ばらまかれた地雷や不発弾が避難できない市民の脅威に 非人道的なクラスター弾も「勝つためには仕方ない」…反転攻勢続くウクライナ東部ハリコフ州はいま

バタフライ地雷で右足を失ったリディアさん=2023年7月、ウクライナ東部イジュム(共同)

 ロシア軍の侵攻に対し、ウクライナ軍が大規模な反転攻勢を始めてから3カ月が経過した。ウクライナ軍はロシア軍の生命線ともいえる補給路の遮断を目指し、南部で作戦を本格化する。一方のロシア軍は、一度は撤退した東部に再び兵力を集中しており、ウクライナ側の兵力分散を図っているとも指摘される。
 ロシア軍の攻勢が強まる東部ハリコフ州では、前線に近い街でも一部の市民は避難できずに残留し、避難先から戻ってくる人もいる。その市民らに脅威を与えているのが地雷や不発弾だ。ハリコフ州の現状を報告する。(共同通信=文・平野雄吾、写真・深井洋平)

ロシア軍に破壊されたウクライナ東部ハリコフ州クピャンスク中心部を歩く女性=2023年7月(共同)

▽「砲撃に慣れた」前線の街
 7月下旬、ハリコフ州クピャンスク。居住地域からロシア軍部隊までの最短距離が約8キロの近さに位置する。路上には市民よりも兵士の姿が多く、軍用車両が行き交う。
 今も街にとどまるアンジェラさん(54)は「足の不自由な夫(55)がほぼ寝たきりで、避難できないんです」と理由を語った。残った市民の多くは高齢者とみられ、通りに子どもの姿はほとんどない。日本では災害時に高齢者や障害者の避難が課題となるが、同じ構図が戦地でも垣間見える。
 クピャンスクは昨年2~9月、ロシア軍の支配下にあったが、ウクライナ軍が奪還した。地元行政トップ、アンドリー・ベセディン氏によると、市とその周辺で侵攻前の人口は約5万7千人だったが、現在は約1万2500人にまで減った。

地下シェルターの臨時庁舎で働く地元行政機関職員=2023年7月、ウクライナ東部ハリコフ州クピャンスク(共同)

 ベセディン氏は「市民に避難を促していますが、できない理由がそれぞれにあります。残った市民を支えるのが行政の仕事です」と話す。元々の市役所には砲撃で被害があり、現在は地下シェルターの臨時庁舎で業務を続けている。電気やガスなど基本的なインフラは稼働しているが、市内の建物は4割が破壊されたままだ。
 生活の維持も重要な課題で、多くの市民が職を失い、食糧や衣服、医薬品などを支援団体からの寄付に頼る。アンジェラさんも「薬局で働いていましたが、薬局そのものが砲撃でなくなりました」と肩を落とした。
 日中は前線から爆発音が響き、夜間にはロシア軍の砲撃が住宅地にも頻繁に届くクピャンスク。「砲撃には慣れた」と話す市民もいるが、地元の非常事態庁幹部セルギー・オスマテスコ氏は「地雷や不発弾で負傷する市民が後を絶たない」と明かし、ロシア軍撤退地域の厳しい現状を指摘する。

バタフライ地雷で右足を失ったリディアさん=2023年7月、ウクライナ東部イジュム(共同)

▽キノコ狩り中に地雷踏み…
 ハリコフ州の他のロシア軍撤退地域でも、地雷や不発弾による負傷者は相次いでいる。クピャンスクから南に約60キロにあるイジュム。昨年9月にウクライナ軍が奪還したが、外傷外科医ユーリー・クズネツォフ氏(53)は「今も週に1人は新たな患者を手術しています」と話し、地雷や不発弾の恐怖を語る。
 7月に右足を失い、手術を受けたリディアさん(70)は「森でキノコ狩りをしていたら突然爆発が起きた」と振り返る。クズネツォフ氏は「踏んだのは『バタフライ地雷』でした」と説明した。

ウクライナ東部イジュム郊外カミヤンカ村で、ロシア軍によって破壊された自宅前で涙を拭うテチアナさん=2023年7月(共同)

 長さ十数センチの緑色で、チョウの形をした対人地雷だ。地面にあれば草に紛れて気付くのは難しい。旧ソ連式で、ロシア軍、時にはウクライナ軍も昨年2月の侵攻開始後、このバタフライ地雷を使用、ウクライナ東部には現在大量にまき散らされている。イジュム郊外カミヤンカ村のテチアナさん(63)は「7月下旬に庭でバタフライ地雷を36個見つけた」と興奮気味に話した。 

