副葬銅鏡「桁違い」の100枚超 奈良・桜井茶臼山古墳

三角縁神獣鏡の破片(黒い部分)=7日、奈良県橿原市

 初期大和政権の大王墓とされる奈良県桜井市の桜井茶臼山古墳(3世紀末、前方後円墳、全長204メートル)で、出土していた385点の鏡片を3次元計測した結果、副葬された銅鏡は103枚以上に上ることが分かった。県立橿原考古学研究所が7日、発表した。これまでは81枚と推計されていたが、計測精度向上や鏡のデータベース充実などもあり、さらに多くの枚数が判明した。

 他の古墳などでの出土は40枚が最多で、同研究所の岡林孝作学芸アドバイザーは「200メートル以上の王陵は副葬品でも桁違いだ」と指摘。初期大和政権は豪族連合のため、王権中枢は脆弱だったとする説に見直しを迫ると意義づける。

 中国製、日本製を問わず、出来のいい鏡ばかりを選んで副葬していたことも判明。国産の内行花文鏡などが出現し始める時期に当たり、被葬者は銅鏡の国内生産を推進し、鏡の配布をコントロールしていたと想定できるという。岡林さんは「桜井茶臼山古墳の時期にさまざまな品物の国産化も進んでおり、そういう動きの出発点にいた王の墓ではないか」と話している。

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