ブランディー・ヤンガー、来日公演や伝説的ジャズ・ハープ奏者ドロシー・アシュビーへのオマージュ作について語る

©ERIN OBRIEN

ブランディー・ヤンガー インタビュー 2023年8月来日

NY出身のハープ奏者、作曲家のブランディー・ヤンガー。常にハーピストの新境地を開拓し、ジャンルを超えて活躍の場を広げている彼女。

そんなブランディーが8月16日(水)恵比寿ブルーノートプレイスでのDuoライヴ、8月17日(木)、18日(金)ブルーノート東京での公演のために来日。

今回、来日公演の合間でブランディー・ヤンガーにインタビューを実施。アルバム「Brand New Life」の魅力や、彼女の敬愛するドロシー・アシュビーのことなど、音楽評論家の原田和典さんにブランディーの発言を交えて寄稿いただきました。
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Photo by Tsuneo Koga

――「アルバムのコンセプトは確かに“ドロシー・アシュビーへのオマージュ”ですが、あえて彼女のオリジナル曲ではなく、自分の書いたナンバーをタイトルに使いました。思った以上に良いもの、すごく強力な曲ができたという実感がありましたから」

 こう語るのは去る8月中旬に来日した才人、ブランディー・ヤンガー。止まっていたも同然だったジャズ・ハープの時計の針を、ふたたび、しかもこれ以上ないほど力強く、誇り高く動かしている驚嘆の奏者だ。

<YouTube:Brandee Younger - If It's Magic (Visualizer)

2000年代前半から自身のアルバムを発表し、2021年にはメジャー・デビュー・アルバム『Somewhere Different』をインパルス・レコードからリリース。ここに収録されている「Beautiful is Black」がグラミー賞の最優秀インストゥルメンタル作曲賞にノミネートされたことも記憶に新しい(黒人女性ソロ・アーティストとして初めてのことであるという)。

<YouTube:Beautiful Is Black

2年ぶりの新作となる『Brand New Life』は、先の発言通り、伝説的ジャズ・ハープ奏者ドロシー・アシュビーに敬意を示したものとなっている。

 ――「ドロシーには数多くの魅力がありますが、私にとっては、何よりもまず彼女が黒人の女性であること、ハープ奏者であること。これがとても重要です。それに加えて、ポピュラー・ミュージックやジャズを演奏し、ハープという楽器を通じてその時代の音楽と関わり、同時にハープの領域を一歩先に押し進めました。ビル・ウィザース、スティーヴィー・ワンダー、アース・ウィンド&ファイアーらとも共演していますし、豊穣な音楽文化を持ち、数多くの素晴らしいミュージシャンを輩出しているデトロイト出身であることも、彼女の感性に大きな影響を与えていると思います」

 ドロシー・アシュビー(1932~86)は、56年録音の『ザ・ジャズ・ハーピスト』でアルバム・デビュー。初期はスタンダード・ナンバーを中心としたアコースティック・ジャズを演奏していたが、やがてシカゴのカデット・レーベルからソウル・ジャズ~ジャズ・ファンク調の『アフロ・ハーピング』(68年)、琴も演奏した『ルバイヤート・オブ・ドロシー・アシュビー』(70年)を発表。一つの枠に収まらない活動を続けながら、スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』、ビル・ウィザース『ジャストメンツ』、シカゴで知り合ったミュージシャンなのであろうミニー・リパートン『ミニーの楽園』やアース・ウィンド&ファイアー『魂』にも、そのプレイを刻んだ。ブランディーの最新作『Brand New Life』では、公式には未発表だったドロシーのコンポジションが3種、採用されている。

<YouTube:Brandee Younger - Brand New Life (Lyric Video) ft. Mumu Fresh

<YouTube:Bill Withers - The Same Love That Made Me Laugh (Official Audio)

