添田豪・男子日本代表監督、世界のトップで戦うため日本選手に欲しい要素「メンタル的な“体力”の強さが欲しい」

添田豪・男子日本代表監督に聞く日本男子の現状と課題、そして錦織圭

今年最後のグランドスラムとなった現在開催中の「USオープン」。日本人男子では西岡良仁(ミキハウス/世界ランク44位)と自己最高ランキングを更新しトップ100入りを果たした綿貫陽介(フリー/同85位)が本戦ストレートインし、ダニエル太郎(エイブル/同95位)と島袋将(有沢製作所/同158位)が予選を突破した。計4人が登場した男子シングルスだが、残念ながら2回戦に進む選手は現れず。今年から男子国別対抗戦・デビスカップ日本代表監督を務める添田豪は、現状そしてこれからの日本男子をどのように見ているのか。また、今回は欠場となった元世界ランク4位の錦織圭(ユニクロ/同353位)について完全復帰へどのような考え方をしているのか選手目線で語ってもらった。

――添田さんが日本男子監督に就任し1年が経とうとしています。今年最後のグランドスラムとなりましたが振り返ってまとめていただけますでしょうか。

選手みんなが自分で思っていたより成長速度が速い。特に今年で言えば綿貫、島袋、西岡も今はちょっとランキングが落ちていますが、全豪とき全仏で4回戦進出とランキングも20位台に入り、もっと時間がかかると思っていた目標を私が考えていたより今年は予想以上でちょっと驚いています。

――当初100位以内に何人が入り、グランドスラム本戦ストレートインというのが目標だったと思います。ウィンブルドンでは5人、そして今大会は4人となりました。

本戦は(全員が1回戦敗退と)残念でしたが、ダニエル(太郎)にしても(島袋)将にしてもちゃんと予選を勝ち上がってきている。将に関してはシングルスの本戦の経験がまだないので少し飲み込まれてしまうことがあり、H.ガストン(フランス)戦ではちょっと経験不足が見えてしまいましたが、こういう舞台をどんどん重ねていけば彼ももっと実力を活かして本戦1、2回戦は勝てると思います。太郎、綿貫、西岡も今回は残念でしたが彼らも本戦に出て勝つのが当たり前になってきていて、その辺の意識が変わっているだけでもレベルアップしているのではないでしょうか。

――これから1年の目標など教えてください。

個人的な目標としては、1年に1人が新たに100位に入ってくれたらいいですね。今年、綿貫が入ってくれて来年は誰?となった時に今の状況だと島袋、望月、彼らが次の100位以内を狙えるということでもう少しサポートしてあげたいと思うし、今いるトップの選手たちは自分達の目標をもう一段階上げることで来年はキャリアハイを目指して欲しいです。その中で僕はデ杯の監督なので勝つことを最優先にしていますが、個々のランキングを上げてもらえればと思います。

――視点を外に向けて見ると近年イタリア勢の台頭などが挙げられますが新しい勢力や世界的な流れに関して若手が多く出てきているように思います。

イタリアやスペインは、地理的に毎週のように(ツアー下部の)フューチャーズやチャレンジャーがあるのでジュニアがプロに移行しやすいという意味では「強化」というより、自然と環境的に強くなっていくというところに身を置いているのが強くなっていく要因なのかなと思います。日本の場合は地理的な問題もあり、そううまくいかないと思うので彼らよりももっと時間をかけて強化というのをしていかねければいけない。体も作らないといけないし、遠征に行くストレスにも耐えなければいけない、’そういう意味ではもちろん時間はかかるが、じっくり育てていきながら100位に入ることをしていければと思います。

――日本のジュニアは上位に行けるような選手もいます。ですが、そこからプロということになると活躍が保証できる世界ではなく、添田監督もグランドスラムの本戦で戦ってきた体験を踏まえ、ここを抑えておかなければというポイントがあるのでしょうか。

