう。被告は犯した罪と向き合い、自身の言葉で明確に答えてほしい。

 裁判の争点となるのは被告の責任能力の有無である。検察側は「完全責任能力があった」と主張した。弁護側は「事実関係を争わない」とした上で、事件当時、心神喪失の状態にあったとして無罪を求めた。

 多くの人命が失われた重大事件の裁判員裁判である。来年1月の判決まで、審理は長期に及ぶ。裁判員の心的重圧は相当のものであろう。検察、弁護側双方とも裁判員の判断を支える丁寧な審理に徹してほしい。

 責任能力の有無と併せて、動機の解明が重要である。

 冒頭陳述で検察側は、自身の小説作品のアイデアを京アニに盗用されたという「筋違いの恨みによる復讐(ふくしゅう)」と断じ、「自己愛的で他責的なパーソナリティーから責任転嫁をし、京アニを恨んだ事件」と主張する。被告の心神喪失を指摘する弁護側は「被告にとって起こすしかない事件だった。人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃だった」としている。

 検察側、弁護側の双方が指摘するのが被告が置かれた厳しい境遇である。少年期に両親が離婚し、父親から虐待を受け、貧困にも陥っている。

 高校卒業後、8年間勤めたコンビニでは人間関係を築けず、30代前半は職を転々とした。コンビニ強盗を起こし、懲役3年6月の実刑判決を受けている。服役中、被告は統合失調症の診断を受けた。

 もちろん、このような生い立ちが直ちに凶悪犯罪に結びついたと考えるのは短絡であろう。しかし、被告が社会から切り離され、孤立していたことは想像できる。

 被告がどのようなことを考え、凶行に至ったのか。その背景には何が存在するのか。被告の成育環境まで解きほぐし、事件の全容を解明することで再発防止の糸口としたい。求められるのは孤立する人々を社会とつなぎ止める方策である。裁判で得られた情報を社会で共有し、効果的な孤立対策を模索すべきだ。

 この事件によって、被害者の実名報道の是非など、犯罪報道の在り方についても問われることとなった。メディアもこの事件と向き合い、教訓を得なければならない。

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