【特別対談:池田信太郎×潮田玲子】「自分自身も心が豊かになる」 アスリートが社会貢献を通じて得られるモノ

世界は、大きな変化の真っただ中にいる。特に日本は非常に多くの社会課題に直面しており、「課題先進国」としていかに問題を乗り越えていくかが問われている。誰にとっても他人事ではなく、それはスポーツ界、アスリートにとっても同様だ。

日本財団が運営するプロジェクト『HEROs』では、“スポーツが持つ力”を活用して社会貢献の輪を広げることを目的としており、多くのアスリートやスポーツチームの活動を支援・推進している。アスリートは競技以外の場で何ができるのか。そしてスポーツの社会的な価値とは何なのか――。

アスリートの社会的価値や貢献活動について考える連動企画の第3回は元バドミントン選手で2012年ロンドン五輪に混合ダブルスで「イケシオ」ペアとして出場した池田信太郎さん(2017年のHEROs発足当初よりアンバサダーを務める)と潮田玲子さんを招き、「アスリートが社会へ向けて声を上げる本当の意義」について考える。

(インタビュー=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、構成=REAL SPORTS編集部、トップ写真=Getty Images、池田さん写真=日本財団HEROs、潮田さん写真=本人提供)

「活動が負担になっていると感じる自分がイヤだなと思うこともある」

――現役引退後、さまざまなかたちでご活躍をされているお二人ですが、今回のテーマである「社会貢献」についてはどのような活動をされていますか?

池田:日本でもアスリートが社会貢献活動をすることがだいぶ定着してきている一方、どういうふうに始めたらいいのか分からないというアスリートも多いと思うんですよ。

HEROsが立ち上がって自分もジョインさせてもらうことになり、複数の人の力を借りながら自分自身も何かできないかと考えているところです。2018年に広島の豪雨で被災された地域にみんなで行きましたが、コロナ禍でそういった活動もやりづらくなっています。

――池田さんは、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会アスリート委員会の委員も務められ、大会の選手村での食料調達基準にもなっているGAP(※)認証食材を中心としたレストラン「グランイート銀座」のプロジェクトディレクターも務めています。どういうきっかけで始められたんですか?
※:農業における食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保する生産工程管理

池田:組織委員会のメンバーになったときに、GAP認証について知ったのがきっかけです。オリンピック・パラリンピックの食料調達基準がGAP認証になるということで、自分も勉強しながら立ち上げからお手伝いをさせていただいています。

認知度はこれから高めなければいけません。ただ、成果はでているんです。今回の大会でも90%以上の食材が安全性、環境、サステイナビリティに配慮されたGAP認証の調達コードを達成したと聞いています。レストランはコロナ禍の打撃もありましたが、さらに多くの人にGAP認証のことを知ってもらうために店舗を増やそうという話も出ています。

――潮田さんは昨年6月に立ち上げた一般社団法人Woman’s waysの活動を主にされているようですが、実際に活動をしてみて感じることは?

潮田:Woman’s waysでは、女性アスリートと月経の関係やコンディショニングに関するセミナーなどを行なっています。ただ、実際に活動をしてみて思うのが、「強い思いがないと難しいな」と。やりたいと思っても何から手をつけたらいいか分からないですし、自分一人じゃできない。Woman’s waysは、いろいろな人を巻き込んでスタートしましたが、実際にこの思いを持続させるのはなかなか難しい。

活動を負担に感じてしまう瞬間もあって、自分に対してイヤだなって思うことも正直あります。社会貢献活動の大切さはわかっていても、「なぜやるのか?」という意識的な部分を求める必要があるのかなと思っています。

――Woman’s waysの活動を、「なぜやるのか?」については?

潮田:女性アスリートについていうと、休息や栄養、トレーニングはみんなすごく意識していると思うんですけど、必ず関連してくる「月経」がスポッと抜けてしまっていると思うんですよね。

もっと月経について知識があれば、もう少しコンディションが上がっていたかもしれない。ストレスなく競技生活ができたかもしれない。でも、いざ学びたいと思ったときに、誰も教えてくれないんです。

私の場合は、19歳のときに体に不調を感じて初めて婦人科へ行ったんですけど、そうなる前にちゃんと自分の体のことを知ろうとはならなかったんですよね。不調はあってもやり過ごすアスリートが多いことに問題を感じていたんですけど、「もっと自分の体を知って、学んだほうがいいよ」と伝えるだけでは何の解決にもなっていないなって思って。このことに共感してくれる人も多かったので、女性アスリートがもっと自分自身の体を知るための活動を始めてみようということになりました。

例えば、自分が競技の中で得た知識や技術を子どもたちに伝えることはアスリートならみんなスムーズにできる。競技の発展に貢献したいという思いが社会貢献活動につながることも多いと思いますが、アスリートができることはそれだけではない、社会にとって意味のあることができると思うんです。