ベースは5セットを戦わないといけない「体力」です。とは言っても「体力」にはいろんな種類がありメンタル的な体力だったり、常にモチベーションを持続できるかという体力もあります。その点で今の日本人はもう少し持続できるようになって欲しいなと思います。もちろん筋力的なものや持久的なものは強化でやっていけば強くなると思いますが、メンタル的な部分に関してはもっと自分たちで工夫してくると強くなれるので特に若い世代は早めに知っておくことが大事かと思います。

――それに関してもう少しお話しいただけますでしょうか。日本人だからこそ良いところだったり、少し引け目を持っているところの差なのか、それとも勝ち切るようなメンタリティと言うことでしょうか。

試合には正解というのは難しいのですが、遠征という全体で考えたら遠征疲れによって次の試合にパフォーマンスが発揮できないというのがあります。一方、外国の選手を見ていると試合期間中もオープンなマインドで楽しんで、リラックスしています。調子が上向きでなくとも楽しんでいるのは、(自己管理が)うまいなと思います。日本人は真面目で落ち込みやすかったり、私にも経験はありますが試合で負けが込んでくるとストレスが溜まったり疲れたりする。それを耐えれていれば、絶対にどこかでチャンスが出てくると思います。マイナスになったり引きずっていたりするとチャンスを活かせなくなるのでその辺りの「強さ」を持って欲しいと思います。

――錦織選手が活躍する前から日本の男子テニスを選手として支え、そして共に日本のテニスの底上げを実現しました。その時代を経て監督となった今、選手を引き上げていく力をお持ちになっているように思いますがいかがでしょうか。

私の場合、コーチとは違うので選手それぞれのチームがいてそこに加わって話をしたりするぐらいなのですが、選手一人一人良い状態の時もそうでない時もあります。良い時というのはモチベーションも上がるのですが、落ち込んでいる選手がいると楽しませてみたり、いろんな話をして盛り上げたりしています。解決策というのは見つからないこともあり、自分自身も勉強中というところでもあります。

――添田さんが監督を自ら志願したことは日本男子チームのカラーもあるかと思います。先ほどの練習コートでチームの皆さんと写真を撮られていたような和やかな雰囲気のイメージがあります。

監督という立場だとどうしても歳が離れて選手も話しかけ難いこともあるかもしれませんが、私は選手と年齢が近いこともあり、試合を観ていても選手が入ってきやすいところはあると思います。自然とみんなで応援する雰囲気もあり、特にグランドスラムでは一試合一試合の気持ちが他の大会とは違うので、応援して勝たせるというのを選手一人一人も感じていて応援されれば力を発揮できるのを分かっています。もちろん(選手同士は)ライバルでもありますが、頑張っている選手を応援したいという想いを共通して持っているところがチームの強みでもあり、仲の良さにつながっていると思います。

――世界のトップに目を向けてみるとアルカラスやジョコビッチがいて、コートを三次元に使いドロップショットや追い込まれてからのパスの精度、昔は決まっていたショットも今はエースにならないという展開です。今大会では追い込まれた側の高いロブからグランドスマッシュという展開も増えたように思います。これを年間を通して動き続けるのはかなり過酷だと思いますが、これがツアーの通常となると今後どう対応していくのか教えてください。

試合の期間でトレーニングをしていくというのは難しいのかもしれません。今の時代は私の現役の時よりも情報もありデータも取れているので、ただトレーニングするだけではなく本当に効率の良いトレーニングにシフトしています。トレーナーも写真やデータを見ながらフットワークにしてもひとつひとつ丁寧にやっています。走り回ると人間はどうしても疲れてしまうので体の使い方やエネルギーを効率よく使える動き方、パワーを出すにもただウェイトトレーニングをするだけではなく、もっとテニスの動きに近づけた科学的なトレーニング、最先端の練習やトレーニングを取り入れていかなければいけません。

――そのままでありたいところと変化を取り入れていくことでプレーが崩れないかという不安もありながらチャレンジされていると思います。

西岡や太郎に関しては年齢的にもピークなので、変えるというのは難しいのかもしれないですが、綿貫、島袋、望月に関しては変化を加えても伸び代はまだまだあります。今ある現状ではなく、もっと練習やトレーニングを変化させていけば長い目で見るとプラスになり勝ちにつながると思います。コーチも選手もその辺をもっと研究していかないと、アルカラスやジョコビッチには追いつくのは難しいですね。

