ドゥカティのWリタイア、アプリリアの速さと相性。旧型に戻すヤマハの異例の判断/MotoGPの御意見番に聞くカタルーニャGP

 9月1~3日、2023年MotoGP第11戦カタルーニャGPが行われました。カタロニア・サーキットの特性なのかアプリリアが3日間ともに好調で、ドゥカティと差がありました。また、日本メーカーは大きく下位に沈む結果となりました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第16回目です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ 

–今回のカタルーニャGP、何から話して良いのか迷う位に色々な事が起きましたね。まずは決勝レースのスタート直後の多重クラッシュと、その直後のチャンピオンを襲ったアクシデントから振り返ってみたいと思います。

 このサーキットの第一コーナーはタイトで直角に曲がるから、アクシデントが起きやすい事で有名だけど、前回のオーストリアGPのスプリントでの多重クラッシュをもう一度見せられているようで不思議な気分だった。

 きっかけは3グリッド降格のペナルティを挽回しようと焦ったエネア・バスティアニーニ選手の転倒だね。好スタートを切ったところまでは良かったけれど、勢い余って止まれなかったようだ。結果的に左手と左足の骨折という事で、また長期離脱という事になりそうだね。

 ドカティファクトリーとしてはフランセスコ・バニャイア選手のアクシデントも続いたから、最悪の日になってしまった。それでもふたりとも重篤な怪我ではなさそうなので、それはせめてもの救いだね。

–制御とタイヤの、いわゆる複合要因ってことですか?

 スタート前にウォームアップラップがあるけれど、コースの後半は全部右回りなんだね。

 という事はタイヤの左側はあまり温度が上がらないから、スタート後の最初の左コーナーではグリップが低い可能性が高い。ここで無理をしてしまうとリヤタイヤが滑る→スピンを止めようと制御が介入する→グリップが回復してスピンが止まる→ハイサイドという流れになるんだ。

 昔の制御レベルではエンジンが反応しないうちに走り抜けていて大事に至らなかったかもしれないね。あくまでも推測の域を出ないけれどね。

–つまりバニャイア選手は相当無理をしていたって事ですね。それはやはりアプリリアの速さがプレッシャーになっていたという事ですよね。

 ま、そういう事だね。アプリリアが初日から勢いがあるのは稀な事では無くて、それがレース結果につながらない事も多かったから、今回もそんな感じかなと思ったら違ったね~。

 今回はファクトリーのふたりだけでなくミゲール・オリベイラ選手も速かったから、よくわからないけど明らかにマシンのアドバンテージがあったようだ。

 スプリントではファクトリーのふたりが1-3位、決勝では1-2位とほぼ完璧な勝利だった。スプリントでなんとかマーベリック・ビニャーレス選手を抑えたバニャイア選手が、危機感を募らせて気合が入り過ぎてしまったというのは容易に想像がつく。

 このレースは表彰台でいいや、という割り切りが出来るほどの老獪さがあれば、また違った結果になったかもしれないけど、彼はまだ若いからその域には達していないしね。

マーベリック・ビニャーレス、アレイシ・エスパルガロ(アプリリア・レーシング)/2023MotoGP第11戦カタルーニャGP 決勝

–ところでアプリリア躍進の要因って何だと思いますか?

 一口に言ってしまうと、サーキットとの相性ってことかな。もちろんマシンだけでなくライダーも含めての話だけど。ライバルが口をそろえて言うのは、ブレーキングはそれほど強くないけれど、高速コーナーで速いってこと。

 このサーキットは現代的なストップ&ゴー的なレイアウトではなくて、古典的な回り込むコーナーが多いから、アプリリアにとっては相性が良いんだろうね。もちろんコーナーで速いという事は、マシンのグリップレベルが高いという事でもあって、それが他車より優れている要因については、エンジンなのかシャシーなのか、空力なのかは何とも言えない。