――スポーツ界では「生理が止まったら一人前」とか、偏った意識がまだまだあるといいます。女性における生理の問題は、アスリートに限らず社会課題の一つですよね。

潮田:まさにそうで、Woman’s waysもスポーツを頑張る女の子にフォーカスはしているんですけど、生理はすべての女性に関わる問題です。同時に、男性や社会の理解がないと問題解決は難しいんですね。

先日、市立船橋高校の体育科の3年生にセミナーをやらせてもらったんですけど、7割が男子生徒という中で、「俺らには関係ないじゃん」という空気感もあったと思うんです。

でも、スポーツ界でも女子チームの指導者が男性の場合も多いですし、社会に出ても女性と働く、パートナーのことを考えるなどいろいろな場面で生理について理解しておいた方がいいシーンがあると思います。生徒達にもまず最初にそのことをきちんと伝えると、聞こうとする姿勢が変わりました。

特にスポーツでは指導者の言葉の影響力って大きくて、生理が止まってしまって戸惑っている子に対して「お前、一人前じゃん」って声をかけたとしたら「一人前なんだ、よかった」と解釈してしまう。それが負の連鎖になっていくので、指導者の理解というのはすごく重要なんです。

セミナーでも、受講してくれた子たちから「監督やコーチに本当に聞いてほしい」っていう言葉がやっぱり一番多いんです。

社会貢献で人の心を豊かにするだけでなく…

――池田さんはどうでしょう? 社会貢献は義務ではない。でもアスリートとして社会貢献活動に取り組んでいるのはなぜでしょうか。

池田:現役中でも引退後でも、自分の存在意義を確かめる意味もあると思うんです。社会貢献活動をするにあたって、競技生活での経験が貴重な財産になっていると思います。オリンピックに出たり選手権で日本代表になったとかではなくても、競技生活で経たプロセスを伝えたりすることで何か感じてもらえたり、人の心を豊かにできる、人をエンパワーメントするような力があるんじゃないかなと。

社会貢献活動をやる意味として、自分が手を差し伸べることで何かきっかけを与えることもできるし、自分自身も心が豊かになる。そういった役割があるんじゃないかなと思っています。

――海外では、才能=ギフトを与えられた人たちはそのギフトを周りの人や社会に還元していくべきという考えの国もあります。

池田:例えばアメリカのSalesforce(セールスフォース)社では、サラリーをもらいながら就業時間の1%を社会貢献活動に使い、社会に還元していきましょうという取り組みがあります。いろいろな経験をすることで仕事のスキルも向上していくというのが今の社会のあり方かなと思うので、アスリートにとっても社会貢献活動にそういう役割があるのではないかなとは思いますね。

例えば2012年のロンドン大会ではパラリンピックが(メディア戦略で)大成功し、パラアスリートが躍動して社会の大きな転換期となりました。

時代が何でつくられるかというと、おそらく情報をキャッチするプラットフォームだと思うんです。デジタルネイティブな時代のいま、僕たちの役割は単にバドミントンのスキルを伝えるのではなくて、自分たちの経験を通じて社会に対してメッセージを伝えていくことだと思うんです。ただ、そう思いながらも日本のスポーツ界の空気感からすると、非常に難しい問題だとは思いますね。

社会変革とか、地域の活性化とか、大きなことではなくても、目の前の人が「来てよかった」と言ってくれるだけで自分自身の存在や活動の意義を感じられる。「社会貢献をしている」と言いながらも 自分自身がエンパワーメントされている側にもなっていたり、自分自身が学ぶこともすごく多いんです

<2017年からHEROsアンバサダーを務め、様々な活動をしている>

スポーツがリードして考える本当の男女平等

――今回の東京オリンピック・パラリンピックでは男女比が史上最高の49%に、また今年5月18日にはサッカーのアメリカ代表チームの男女同一賃金というニュースもありました。社会的なインパクトを与えて社会に動きをもたらすということも、アスリートが担う役割の一つなのかなと思います。

潮田:男女の格差についての問題をスポーツが象徴している例はたくさんありますよね。

女性がスポーツを継続するためには、社会的にも身体的にも大きな問題がたくさんあります。例えば、幼少期に女の子が「野球やりたい」と言っても、親が「女の子なんだから野球なんてやめなさい」とか、「女の子なんだから」というワードによって選ぶスポーツが無意識に絞られてしまうというのがあります。競技によっては女の子が入れるチームがなかったり、進学をする際にもそのハードルがあります。

中学生になって生理が始まり体が変化するとスポーツを続けるのが煩わしくなってしまい、ガクッと競技人口が低下してしまう。社会人になってもスポーツを続けたいと思っても、プロになるにしても報酬が低い、社会人で続けるほどではないと競技をやめてしまう人がほとんどです。根本的な解決、真の男女平等にはまだまだ問題がたくさんあるなというのは感じます。

「誰が言うのか」で伝わり方や影響力は全然違う

――今後お二人は、社会貢献活動をどういうふうに実現していきたいと考えていますか?

