アスリートは眠って強くなる。「西川」が挑む睡眠の質を上げる“パフォーマンス革命”

体を鍛えつつコンディションを整え、ここぞというときに最大のパフォーマンスを発揮しなければいけないスポーツ界では「眠ること」をトレーニングの一環、少なくともコンディショニングの重要なファクターとしてとらえる動きが進んでいる。「睡眠負債」「眠りの質」といった言葉がちまたでも聞かれるようになったが、アスリートにとって睡眠は勝敗や成績に直結する重要事項。中でも重要視されているのが、毎日体を委ね、じかに肌に触れる枕やマットレスといった寝具の進化だ。トップアスリートはどう眠り、どうやって効果的な睡眠をとっているのか? 数々のアスリートをサポートする西川株式会社で選手とのやりとりを担当する永田智史氏に話を聞いた。

(文=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真提供=西川株式会社)※写真は西川がサポート契約を行うスケートボードの堀米雄斗選手

1点、0.1秒、勝敗の差を分ける「睡眠」

人生の3分の1を占める「睡眠時間」。体を休め、脳を休め、疲労を回復する睡眠が、メカニズムの解明が進むとともに改めて注目を集めている。翌日に疲れを持ち越さない「質の高い睡眠」から日中の活動のパフォーマンスアップを狙う「睡眠の質を上げる方法」まで、さまざまな知見が聞かれるようになった。

トップアスリートにとって、睡眠は「可能性」の塊でもある。体の出力や柔軟性を高めるためのトレーニング法や、本番で持てる力を発揮するためのメンタルトレーニング、トレーニングの効果に直結する食事法などは近年、研究が一気に進み、トップアスリートだけでなく学生の部活動でも積極的な取り組みが始まっている。しかし、休養法、とりわけ睡眠に関しては、「パフォーマンスアップのため」積極的に取り組んでいる例はまだまだ少ない。

「コンディションを維持し、不安なくトレーニングに励む。試合当日に最高のパフォーマンスを発揮するためには、どう眠るかがとても重要だと考えています」

創業455年の超老舗企業にして、日本を代表する寝具メーカーである西川株式会社でトップアスリートのサポートに当たる永田智史氏は、アスリートの眠りの重要性をこう語る。

「例えば世界大会でメダルを狙うようなアスリートであれば、自分のできる努力を最大限行うのはある意味で“当たり前”のことでしょう。試合当日、その成果をいかに引き出せるかが勝敗を分けるという話は担当させていただいているトップアスリートの方からもよく聞く話です。そうなると、前日の睡眠はもちろん、それまでの積み重ね、毎日の眠り方が1点、0.1秒、勝敗を分ける要因になる可能性がありますよね」

快適な睡眠ってなんだ? スリープテック時代の「睡眠の科学」

日々、トレーニングに明け暮れているわけではないわれわれも、毎朝起きるたびに「今日はよく眠れたからすっきりしている」「疲れが取れて調子がいいな」と感じるときと「全然眠れなかった」「前日の疲れがそのまま残っているようにダルい」と感じるときがある。

「快適な睡眠」を毎晩繰り返すことができれば、日中のトレーニングや試合本番にいいパフォーマンスが出せるのは当たり前のこと。ただこの「快適な睡眠」がどんなものなのか? どういうふうに眠ればいいのかを再現性を持って実現するのは至難の業だった。

「快適さ、寝心地などは、個人的な“感覚”によるところが大きいですよね。もちろん本人がどう感じるかは重要なのですが、ベースに客観的なデータ、科学的なアプローチに基づいた根拠があるというのが、西川の寝具に対する考え方です」

最近では、眠ること=sleepと、技術=techを組み合わせた「スリープテック」という言葉も聞かれるようになったが、西川では1984年に「睡眠を科学する」をコンセプトに、東京オフィス内に日本睡眠科学研究所を設立、温度0~40℃、湿度40~80%の室内環境をつくり出す睡眠測定室などを設置しデータ収集を行い、自社の寝具製品にその知見を生かしてきた。

スリープテック時代となった現在は、センサー機能の向上により睡眠ビッグデータと呼んでもいい多種多様なデータ収集が可能になり、脳波解析による客観的な快眠状態の測定、把握も進んでいる。

「ミリ単位で寝心地は変わる」変化するアスリートの肉体にアジャストしろ

「アスリートのサポートをしていて感じるのは、自分の体に関する感覚が鋭いということです。アスリートの体は絶えず変化しています。試合期とオフシーズンでは筋肉の量や質がまったく変わるという人もいますし、トレーニングや調整法を変えれば体の厚みも変わってきます。実際に『枕がちょっと合わなくなってきた気がする』と連絡をいただき、計測してみると体のサイズがミリ単位で変わっていて、それを調整したところ違和感が消えたということもありました」