 何かが突出して優れているというわけでは無くて、それらのバランスが今回は絶妙にマッチした結果としか言えないね。

–空力と言えば、前回のレースで登場した小さなウイングは、今回あまり使われていないようでしたが。

 前回は起伏の多い、あのサーキットだけのスポット投入のデバイスだと推測したけれど、今回のレースで使用したのはドゥカティのホルヘ・マルティン選手だけだったから、ほぼ推測通りという事でいいかな。

 アプリリアのビニャーレス選手はスプリントでは使用したけどレースでは外していたしね。それとウイングの取付け方法についての前回の推測に一部誤りが有ったので訂正しなくちゃ(汗)。

–常識的にはフロントフォークには付けない、と言い切りましたよね?

 うん、結論から言うと、ドゥカティはフロントフォークのアウターチューブにマウントしていたね。一方のアプリリアはカウリングに取り付けていたので、常識をわきまえていたという事だな(笑)。

 調べてみたら、ドゥカティのウイングは、既にシーズン前のテストでお披露目されていたので、効果については以前から検証済みらしい。とは言ってもフロントフォークにマウントするというアイデアは日本メーカーからは絶対に出て来ないだろうね。

 もし僕の現役時代にそういうアイデアを出すエンジニアがいても、速攻で却下されたはずだし、それは今も変わらないような気がする。常識にとらわれてしまうところが、今の日本メーカーの弱点なのかもしれないなと、ちょっと考えさせられてしまったよ。

–ところで、前回のイギリスGPから導入されたTPMS(タイヤ空気圧モニタリングシステム)で、今回ビニャーレス選手に警告が出されましたね。

 ミシュランの指定する最低空気圧以下でレースの50%以上、スプリントの30%以上を走行してはいけないという摩訶不思議なルールの事ね?

 背景としては、レース中に特にフロントタイヤの内圧が上がりすぎてまともに走れなくなるので、それを見込んでスタート時には低い空気圧に設定する事が常套化しているんだね。指定空気圧以下で走行されると、タイヤ構造にダメージを負うので最悪バーストしてしまう恐れがある。メーカーとしてはそれを避けたいので、こんなおかしなルールが出来てしまったわけだ。

 今回のビニャーレス選手のケースは、混戦を予想して低めに設定していたところ、トップを走行する時間が長かったので、想定ほどにタイヤ内圧が上がらなかったという事だな。いずれにせよ、レース結果を左右する不安定な要因がひとつ増えたのはあまり好ましい事ではないね。

マルク・マルケス、ファビオ・クアルタラロ/2023MotoGP第11戦カタルーニャGP 決勝

–最後に日本メーカーのレース結果ですが、ヤマハのファビオ・クアルタラロ選手の7位、ホンダのマルク・マルケス選手13位をどう思われますか?

 うーむ、出来れば避けたい話題ではあるよね。

 予選を振り分ける初日のプラクティスの結果、17位から22位までぜんぶ日本メーカーだったのには、正直わが目を疑ったね。公式予選結果も似たようなものだったし、それを考えればレースでのクアルタラロ選手の7位、マルケス選手の13位は上出来としなければならないのかな。どちらもチャンピオン経験者という事を考えると情けない結果だけどね。

 クアルタラロ選手に至っては、何をやってもうまく走れないので、シャシーセッティングを昨年と同じにして、旧型のカウリングに戻したら大幅に改善したとか、訳わからんよ。

 擁護するわけではないけれど、ライダーもチームも迷走している現状では、せめて開発陣はぶれない信念を持って開発に専念して欲しいな。それはホンダにとってもヤマハにとっても今一番必要な事じゃないかな。そのためには開発陣は積極的に現場に出向いて、ノイズの少ない情報を自ら収集することだね。

転倒して怪我を負ったエネア・バスティアニーニ(ドゥカティ・レノボ・チーム)/2023MotoGP第11戦カタルーニャGP 決勝

© 株式会社三栄