『テラハ』出演アスリートが、外の世界に飛び出し気付けた大切なこと。宿願を実現する秘訣は…【特別対談:佐藤つば冴×田渡凌】

世界は大きな変化の真っただ中にいる。特に日本は非常に多くの社会課題に直面しており、「課題先進国」としていかに問題を解決し、乗り越えていくかが問われている。誰にとっても他人事ではなく、それはスポーツ界、アスリートにとっても同様だ。日本財団が運営するプロジェクト『HEROs』では、“スポーツが持つ力”を活用して社会貢献の輪を広げることを目的としており、多くのアスリートやスポーツチームの活動を支援・推進している。

アスリートは競技以外の場で何ができるのか。そしてスポーツの社会的な価値とは何なのか――。

アスリートの社会的価値や貢献活動について考える連動企画の第4回は、一世を風靡(ふうび)したテレビ番組『テラスハウス』への出演で話題となった、佐藤つば冴(アイスホッケー)と田渡凌(バスケットボール)の対談だ。なぜ競技以外の活動を決意したのか? そこで何を感じ、何を得ることができたのか? 今いる場所から自分の知らない世界へと飛び出し、新たなチャレンジに挑んだ二人に話を聞いた。

(インタビュー・構成=沢田聡子、写真提供=日本財団 HEROs)

『テラスハウス』出演で話題となった、二人のアスリートの本音を聞く

――佐藤選手と田渡選手、二人に共通するのは『テラスハウス』に出演したことですが、競技とまったく異なる活動を決めた理由をお聞かせください。

佐藤:もともと自分に自信を持てるタイプではなく、結構心配性だったりするので、出演をきっかけにしていい方向に進めたらと思ったのが一つです。でも、一番は、日本ではマイナーなスポーツであるアイスホッケーを有名にしたいという思いですね。これが強くて、出演することを決めました。

――出演してから、どんな反応があったと感じましたか?

佐藤:少しアイスホッケーの知名度が上がったのかなと感じましたし、身近なものになったと感じます。実際に視聴者の方が大学入学後にアイスホッケーを始めたという話を聞きました。、“そこは貢献できたのかな、とすごくうれしく思いました。

――田渡選手の出演回が配信されたのは、当時所属していた横浜ビー・コルセアーズ(Bリーグ)のキャプテンに就任して迎えたシーズン開幕直後でしたね。

田渡:たまたまシーズン開幕直後になってしまって、しかも開幕2連敗したこともあり、相当批判されました。

――後悔はありませんでしたか?

田渡:基本的に僕は人生を後悔しないように生きているつもりなので。その瞬間、瞬間で嫌な気持ちになることもありましたけど、後悔はしていません。

――観客動員数が増えるという、プラスの手応えもあったかと思います。

田渡:そうですね。会場に見に来てくれる10代、20代の女性が増えた印象はありました。番組に出た直後はよく声を掛けられましたし、“バスケットの試合を見てみようか”というきっかけに少しはなれた感覚はありました。

スポーツの外の世界の人たちと出会って気が付いたこと、知ったこと

――バスケットボール選手として、プラスになったと思うことはありましたか?

田渡:単純に“もっと頑張らなくてはいけないな”と思うようになりましたね。いつも“見られている”気持ちでトレーニングや練習に励んでいたのですが、出演後は“もっとやらないと、恥ずかしい思いをするのは自分だ”と。覚悟が強くなったな気持ちはあります。

――コートに立つときにも、前にも増して責任感が強くなったのでしょうか?

田渡:責任感が増した感覚は、僕の中ではないです。もともとバスケットが一番好きで仕事にしたし、小さいころから好きでやっているので。でも“出たからにはもっと頑張らないと”とはやっぱり思いましたね。

――バスケットボールの世界から外に出て、何か気付いたこと、感じたことはありましたか?