今夏行われた世界大会で金メダルを獲得し、一躍国民的有名人になったスケートボードの堀米雄斗も、西川がサポート契約を行うアスリートの一人だ。

「堀米選手からは大会前に『どうも眠れない』という相談があり、急きょマットレスを用意して改善したという経緯があります」

アメリカを本拠とする堀米は、普段は西川のコンディショニングマットレスを使用しているが、“遠征”となる日本開催では当初、マットレスの持ち込みは考えていなかった。しかし、眠りに関する違和感が出てきたため、急ぎ選手村にマットレスを持ち込んだのだという。

筆者の過去の取材経験からも、堀米はスケートボードを滑る以外の特別なトレーニングを行わない。ウエートトレーニングなどを一切行わず、スケートボードを滑るための身体感覚を重視するタイプのアスリートだ。それだけに、「いつもと違う」ことが大きな違和感になり、眠りに影響、コンディショニングを阻害した可能性は大きい。

トップアスリートを支えた“眠りのプロ”

アスリートのサポートに関しては「物を渡して終わり」という関係ではもちろんない。定期的な計測、緻密なコミュニケーションをとり、オーダー枕の調整を行ったり、アスリートの眠りの充実度、寝付きなどによって、最適な睡眠法をアドバイスしたりもする。

「大きな試合の前などは、こちらから連絡して枕の調整、マットレスの消耗をチェックすることもあります」

世界大会出場選手としては、スポーツクライミングの野口啓代、楢﨑智亜、バドミントン女子シングルスの奥原希望、バレーボールの西田有志、ホッケーの永井友理、永井葉月、レスリング日本代表などをサポートしている。

「クライミングの選手はやはり肩周りの柔軟性が重要なので、その点をすごく気にされますし、ツアーで世界中を回っている奥原選手は自宅用のマットレス、持ち運び用のマットレスそれぞれの厚みに合わせたオーダー枕を希望され、実際に使用されています」

西川のコンディショニングマットレス『[エアー](AiR)』は、ウレタン素材で突起のある凹凸構造を採用。ベース部分ではしっかりと全身を支えつつ、面ではなく点で体を支えることで体圧を分散する仕組みだ。

マットレスに関しては一時、「低反発」か「高反発」かという論争が起きたが、包み込まれるような感覚が得られる代わりに体が沈み込んでしまうため寝返りが打てず、体の同じ部位が圧迫されてしまう低反発と、寝返りは打ちやすいがマットレスの硬さを感じてしまい、寝心地に不満が残る人が多い高反発のいいとこどりをしたのが西川の[エアー]シリーズの特徴ともいえる。

トップアスリートが使用するモデルでは、4層特殊立体構造を採用しており、包み込まれるような感覚と、適度な反発力を両立。筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構との共同研究で最も深い睡眠とされる“徐波睡眠”が長く持続されることも証明されている。

寝具からコンディショニングギアへ 日本の眠りを見守り続けた老舗の挑戦

コンディショニングマットレスというコンセプチュアルな寝具である[エアー]は、2006年に就任した西川八一行氏の発案によるものだったという。

「ランニングシューズのカラフルなソールに注目して、機能性のある部分に色をつけ、カラーリングやデザインをスポーティーにできないかというアイデアが発端だったと聞いています」

元銀行員という異色の経歴を持つ八一行氏は、これまで西川が培ってきた睡眠科学を、男性や活動的な人向けに展開できないか、機能性を前面に押し出した製品を打ち出したいとの意向があった。そこで、ランニングシューズのデザインや配色を参考に、それまでの寝具ではあり得なかったダークカラーのマットレス、ビビッドなワンポイント配色、デザインが施された[エアー]を2009年に発売することになる。

「機能についてはこれまでの積み重ねから自信がありました。そこで、寝具の機能を切実に必要としているプロフェッショナル、つまりアスリートに使用してもらうことで、[エアー]の機能性をアピールしていこう、研究をさらに深めていこうということになったんです」

日本有数の老舗企業である西川は初代・仁右衛門が蚊帳・生活用品販売業を開業した1566年を創業年としている。実に創業455年の歴史を誇るわけだが、江戸の寛永年間に二代目・甚五がそれまでは素材である麻の色そのままだった蚊帳の生地を萌黄色に染め、紅布の縁をつけたデザインの『近江蚊帳』が大ヒットしたことにより、その名をとどろかせた。

同じように[エアー]はこれまでの寝具のイメージを変え、機能性マットレス、ただ快適な眠りを提供するだけでなく、科学的に証明されたエビデンスに基づいて明日のベストパフォーマンスを引き出す『コンディショニングマットレス』という新たな可能性を切り開いた。

アスリートとの共創により、遠征時に持ち運びできる『[エアーポータブル]モバイルマット』、飛行機や電車、長時間の移動のためのネックピローやクッションなどの商品群も登場している。

多くの人たちが自らの眠りを見つめ直す『睡眠の価値が変わる時代』がやってきた。スポーツ界では今後ますます、睡眠とパフォーマンスの関連性が重視され、マットレスや枕は、寝具からコンディショニングギアへと扱いが変わっていくだろう。

古くは蚊帳、現代では「睡眠の西川」として、日本の眠りを見守り続けてきた西川株式会社は、最新のスリープテック、睡眠×スポーツ、アスリートの分野でも世界をリードしている。

<了>

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