“育休明け”妻の怒りが6〜7月に爆発するワケ…夫婦の危機をもたらす「ジェンダー・ロール」の罠

妻が育休中に「ラクをしようとする」男性が多い!?(プラナ / PIXTA)

「旦那デスノート」という言葉を知っていますか? 夫の生活態度に不満を持つ妻たちが、この言葉をハッシュタグとして用いSNS上に日々の愚痴を投稿しています。夫の死を願う直接的な言葉にたじろぐ人もいるのではないでしょうか。「そんなものを書くくらいなら、さっさと離婚したらいいのに」と冷笑する人もいるかもしれません。

しかし、それぞれに離婚したくても踏み切れない事情もあります。「そんな中で『夫が死んでくれれば問題が解決する』と思う人がいることは、決して特別レアなケースではない」と説明するのは、働く女性などへの取材を続けるジャーナリストの小林美希さんです。

この記事では、七瀬美幸さん(仮名、38歳)を通して、妻の目線から夫婦関係を見ていきます。育休を取得せず“家族サービス”として子どもの世話をする夫に、美幸さんはいらだちを募らせます。(連載第1回はこちら/#6に続く)

※この記事は小林未希さんの書籍『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

育休取得率の陰にある“賃金格差”

育児休業を取るか取らないかでも、もめた。

子どもは5月に生まれたため、保育園に入ることができるのは翌年の4月だろうと予想していた。ただ、仕事好きの美幸さんは、出産前には1年も休みを取ることをイメージできず、「せいぜい半年くらいで職場復帰したい」と考えていた。

夫に「半年か1年の育児休業を取って」と打診すると、「クビになる」「左遷されてもいいの?」と頑なに拒否する。

「だって、後輩の男性社員は2か月育休取ったじゃない。なんで、あなたが取れないのよ」と詰め寄ると「20代と40代では話が違う」と、煙たがる。

「女が育児休業を取って休むのが当たり前だと思ってないでしょうね」と言い返せば、「じゃあ、収入が減ってもいいわけね。養ってくれるの?」「それがきっかけで俺が降格になったらどうすんの」と、開き直る。

賃金だけ見れば、年齢の差がある分、夫のほうが高かった。釈然としない思いで、美幸さんが年度末まで育児休業を取ることになった。

育休取得率には男女の賃金格差も関係している…(Taka / PIXTA)

1996年度から2014年度の育児休業の取得率を見ると、女性は49.1%から86.6%に上昇したが、男性は0.12%から2.3%に増えただけだ。そこには、男性が育児休業を取ることへの職場の無理解もあるだろうが、男女の賃金格差も大きな要因となっている。

国税庁の「民間給与実態統計調査」(2014年分)を見ると、全体の平均給与は男性514万円、女性272万円だ。これを勤続年数で分けた場合、男女ともに勤続年数30〜34年が最も高く男性739万円、女性401万円。ところが、男性は勤続年数が5〜9年のうちに年収456万円になっており、女性をあっという間に抜いているのが現状だ。

育児休業中に給付される育児休業給付金は、休業開始から半年間は休業前の月額賃金の67%となり、それ以降は同50%となる(全体で1年まで給付される)。賃金の高い男性のほうが減収が大きくその分家計は厳しくなるから、男性が取りづらいという背景もある。

5月の連休「まで」は夫婦仲もうまくいく!?

美幸さん夫婦も結局は美幸さんが育児休業を取った。

その間は、まるで専業主婦のような生活を送った。愛おしいわが子の毎日の変化を見ていくのは、それはそれで楽しくもあったが、すっかり「ジェンダー・ロール」ができあがってしまった。

ジェンダー・ロールとは、性別による役割分担のことを指す。育児休業期間に、それまで働いていた妻の生活パターンが専業主婦のようになってしまい、男性がそれに慣れることで妻の職場復帰後も家事や育児がそのまま妻の役割となってしまうことが多いようだ。

長年共働き夫婦を見てきた、都内のある保育園の70代の現役園長は、こう話す。

「妻が育児休業を取っている間は、ある意味で夫は楽ができる。その生活に慣れ切ってしまい、いざ、妻が職場復帰すると急激な変化に男性は戸惑ってしまう。

多くのお母さんたちが4月に職場復帰する。4月の間は、お父さんも緊張して頑張って保育園の送り迎えをするから、5月の連休くらいまでは夫婦の仲も案外うまくいく。けれど、だんだん保育園に慣れてくると、男性は“自分がいなくても大丈夫”と思ってしまう。

子どもができる頃は、男性も社会人として油がのってきて大きな仕事を任される時。どうしても長時間労働になりがちだ。そこで、お父さんが残業したり、飲み会に出たりし始め、負担が偏るお母さんの怒りが6〜7月頃に爆発して“離婚だ!”ともめるパターンがある。本来は、育児休業の間に夫婦で役割分担を決めて、お母さんの職場復帰に向けて家事や育児にお互いが協力していくことが必要だ」

育児は“サービス”なのか?

まるでこの園長の話を再現するかのように、体力回復後の美幸さんは、それまで通り家事をこなした。

妻がご飯を作り、朝は送り出してくれて、夜も自分の帰りを待ってくれている。そんな生活を夫は内心喜んでいるように見えた。休日に「家族サービスだ」と言って、張り切って赤ちゃんの相手をして、家事もしたりする夫の姿を見ると、なんだよ、こいつ 、と舌打ちしたくなる 。

――家族“サービス”ですか? この人、 もしかすると、専業主婦タイプの女性と結婚したほうが良かったのでは……。

そんな想いが頭をかすめた。

ところが夫の“家族サービス”に乗じて子どもを預けて1人でリフレッシュに外に出ると、1時間もしないうちに携帯電話が鳴って呼び戻される。これではまるで、医師や看護師の「オン・コール」状態だ。

育児がうまくいかないたびに妻を呼ぶ夫(metamorworks / PIXTA)

搾乳した母乳を冷凍しておき、それを温めて哺乳瓶で飲ませればよいようにしていても、夫は「飲んでくれないから泣き止まない」と訴えてくる。母乳で育てられている赤ちゃんが哺乳瓶を嫌がって飲めないことはあるが、美幸さんが練習として搾乳した母乳を哺乳瓶であげて、飲まなかったことはない。夫のやり方が悪いのではないかと疑って目の前でやらせてみると、シーンと緊張しながら口に哺乳瓶を当てているだけ。「ちょっと!『美味しいねー』とか、『はい、あーん』とか言えないの?」と哺乳指導をするはめになった。

何度も練習してやっと哺乳できるようになったが、夫が抱っこしても泣き止まないことが多い。だから、美幸さんが1人で外出しようとすると「泣くから、見られない」と情けないことを言い、「一緒に連れてって」と泣きそうな顔をする夫。おいおい、いったい、誰の子どもだ?

「ああー、もう、いい……」

美幸さんは、夫の休みの日も常に抱っこ紐で子どもと一緒に過ごす日々を送った。

(第6回目に続く)

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