<YouTube:Love And It's Glory

<YouTube:Brandee Younger - Brand New Life (Lyric Video) ft. Mumu Fresh

――「1曲目の「You're A Girl For One Man Only」、4曲目の「Livin' and Lovin' in My Own Way」、6曲目の「Running Game」、こういったドロシーの楽曲がレコーディングされるのは今回が初めてだと思います。あるところから手に入れたドロシーの楽譜を基に、プロデューサーのマカヤ・マクレイヴンや、共演メンバーと共同でアレンジを練っていきました。マカヤの自宅で何度も演奏していくうちに“これはどうだろう?” “こっちのほうが良いかな?” と自然と形ができて、ポストプロダクションにつながった感じでしょうか」

 「You're A Girl For One Man Only」は、ドロシーが夫のジョン・アシュビーとデトロイトで演劇カンパニーを率いていた頃に、ミュージカル「The Choice」のために書かれた一曲。調べたところ、内容は“黒人の低所得家族が集まる団地の中で暮らす独身妊婦”を描くミュージカルのために作曲されたものであるようだ。

 ――「「You're A Girl For One Man Only」の譜面は確かに存在しますが、ドロシーがレコーディングしたわけではないので、彼女がどんなアプローチでこの曲を演奏したのは正直わかりません。譜面を見る限りでは“ごく一般的なジャズ・スタンダード”的な印象を受けましたが、“それをそのまま1960年代風に私たちが演奏することに意味はないだろう。それよりも、いかに今日的にするかを考えよう”ということはマカヤや演奏家たちとは話しました」

<YouTube:Brandee Younger - You’re A Girl For One Man Only

アルバムの制作・完成にあたり、マカヤの存在は本当に大きかったと語る。

 ――「“ドロシーをコンセプトにしたアルバムを作りたい” という考えは、私の中ではかなり以前からありました。マカヤにその意向を伝えたところ、彼も “ぜひ手伝いたい” と言ってくれて。ただ、その段階ではプロデュースを全部任せることになるとは想定していませんでした。彼は演奏家でもありますし。まずポストプロダクションに取り組んで、最終的には全部お任せすることになりました。彼とは何十年来の知り合いですし、こちらがあれこれ言わなくてもある程度、やりたいことを分かってくれるんです」

<YouTube:Makaya McCraven - Dream Another (Live)

ピート・ロック、9th Wonder、ミシェル・ンデゲオチェロ、ムム・フレッシュ(Maimouna Youssef)などゲスト陣も豪華。とくに自らの作品に「Games」「Bohemia After Dark」「Back Talk」といったドロシーの演奏をサンプリングしてきたピートの参加は、まさに“必要なものがあるべきところにある”という感じだ。

 ――「今回のアルバムに関しては、“ドロシーに対する思いを持っている人”ばかりに参加してもらおうと思いました。ピート・ロックの名前は候補者の最初のリストにありましたし、以前、私のインスタグラムにドロシーのファンであると書き込んでくれたことを覚えていたので、声を掛けました」

YouTube:The Core

Photo by Tsuneo Koga

「ブルーノート東京」で行われた来日ステージではオリジナル曲やドロシーゆかりのナンバーに加え、もうひとりのメンターであるアリス・コルトレーンのナンバーも演奏。ジャズ・ハープの雄大な世界に聴き手を案内したが、“自分の旅はまだ始まったばかり”とブランディは言う。

 ――「『Brand New Life』がドロシー・アシュビーへのオマージュであるといっても、それはあくまでも自分の感性を通じて表現したものです。私は本当に長年彼女の音楽を聴いていたので影響は受けていますが、ほかにもいろんなアーティストに刺激を受けてオリジナル曲も書いてきました。クラシック音楽をずっと学んできたので、そのバックグラウンドもありますし、やっぱり私たちの文化としてヒップホップの存在は大きいです。そうしたものがコンビネーションとして組み合わされたものが私のスタイルであると考えています。人間ですから、これからもさらに成長していくと私は思いたいですね」

Written By 原田 和典
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【リリース情報】

ブランディー・ヤンガー『BRAND NEW LIFE』

stream & download→https://Brandee-Younger.lnk.to/BrandNewLife

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