社会にポジティブなインパクトを与えるESG投資を通して、未来のために役割を担う――大関 洋・ニッセイアセットマネジメント社長

2023.09.07
Interviewee 大関 洋 ニッセイアセットマネジメント 代表取締役社長
Interviewer 松島香織 サステナブル・ブランド ジャパン

ニッセイアセットマネジメントは日本生命グループの資産運用会社として創業し、2006年に国連責任投資原則(PRI)に署名してから、ESG投資を積極的に推進している。同社はESG投資をするにあたり、社会に対してどのようにポジティブなインパクトを与えるのかを意識し、投資先へのエンゲージメントを重要視しているという。同社のESG投資残高は2021年で8195億円、2019年と比較すると2倍以上に伸びている。こうした現状について、大関 洋社長は、「投資機会もあり、収益見込みや成長機会もある。ESG投資は決して廃れないで伸び続けていく」と言い切る。

――貴社は、まず2008年にESG評価を国内外株式の運用プロセスに組み込みESG投資を推進、その後2021年度中期経営計画で初めて「サステナビリティ経営の推進」を掲げました。

大関:スタートはESG投資が先でしたが、ESGとサステナビリティは表裏一体と考えています。資産運用会社・投資家としてリターンを上げていく中で、どうサステナビリティに取り組んでいくか。あるいは運用を通して、社会に対してどうポジティブなインパクトを与えるのかということを、常に意識しています。

我々は株主、債券投資家として企業にエンゲージメントをするわけですが、「社会課題に対してどういう取り組みをしているのか」などを聞くわけですね。企業と対話したり要請したりする以上、自社としてもあらゆることに配慮したサステナビリティ経営をしなくてはいけない。われとわが身を見直して、自らも実践していかなくてはいけないと考えています。

――ESG投資を積極的に始めた背景を教えてください。

大関:私は2014年から日本生命のCIO(最高投資責任者)に就任し、グローバル投資をしてきました。当時、低金利の厳しい運用環境の中で、世界中の投資家が何を考えているのか情報収集し、その中でとりわけ、欧州の年金基金や政府系ファンドがESGやサステナビリティに投資していたことがわかりました。

非常に重要なテーマだと考え、日本生命でも2014年からグリーンボンドやサステナビリティボンド、2016年にウーマンボンド(女性活躍支援債)などに投資を始めました。また2014年にパリ市が環境に配慮した「グリーンプロジェクト」の推進を目的に発行した債券や、2015年には英国ロンドン交通局が発行した環境に配慮した債券を、日本生命が単独で引き受けたりしました。

PRI署名機関として17年。2008年からESGを基点とした国内外の株の投資も始めていて、15年以上の運用実績がある。つまり、ESGが世の中のトレンドになる前から取り組んでいたわけです。

――2006年に署名して以来、カンファレンスでは署名機関の中から一機関のみ選定されるリードスポンサーに就任するなど、PRIとは良好な関係を築いていますね。

大関:PRIは、サステナビリティの投資に関してさまざまな主体を集めている国際的なプラットフォームであり、世界の流れを知るために非常に重要なネットワークです。仰る通り、弊社は2020年PRI年次カンファレンスのリードスポンサーに日本の金融機関として初めて選ばれました。東京で開催するはずだったのですが、コロナがあって1年延期され、結局デジタル開催になってしまいましたが、今年の10月に再度東京に誘致しPRI in Person 2023の開催が決定し、弊社はシルバースポンサーを務めることになりました。

社会や環境、地球に対して良い投資を実現するともに、社員も幸せに

――サステナビリティ経営の推進のため掲げたスローガン「A Good Investment for the Future」には、どのような意味を込めたのでしょうか。

大関:我々は資産運用会社なので、良いリターンをお客様に提供することが必須です。そのうえで、社会や環境、地球に対して良い投資を実現したいという意志があり、同時に社員が幸せにならなくてはいけません。金融は人材が全てです。社員が満足して持てる能力を存分に発揮できるような会社にすることはとても重要です。

まずお客さまと社員が幸せになるような「Good Investment」を会社として実行すること。そしてお客さまと社員にとって素晴らしい「Future」を目指すこと。もちろん、地球環境や次世代に続くサステナブルな社会が継続していく未来という意味も込めています。

――ESG投資を推進するにあたり、投資先をどのように見ていますか?

