サイン転売問題でアスリートの価値が視覚化? 元Jリーガー社長・嵜本晋輔が語る「本物」の価値

ここ数年、人気選手のサイン転売が問題になっている。サイン会や練習後のファン対応時のサインがネットオークションに出回り、高値で取引される。ファンに混じってはなから転売目的でサインを求める「転売ヤー」や、人気に乗じて偽のサインを売りに出す悪質な出品者の存在は、純粋に憧れの選手のサインを欲するファンだけでなく、球団、クラブ、選手にとっても捨ておけない存在だ。過熱するサイン争奪戦、転売、偽造の問題はどうすれば解決するのか? 元Jリーガーで、ブランド品、骨董・美術品のリユース、オークション事業を行う企業を起業し、株式上場も果たした経営者でもある嵜本晋輔は、サインの高値取引をアスリートの価値につなげる試みを始めた。

(文=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、撮影=大木雄介)

噴出するアスリートのサイン転売、偽物問題

“令和の怪物”として2020年ドラフトの目玉として注目を集めた佐々木朗希投手(ロッテ)のサイン会終了10分後に、ここで書かれたサインがネットオークションに出品されたことが大きな話題になった。本来はファンサービスであるサインが営利目的でネットオークションなどに出品される転売問題、サインの偽造問題は以前からあったが、より気軽にスピーディーに取引ができるネットオークションの普及によって、本来ファンサービスであるはずの選手のサイン対応を球団、クラブ側、また選手本人がちゅうちょするところまできている。

転売目的でサインを“仕入れ”に来るいわゆる「転売ヤー」への対策は容易ではない。彼らは、ファンを装ってイベントや練習場にやってくるため、排除は困難。オークションサービス側も規制に乗り出してはいるが、多数出品されるサインについてすべてを即座に吟味し、違反しているものだけを取り締まるのは難しい。

「選手が書いたサインが高値で取引されるようになって、アスリートの価値が視覚化されたという側面もあると思います」

アスリートの価値を再発見し、新たなキャリアの創出を支援する事業を行うデュアルキャリア株式会社の嵜本晋輔代表取締役社長は、サインの転売や偽造は解決すべき課題としながら、選手の書いたサイン色紙やサイングッズに価値があると球団やクラブ、選手が気づいたことは大きな意味があるという。

「これまでは、クラブやアスリート側が自分たちの持っている価値に気がついていない、または気づいていてもその価値を形にする方法がわからなかった状態だったと思うんです。転売を取り締まることは難しくても、鑑定を受けた本物、正式なルートで必要とする人の手に渡るプラットフォームが出てくれば、玉石混交で当たり外れのある非公式な取引に疑問を感じる人が大多数になると思います」

ブランドリユースのノウハウ×スポーツ

ガンバ大阪に在籍した経験を持つ嵜本は、「元Jリーガー社長」という異色の経歴で注目を集める連続起業家だ。家業であったリサイクルショップで経営ノウハウを学び、ブランド品の売買をメイン事業に起業、買取やオークションなどの事業を次々に成功させ、起業から7年でマザーズ上場を果たした敏腕経営者としても知られる。

2019年には現役アスリートのデュアルキャリアのサポートを目的とした株式会社デュアルキャリアを設立した嵜本が手がける最新のサービスが、アスリートとスポーツの可能性、ファンを結ぶオークションサービス『HATTRICK』だ。このサービスは、転売などによるサインの不正取引を適正化する可能性を秘めている。

「自分がオークションビジネスを理解していたことが大きいですね」
嵜本はアスリートのデュアルキャリアサポート事業としてオークションビジネスを立ち上げた理由について自らがビジネスとして取り組んできたブランドリユース事業と、スポーツ、アスリートの相乗効果を挙げる。

嵜本がオークションビジネスを理解したのは、2011年に創業と後発ながら、ブランド買取業で大躍進を続ける『なんぼや』や、 ブランド品オークション『STAR BUYERS AUCTION』といったバリュエンスグループの事業を通じてである。

バリュエンスグループは、『なんぼや』で買い取ったブランド品を集約し、『STAR BUYERS AUCTION』で同業者に入札させる手法を採用し、急成長を遂げた実績がある。

「“希少性”と“時価”。ブランドリユースではこれが『ものの価値を変える要因』になっているんです。これはスポーツにも転用できると思いました。人がものをほしくなるメカニズムって、『知るから欲しくなる』『見えるから欲しくなる』ってことなんです。どんなに価値のあるものでも、存在を知らなければ欲しいと思わないし、目にすることがなければ欲しくならないですよね」