池田:誰もが伝えられることではなくて、自分だからこそできること、伝えられることを発信していきたいという思いはあります。オリンピックやスポーツを経験したからこそ伝えられることがあると思いますし、その後のキャリアでビジネスを学び、食やアパレルといったサステナビリティに関わるような分野にも触れさせてもらっているからこそ、さまざまな社会の課題と次世代のアスリートをつないでいけるようなブリッジの役割になれるのではと思っています。

ただ再三言っているように、なかなか一人では実現が難しいのが現状です。同じような思いを持った人と、中長期的に取り組んでいけたらと思います。

潮田:例えば5年、10年先に、スポーツをしている子どもたち、女性、男性問わずすべての人が女性の体のことについて学べる場が当たり前にあったり、指導者のライセンス取得に女性の体についての医学的な知識や理解が必要になったり。

そういう「当たり前」がいい方に変わっていく、そのお手伝いができたらいいなというのが最終的なゴールです。

女性の体に関することについては、知識はもちろん勉強していますが専門家ではないので、やっぱりお医者様だったり、専門の先生にお話ししてもらったほうがいいのかなと迷うこともあります。

ですが、先生方が「私たちは論文もたくさん書いて発信しても誰も見てくれないけど、潮田さんたちが代わりにそれを伝えてくれることにものすごく価値があるから、私たちは専門的な部分で支えるけど、発信はお願いしたい」とおっしゃって下さるんです。

同じことを伝えるにしても、誰が言うかによって伝わり方が全然違うというのはあると思います。リアルな経験をしてきたアスリート、成功も失敗も後悔もある私のような人間が声を上げることでいい影響力があるのなら、同じ思いを持つ仲間たちと一緒に社会に向けて発信を続けていくことが私たちのできる、そして、するべき社会貢献なのかなと思います。

<了>

■『HEROs』とは
アスリートの社会貢献活動を推進することを目的に、日本財団が立ち上げたプロジェクト。多大な影響力を持つアスリートが社会貢献活動に取り組むことは、多くの人々に社会課題に対する意識や社会貢献活動への関心を生み出し、社会課題解決の輪を広げていくことにつながる。そのためにHEROsでは、ACADEMY / ACTION / AWARDの3つの事業を通じて、アスリートを中心とした社会貢献活動のプラットフォームをつくり、必要な情報提供やサポートを行っている。
元サッカー日本代表の中田英寿氏、元メジャーリーガーの松井秀喜氏、元柔道全日本男子監督の井上康生氏、元ラグビー日本代表の五郎丸歩氏、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太、プロボクサーの村田諒太ら多くの現役/元アスリートがHEROsアンバサダーに就任。HEROsの活動を推進している。

■『HEROs AWARD』について
社会とつながり、社会の助けとなる活動を行うアスリートや団体の取り組みに対して毎年1回表彰を行い、スポーツやアスリートの力が社会課題解決の活性化に貢献していることを社会に周知することで活動を後押しし、社会貢献活動をより多くの人々が取り組むようになることを目指すプロジェクト。2022年度のエントリー期間は5月9日(月)~7月31日(日)。
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PROFILE
池田信太郎(いけだ・しんたろう)
1980年生まれ、福岡県出身。元バドミントン選手。筑波大学を卒業後、日本ユニシスに入社。2004年に男子ダブルスで日本代表へ初選出され、2006、2008年に全日本総合選手権 男子ダブルスで優勝。2007年に世界選手権で日本人男子初の銅メダル獲得を果たし、2008年に北京五輪に出場。2009年に日本人初のプロ選手となり、同年混合ダブルスへ転向。潮田玲子さんと「イケシオ」ペアとして2012年ロンドン五輪に出場し、2014年よりエボラブルアジア(現 株式会社エアトリ)と所属契約を締結。2015年9月に現役を引退。また、同年3月に世界バドミントン連盟(BWF)アスリートコミッションに日本人初の立候補をしてトップ当選し、任期4年間務めた。2020年東京五輪ではアスリート委員会の委員に就任。現在はフライシュマン・ヒラード・ジャパンでシニアコンサルタントとして、企業のブランド構築や事業戦略に従事している。また2017年よりHEROs アンバサダーとして活動。

PROFILE
潮田玲子(しおた・れいこ)
1983年生まれ、福岡県出身。元バドミントン選手。九州国際大学付属高等学校を卒業後、三洋電機に入社。2008年北京五輪では小椋久美子さんとペアを組み「オグシオ」ペアとして女子ダブルスに出場しベスト8進出を果たす。2010年に日本ユニシスと所蔵契約をし、2012年のロンドン五輪では池田信太郎さんと混合ダブルスに出場。同年に現役を引退。現在はタレントとしてさまざまなメディアで活躍中。また、2021年6月に一般社団法人Woman’s waysを立ち上げ、女子アスリートの身体の変化や生理などの課題に向き合いサポートすることを目的に講演活動などを行っている。

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