大関:我々がESG投資をする場合は、その会社のパフォーマンスにマテリアリティがあり、事業とのリンケージ(関連性)があることが大事になってきます。

ESGやサステナビリティの推進には、気候変動への取り組みのほか、人権、人的資本、ウェルビーイング、ダイバーシティ、生物多様性などさまざまなテーマがあります。もしグローバルに事業展開していて、サプライチェーンやバリューチェーンで人権侵害の可能性があれば、人権に真剣に取り組まなければなりません。投資家としても、その会社がどういう取り組みをしているのかは注視しています。

一方でそんなにマテリアリティがない会社もあるでしょう。ESGを軽視していいということではありませんが、マテリアリティのない会社がマテリアリティのある会社と比べて、取り組みが薄いからと評価を下げることはありません。

――運用プロセスでは企業とのエンゲージメント、対話を非常に重要視されています。

大関:エンゲージメントは、実際に投資の意思決定に関わっているアナリストやポートフォリオマネージャーが担当しています。その会社の事業キャッシュフローやビジネスが伸びていく、あるいは逆にリスクが顕在化してビジネスが落ち込こむということに対して、投資家として認識していることをお伝えし、「どういう対応をしているか」などをお聞きしています。

それに対して「リスクを認識してこう対応している」という回答であれば、その後の進展は安心ですし、その時々に対話をさせていただく。もし認識していないのなら、もっと認識するようにお勧めします。当然、対話の中で逆に我々が教えられることもあります。

――エンゲージメントの一つには、議決権行使がありますね。

大関:その企業の価値や持っているポテンシャルを最大限に発揮していただき、その結果、株価が上がって我々の利益になるという観点から、議決権行使もあるということです。

こちらから働きかけをして、全くレスポンスがなかったらポテンシャルを想定しづらいので、将来の事業キャッシュフローは抑え目に想定せざるを得ないという調整も当然しています。議決権行使で反対する場合もありますが、今は望ましくない状況にあっても変わろうという姿勢を見せていただければ、そこに対して期待値があります。客観的な基準では「否」かもしれませんが、変わると宣言しているのであれば、それを評価してあえて反対はしません。

そういう観点で中長期的に望ましい方向に企業価値が伸び、リスクを低減する方向に動いているかどうかで判断しています。

――そうした多角的な視野からエンゲージメントができる人材、専門家を育てていかなければならないと思いますが、どのように育成されていますか?

大関:サステナビリティにはさまざまなテーマがありますが、会社の事業構造やビジネスモデルによってマテリアリティが違うわけです。チェックリストだけの対話はあまり意味がなく、各企業に応じてきちんと対話ができなくてはいけない。

我々には幸い、執行役員の井口譲二はじめ、ヘッドアナリストなど優秀な人材がいて、定期的に「なぜこういう評価なのか」「リスクはないか」と、個別にレビューする機会を設けています。これは日本の運用チームだけでなく、米国、英国、シンガポールのチームとも意見交換して、こうしたOJTと社内ESG研修から人を育てています。

ESG投資・サステナビリティ投資はメガトレンド

――ESGファンドの残高について、2019年は3496億円、2021年では8195億円と大幅に増加しています。どのように分析されていますか?

大関:2021年ぐらいまでの間は、ずっとESG評価が高いもののパフォーマンスが一貫して良かったのです。その後、金融引き締めになってグロース(成長株投資)はマイナスになり、パフォーマンスも低調、かつ米国ではESGという言葉が政治化してしまい、支持政党によってESGに対する反応が真逆になってしまいました。

ですが、ESG、サステナビリティ投資はもうメガトレンドです。気候変動では、集中豪雨や森林火災が頻発するのも、温暖化が原因だと気象学者が言っていますし、IPCC第6次評価報告書統合報告書では「人為起源である」と明記しています。対応しないと人間が住める地球環境ではなくなるという危機感から、欧州では1兆ユーロの財政支出をして、再生可能エネルギーの促進など対策を取っている。