田渡:世の中にはいろいろな人がいるんだなと思いました。小さいときから他競技の人と切磋琢磨(せっさたくま)して刺激を受けてきたんですけど、外の世界の人とはなかなかそういう機会がなく。どの世界でも結果を残している人はものすごく努力していることが、僕が見て学んだことです。

――佐藤選手はInstagramのフォロワー数が現在約23万5000人と驚異的な数です。これは番組出演のプラス効果でしょうか。

佐藤:そうですね。そのおかげが大きいです。

――出演を決めたのは「自分自身の自信につながれば」ということでしたが、実際に出演してみてどうでしたか?

佐藤:実際に自分が大きく変わったかというと、意外とそうでもなくて。ただ、いろいろな方と接することが増えたので、価値観はだいぶ変わりましたね。田渡選手も言っていた通り本当に多様なバックグラウンドや価値観の人がいるので、すごく刺激になりました。今仲良くしているモデルの小室安未ちゃんは私と正反対の性格で、違う視点で物事を見ているので、すごく勉強になります。

自分が気付いていないだけで、実はお世話になっている人たちがたくさんいる

――田渡選手は、番組出演以前から「TAWATARI PROJECT(タワタリプロジェクト)」と名付けて社会貢献活動を積極的に行っていますね。

田渡:今はコロナ禍でなかなか実際に訪問することはできていませんが、障がい者の方の施設に行ったり、オンラインで一緒に運動したり、試合に招待したりしています。あとは、なかなか学校になじめない子たちが行くフリースクールで、相談役のようなことをしています。

オンラインで月に2、3回、気軽に話せるような関係をつくったり、実際に訪問して、生徒たちを試合に招待したり。それから、認知症の方たちと一緒に運動したり、バスケットボール経験者、芸能関係の方やプロの選手を集めてチャリティーバスケットを開催して集まったお金を寄付したりしています。

――始めるきっかけがあったんですか?

田渡:僕はアメリカの大学に留学していたのですが、現地の大学ではスポーツチームに所属していると、地域貢献活動・社会貢献活動を一定時間やらなくてはいけません。実際に活動に参加すると、アスリートは「小さい頃から与えられるものがものすごく多い分、還元しなくてはいけない」という意識の強さを感じました。自分がプロになったら、ぜひやってみたい思いがありました。

また、自分の母親が教員だった関係で小さいときから特別支援学校に行ったりしていて「いつかは何かできないか」という思いもありました。何か一つでも僕が学んだことを形として示すことができないかなと考えた上での活動です。

アメリカは貧富の差が激しく、アスリートは特別な目で見られています。中学生・高校生ぐらいから選抜チームに対しても、特別な存在に見られていると思いますし、だからこそ社会や地域に対する活動に強い意識があるのだと思います。

――特に大学スポーツは地域で応援されていると思いますが、地域とのつながりの強さも影響していますか?

田渡:もちろん、そうだと思いますね。これはプロになって気付いたんですけど、地域の人たちがどれだけ僕たちのためにやってくれているのかをすごく学びました。それは大学レベルでも同じで、自分たちは気付いていないけれども実はお世話になっている人たちは本当にたくさんいると思います。そういう地域の人たちに対して、僕たちは何かしなくてはいけないと学びました。

社会貢献活動は現役のうちにやるから意味がある。NBAに根付く文化

――スポーツが人々からどのように捉えられているのか、日本とアメリカで違いを感じることはありますか?

佐藤:難しいですね。それこそ人のあり方も全然違うし、応援の仕方も、熱量も全然違うんですよ。日本のアイスホッケーって結構孤立しているというか、内輪だけで盛り上がっている感じがすごくあって。もう少しオープンにしていければいいのになと思いつつ、選手にはどうにもできない部分もあったりするので難しいなって感じているんですけど……バスケはどうなんですか?