ウクライナ東部イジュム郊外カミヤンカ村で見つかった、クラスター弾の子爆弾とみられる残骸=2023年7月(共同)

▽チョウのように舞い地面を「汚染」
 こうした地雷をばらまいたとみられるのが、バイデン米政権によるウクライナ軍への供与でも改めて注目を集めたクラスター(集束)弾だ。親爆弾から数個~数百個の子爆弾をまき散らすのが特徴で、攻撃力は抜群だが、多くの子爆弾が不発弾として残る非人道兵器だ。ロシア軍、ウクライナ軍ともに侵攻開始直後からクラスター弾を使用してきたとされる。
 クピャンスクの非常事態庁幹部オスマテスコ氏によれば、子爆弾にはさまざまな種類があり、対戦車爆弾のほか、くぎやパチンコ玉のような小さな金属片をまき散らすもの、そしてバタフライ地雷が詰め込まれることもあるという。まさにチョウのように宙を舞いながら地面を「汚染」していったと言える。
 米軍供与のクラスター弾にバタフライ地雷が詰め込まれることはなく、不発弾の割合も3%未満とされるが、大量に使われれば、不発弾は地雷と同様に大地を汚し続ける。オスロ条約はクラスター弾の使用を禁止しているが、米国やロシア、ウクライナは未加盟だ。ウクライナ軍は反転攻勢で、米国供与のクラスター弾が効果的と評価し、7月から本格的に使用を始めた。

地雷で右足を失ったリディアさん(右)と話す外傷外科医ユーリー・クズネツォフ氏=2023年7月、ウクライナ東部イジュム(共同)

 ウクライナ市民は自国軍による非人道兵器の使用を複雑な思いで見つめる。
 右足を失ったリディアさんは「私のような思いをする人を出さないでほしいが、ロシアに勝つには仕方がないでしょう」と言葉少なに話す。外科医のクズネツォフ氏はこう付け加えた。「医師としては反対だが、ウクライナ人としては非人道兵器を使ってでも侵略者を追い出してほしいと思います」

ウクライナ東部ハリコフ州の集落で、塹壕の中から警戒に向かう領土防衛隊の兵士=2023年7月(共同)

▽狭い塹壕の中で家族を思う
 ウクライナ軍は取材場所を特定しない条件で、ハリコフ州に展開する領土防衛隊123大隊の拠点を共同通信に案内した。最前線でロシア軍と戦う部隊の後方支援を役割とする部隊だ。
 高台の森林に掘られた塹壕は幅約1メートル、深さ2メートル弱。大人2人がぎりぎりすれ違えるほどの幅しかない。土のうが積まれ、木材で固定されている。周囲に完全に溶け込み、案内がなければ、入り口に気付くのは難しい。兵士らによれば、森林では日々新たな塹壕が掘られている。約10分に1回は爆発音が耳に入った。前方には白い煙も見える。

旧ソ連製のてき弾発射器の横でロシア軍の動きを監視する領土防衛隊の兵士=2023年7月25日、ウクライナ東部ハリコフ州の集落(共同)

 「ロシアの進軍を防ぎ、味方が退避する際には援護射撃する」と部隊の役割を説明する兵士はコードネーム「ポリスマン」(25)。「これを見てくれ」と、てき弾発射器を指した。「旧ソ連式だ。反転攻勢が遅いと言われるが、欧米諸国は批判する前に最新兵器をくれ」と語気を強めた。狙撃用に開けられた銃眼に置かれた機関銃も旧ソ連式だった。いずれも最新兵器に置き換われば、敵を狙う精度も速度も変わる。
 「ポリスマン」は5年前に入隊、以前は前線の強襲旅団でロシア軍と直接交戦していたが、1月に右腕を負傷し配置転換されたという。狭い塹壕で長時間を過ごす若き兵士は「今の一番の望みは家族と過ごすことだ」と話した。4歳の長男がいるといい「ほとんど会わない間に大きくなっている。戦争を早く終わらせて、息子と過ごしたい」とはにかんだ。

ウクライナ東部ハリコフ州で、塹壕の入口に立つ領土防衛隊の兵士=2023年7月(共同)

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