ESGが政治問題化している米国でさえ、物価上昇を抑制すると同時にエネルギー安全保障や気候変動対策を目的とするインフレ抑制法によって財政措置が取られている。日本ではGX(グリーントランスフォーメーション)によって、150兆に及ぶ官民の資金を導入して進めていこうとしています。

それだけの資金がグローバルで動くわけで、誰がどんな事業をし、どう事業を伸ばしてくのかに注目して投資される。ESGやサステナビリティ投資と方向感が合致するわけです。ですから、投資機会もあるし収益見込みや成長機会もある。ESG投資は決して廃れないで伸び続けていくし、いかざるを得ないのです。

――「気候変動対応という理念や共通認識をつくる段階で日本は立ち遅れた」と書かれているコラムを拝読しました。

大関:日本は具体策から入りたがりますが、欧米ではまず、同じ価値観を持っている前提があり、それから議論が始まります。

菅義偉元首相の評価はさまざまだと思いますが、2050年にネットゼロ達成をコミットしたことは国として非常に重要なことです。それもなくて国際社会の中で日本が気候変動に取り組んでいると言っても、海外では誰も聞いてくれない。

インドでは2070年にネットゼロを達成すると言っていますが、2070年でありながらコミットしたことが評価されています。化石燃料についても同様で、ドイツは化石燃料を廃止するとコミットしたから、いま石炭火力を使っていてもさほど非難されない。

コミットしてそこへ向けて何とか帳尻合わせてくのが海外のやり方ですが、日本はどうしても「計画とか目標は達成しなきゃいけない」と考えてしまう。達成できるものをコミットしようとするわけです。もしかしたらそうした日本の体質が、今の経済の低成長や低生産性に影響しているのかもしれません。

欧米では再生可能エネルギーのクリティカルマスが超えている

――最後にESG投資のトレンドを教えてください。またそれに対して日本企業はどう対応したらいいでしょうか?

大関:大きな流れでいうと、欧米は地域にフォーカスした再生可能エネルギー発電所を増築しています。主に太陽光と風力発電を相当なスピードで導入し、いわゆる「電力の地産地消」を実現しています。

ドイツでの風力発電の導入は、社会の理解を得て立法措置を取り、よほど悪影響がある場合でなければ建築許可を下してやっていくそうです。また英国にオクトパスエナジーという風力発電の会社があるのですが、風が強い時は発電量が多いので、そういう時は基準価格から割引するそうです。そうすると、電力料金が安い時に消費者が利用する。つまり供給量に合わせて需要がついてくる。変動料金制にすることによって、消費者の行動変容につながっている面白い例です。

欧米では、クリティカルマス[^undefined]を超えて、再生可能エネルギーが非常に増えています。日本もそういうダイナミックなことができたらいいなと思いますね。日本はスピードアップが必要なので、現実的・安定的ということから発想を変えて、どうエネルギーの転換を進めていくかなどを考えないと、この温暖化の問題は解決できないでしょう。

――貴社の役割として、何ができるとお考えになりますか?

大関:弊社は海外でも投資をしなくてはいけないがゆえに、グローバルネットワークがあります。金融は“黒子”なので、直接事業でサステナビリティに取り組めない悩ましさがありますが、我々の立場で得られる情報は多くの人に伝え還元していきたいと思います。

事業会社には「技術革新とかイノベーションがそんなに簡単にできるわけない」と言われそうですが、もしそれができなかったら未来がないわけで、それをどう問いかけ、働きかけていくかは我々の役割です。

写真・原 啓之

大関 洋(おおぜき・ひろし)

代表取締役社長
1987年日本生命保険相互会社に入社。国内債券ポートフォリオ・マネージャー、グローバル・クレジット投資、オルタナティブ投資を所管する金融投資部長等を経て2013年財務企画部長。2014年に有価証券運用を統括する取締役執行役員(CIO)に就任。パリ市初のグリーンボンドやチリ国立銀行初のウーマンボンド引受など多様なESG関連投資を手掛ける。2018年から常務執行役員として、ニューヨーク駐在し、日本生命の米州・欧州ビジネスの総責任者を務めた。2020年3月より現職。

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