田渡:アメリカではバスケが文化、生活の一部のようになっています。中学の段階から、「うちでは選ばれた選手しか部活できません、もしバスケをしたいなら他の学校へ転校してください」という感じで。それぐらい切磋琢磨(せっさたくま)して、ずっとセレクションが行われていったその頂上にNBA選手がいるから、もう神様のような感じで見られています。

日本の中学・高校のバスケ部では「全員誰でも入れます、でも試合に出られるのは5人だけですよ」みたいな感じでずっとやっている。それでも尊敬の目で見てくれる人はいますけど、生活の一部、文化にまでは溶け込めてはいない。その違いを埋めるのには、時間がかかるんじゃないかなって思っています。

――アスリート個人もそうですし、チームや協会も競技の外側に目を向けることがすごく大切で、社会貢献活動もその一つになるということですよね。

田渡:NBAの選手はそれを理解しているし、社会貢献活動も選手としてやるべき活動の一部分だと思ってやっている人が多いと思います。それを見ながら育った若い選手たちが、NBA選手になってまたそれを続けるサイクルになっている。

やっぱり現役の間にやることにすごく意味がある。現役の今だからこそ持っている発言力とか影響力を使わなきゃ意味がない。アメリカの選手はものすごく理解しているんじゃないかなと思うし、自分もアメリカに行ってそうした文化を見て、現役でいる間に活動することが大事だなと学びました。

社会貢献活動に興味はあるけれど、どうやって始めたらいいのか?

佐藤:私もいずれは子どもたちにホッケーを教える教室を開きたいなとは思っているんですが、ただ実際にどうやっていいかが分からなくて……田渡さんは、社会貢献活動を個人でやっているんですか?

田渡:はい、個人で。もちろんいろんな人にヘルプしてもらいながらやっていますけども。

佐藤:どうやって募集かけたりするんですか?

田渡:最初やったときは、SNSで募集のリンクを作りました。

佐藤:結構、集まるものですか?

田渡:自分の場合、プロのスポーツチームに所属しているじゃないですか。だから自分のファンだけじゃなくて、そのチームやリーグ自体を応援してくれている人が来てくれるので、多分個人競技のアスリートよりも人を集めるのは難しくないのかなという感覚はありました。

佐藤:そうなんですね、すごいな。

田渡:でもバスケってボール1個でできる競技ですけど、アイスホッケーは大変じゃないかなと思いますね。

佐藤:そうなんですよね。やっぱり初めての人は道具を持っていないから、そういうことも考えなきゃいけないなと思っていて。難しいですよね。

――まずは“リンクを滑る”経験をしたことがない子どもに経験させてあげるのもいいかもしれませんね。

佐藤:滑ることができる場所は限られていますし、スケートから始めるのはすごくとっつきやすいかもしれませんね。

――佐藤選手が子どもに教えたいと考えているのは、競技の裾野を広げたい思いからですか?

佐藤:そうですね、やはり子どものころの経験が大人になってから響いてきているなとすごく感じるので。だから、幼いころから自分に何か教えることができるのであればやっていきたい気持ちはすごくあります。

やりたいことがあったら、とりあえず言葉にして人に話すのが大事

――田渡選手の活動に協力してくれている人たちは、どういうきっかけで参加してくれるようになったのですか?

田渡:プロスポーツ選手って、スポンサーや個人的に興味を持ってくださる人たちと食事をする機会が結構多いんですよ。そこで自分がやりたいことを全部話していたら、賛同してくれる人がたくさん出てきました。

――言葉に出すって大事ですよね。田渡選手の中で、既にやりたいことが固まっている状態で人に話していたんですか?

田渡:固まっていたわけではないですね。“これやりたいな”あれやりたいな”がいっぱいある中で人に話していたら、「こういうことならできるんじゃない?」と。できるとなったら、“多分これ、今やるって言わなきゃ行動しないな”と思って、SNSですぐ発信して、企画して進めました。ありがたいことに僕は恵まれていて、いろいろな人に助けてもらえる環境にいたのがよかったです。

――漠然と社会貢献など競技以外の活動をやりたいなと思っているけれども、“具体的に何をしたらいいんだろう”という人は、アスリートに限らず多いと思います。「まずは人に話してみる」ことが大事なんですね

田渡:そうだと思います。

――社会貢献活動をやる場合、既存の活動に参加するやり方もありますが、田渡選手の場合は自らプロジェクトを立ち上げたわけですよね。それはなぜですか?