――(運動量の多い)テニスの進化には驚くばかりです。

彼ら(アルカラス、ジョコビッチ)は、(大会序盤の戦いにおいて)まだ100%でやっていません。6割〜7割の力で1〜3回戦を勝っていきます。他の選手は1回1回を100%で戦うので決勝のことなど考えていないし、考えられない。元々の実力がある分、彼らは力を温存しながら決勝までを見据えトーナメントを戦っています。

――読者が最も気になる質問でこれを日本男子監督にお聞きしないという訳にはいかないのですが。今回、欠場を決めた錦織圭選手に関してお話をお願いします。ファンの皆さんは心配でもあり、もう一度プレーを観たい!と願っていると思います。

彼自身、怪我が多くて手術を何回もしてきました。次にまた大きな怪我をして手術となるとすごい怖いというのはあると思いますし、今回ももしかすれば無理すれば出場できたかもしれません。しかし5セットマッチ、この状況下の中で戦って「また大きな怪我をしてしまうと…」と考えた時に、彼の中でもう一回手術かとなるためリスクは取れません。本当に完全な状態にならないとプレーしたくないと思います。

年齢的なことやここで無理をさせてしまうとキャリアが終わってしまいかねない。そこは自分の判断でやらないといけない。彼が来年、再来年が最後の勝負と考えているのであれば、どこかで犠牲を払わないといけないこともあるかもしれません。ちょっと痛くても「やらなければいけない」というようにならないとツアーで戦っていくことは難しいと思います。そこを変えるのか、慎重にいくのかは来年以降の彼のテーマだと思います。

――明解な解答をありがとうございます。これを男子監督に聞かないと読者の方は納得しないと思います。

そうですね、皆さん観たかったですよね。WOWOWで観ている方も直接会場に来ている皆さんも。出場するとなると下手なプレーはできないですから。

――日本の新しいスターを目指すジュニアの皆さんにメッセージをお願いします。

本気でプロを目指したいというのであれば、今やっている練習を続けていろんなことを吸収しないと世界に追いつかない。直接試合を(USオープン会場に)観に来ることは難しいかもしれませんが、1年に1度でもプロの激しい試合や練習、ウォームアップを観れば絶対に自分の意識は変わります。

日本だけを見てしまうとジュニアのライバルがいてそれに勝つだけになってしまう。それだけでは視野が狭くなっていくように思います。親御さんも含め、ただ目の前の試合を勝つだけではなく、こういう世界(プロツアー)があって、あそこにたどり着くにはプランが必要だと感じないと難しいですね、たとえプロになったとしても遠回りになってしまうと思います。

グランドスラムでなくても木下グループジャパンオープン(東京・有明/ATP500/10月16日~22日【予選:10月14日~15日】)もありますし、上海マスターズもあるので会場に行けばより刺激を感じられます。テレビの試合観戦だけで(プロの領域を感じるのは)難しいです。このUSオープンの1回戦にしても全部のコートがすごい熱気に包まれています。外のコートでみんな死に物狂いでプレーする方も応援する方もメチャクチャ応援していますがこれはテレビでは絶対感じられないところで、横で選手とコーチが何を話しているのかも分かります。そういうところも含めて、早いうちに観ることができれば絶対頑張ろう!と思うでしょう。予選でもいいですよ、予選も1回戦から人生賭けている姿を観ることができます。

――人生をかけた一試合をぜひ目の当たりにすればまた違うテニス人生が始まりますね。お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。

★添田豪

自己最高ランキングはシングルス47位、ダブルス232位。日本男子テニス界を牽引し、男子国別対抗戦・デビスカップで勝負強さを発揮した。2022年の全日本テニス選手権を最後に現役を引退。今年からデビスカップ日本代表監督を務める。

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