田渡:スポーツチーム、バスケットのBリーグのチームもそうなんですけど、絶対どこのチームも社会貢献活動をやっているんですよね。もちろんその場に行けばちゃんとやることはやるのですが、活動後のフィードバックも分からないし、対象の方たちと深い関係にもなりづらい。

せっかくいい活動をするのであれば、自分で場所を選んで、自分がやりたいことをやろうと思ったのが、個人でやりたくなったきっかけです。その方が、どうにかしていいものをつくり上げたいと思えるようになるなと思ったので。

――実際に交流した方たちはその後どうなっていますか?

田渡:フリースクールに通っている子たちは、「社交的になった」「自分から率先して行動できるようになった」「学校に来る回数が格段と増えた」という話を聞きます。自分はただバスケットボールのプロの選手をやっているだけで資格を持っているわけでもないのですが、自分が行動したことによって少しでもいい方向にいったケースがあるので、それは自分の中でものすごくうれしい体験ですね。

試合に招待もしているのですが、選手だけで試合をしているわけじゃなくて、コーチ、マネージャー、トレーナー、運営スタッフ、警備スタッフと、たくさんの人がいる。僕たちがメインでスポットライトを浴びているけれども、それ以外にもたくさん大事な役割があるということを伝えられる場にいるので、すごくやりがいがあります。日頃、自分がお世話になっている人たちに、少しでもそういう気持ちが伝わればという気持ちもあるので、それができていることはすごくうれしいですね。

<了>

■『HEROs』とは
アスリートの社会貢献活動を推進することを目的に、日本財団が立ち上げたプロジェクト。多大な影響力を持つアスリートが社会貢献活動に取り組むことは、多くの人々に社会課題に対する意識や社会貢献活動への関心を生み出し、社会課題解決の輪を広げていくことにつながる。そのためにHEROsでは、ACADEMY / ACTION / AWARDの3つの事業を通じて、アスリートを中心とした社会貢献活動のプラットフォームをつくり、必要な情報提供やサポートを行っている。
元サッカー日本代表の中田英寿氏、元メジャーリーガーの松井秀喜氏、元柔道全日本男子監督の井上康生氏、元ラグビー日本代表の五郎丸歩氏、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太、プロボクサーの村田諒太ら多くの現役/元アスリートがHEROsアンバサダーに就任。HEROsの活動を推進している。

■『HEROs AWARD』について
社会とつながり、社会の助けとなる活動を行うアスリートや団体の取り組みに対して毎年1回表彰を行い、スポーツやアスリートの力が社会課題解決の活性化に貢献していることを社会に周知することで活動を後押しし、社会貢献活動をより多くの人々が取り組むようになることを目指すプロジェクト。2022年度のエントリー期間は5月9日(月)~7月31日(日)。
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[PROFILE]
佐藤つば冴(さとう・つばさ)
1993年9月28日生まれ、長野県出身。アイスホッケー選手。軽井沢フェアリーズ所属。2017年にテレビ番組『テラスハウス』に出演し、同世代から多くの支持を得る。2021年7月、女子アイスホッケー世界最高峰の北米プロリーグ、NWHL(現PHF/プレミアホッケー連盟)所属のコネチカット・ホエールからインターナショナル・ドラフト2巡目で指名を受けた。Instagramフォロワー数は約23万5000人(2021年6月現在)。現在PHFへの加入を目指している。

[PROFILE]
田渡凌(たわたり・りょう)
1993年6月29日生まれ、東京都出身。バスケットボール選手。高校卒業後、アメリカに留学。NCAAディビジョン2のドミニカン大学カリフォルニア校に転入し、主将を務める。帰国後、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズ、広島ドラゴンフライズ、三遠ネオフェニックスでプレー。2019年にテレビ番組『テラスハウス』に出演、新たなファン層を取り込んだことを評価され、Bリーグ最優秀インプレッシブ選手(MIP)を受賞した。自ら『TAWATARI PROJECT』を立ち上げ、社会貢献活動を積極的に行っている。2021年より“HEROsメンバー”に就任

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