単なる使い古しの「中古品」が、需要と希少性のバランスでお宝になる。自分にとっては価値のなくなったものが、それを必要とする買い手によって新たな価値を与えられる仕組みは、アスリートの知名度や人気によってサインやグッズの価値が決まっていくメカニズムと同じだ。

超精巧“スーパーコピー”に対抗する鑑定技術

『なんぼや』などの事業で培ったのは、ビジネスの仕組みだけではない。ブランド品には付き物の偽物、コピー商品を見分ける真贋(しんがん)鑑定こそ、スポーツ、アスリートのサイン流通のカギを握る要素だ。

「スポーツやアスリートのサイン、グッズのオークションでは『公式のものだけを扱う』プレーヤーが日本にはいませんでした。通常のオークションのプラットフォームで、価値のある本物のなかに転売されている非公式なもの、偽物が紛れている状態は、球団やクラブ、選手にとってはリスクしかありませんよね」

『HATTRICK』では公式、公認オークション、本物だけが流通する。ここで扱われるものはすべてが本物という信頼を得ていくことこそが、転売や偽物を駆逐する武器になり得る。

偽物排除と信頼は、嵜本の専門であるブランドリユース業でも、大きな価値を生んでいる。世界市場であるブランドリユース業界では、日本の業者が扱う中古ブランド品は『ユーズド・イン・ジャパン』として絶大な支持を集めているのだ。日本の中古ブランド品への信頼を生んでいるのは、日本人のブランド品の取り扱いというユーザー側の特性と優れた鑑定力にある。

バッグから高級時計まで本物そっくりに模倣した精巧なスーパーコピーは、本物を精緻にスキャンできるスキャナーや3Dプリンターの登場でますます本物との見分けが付かなくなっている。ブランドリユース業者は、専門の鑑定士を育成し、こうした模造品に対抗してきた。

「例えば『なんぼや』では、独自の真贋基準を設け、偽物の疑いがある商品については取扱い対象外としています。過去取り扱ったブランド品に関する情報は徹底的にデータベース化されていて、商品を検索すれば過去の情報や取扱い対象となるか否かがわかります。また、データベースだけでなく買取の現場の社員にはとにかく場数を踏ませる。スーパーコピーの技術が上がってきてもすぐに現場と連携しデータベースが更新されるようになっており、この知識と経験の集積が信頼につながっています。

真贋鑑定の最新テクノロジーが転売を抑制する?

こうした真贋鑑定、信頼へのこだわりは、『HATTRICK』にも当然反映されている。同サービスで扱うユニフォームには、オフィシャルであることを証明する鑑定書が発行される。この鑑定書、単に本物の証明書というだけでなく最先端テクノロジーを駆使した実のある鑑定書なのだ。

「ユニフォームでいえば、大量生産前提の工業製品であっても、一つとしてまったく同じものはないんですね。『HATTRICK』では、アメリカのある企業のフィンガープリンティングという技術を使って鑑定書とユニフォームをひも付けています」

全く同じ工場で作られ、品質をそろえられたユニフォームでも、一つひとつを素材レベルで見ていくと、固有の特徴が差異となって現れる。フィンガープリンティングは、素材の凹凸やそこにプリントされたインクの乗りの違いを見極める画像解析技術で、人間の指紋のように個体特定ができるため、物体指紋認証と呼ばれるテクノロジーだ。

『HATTRICK』ではサイン入りユニフォームの指紋に当たる画像解析の情報がデジタルデータとして記録され、その記録と鑑定書が関連付けられている。

「別のオークションで転売されたとしても、そのユニフォームが本物かどうかはデジタルデータできちんと突合できるような状況にしてあるんです。転売を物理的に根絶することはできませんが、偽物が紛れ込むことを避けることはできますし、本物証明だけでなく出どころの追跡も可能になります」

『HATTRICK』鑑定書付きのユニフォームが本物かどうかの問い合わせがあれば正確な真贋鑑定が可能だ。同時に偽物の証明もできるわけで、鑑定書付きの偽物に対する抑止力になる。現に嵜本の古巣であるガンバ大阪では、2019年以降の公式サイン入りユニフォームについてはすべて『HATTRICK』のサービスを介しているため、オフィシャルの鑑定機関としてクラブの知財を守る役割も担っているという。

「将来の構想としては、手に入れたサイン入りユニフォームのタグや鑑定書をスマホで読み込むだけで所有者履歴が閲覧できる仕組みも考えています。すでに商品の出どころと物体指紋はデジタルデータとして保管されているので、追跡は可能なんです」

本物と証明できれば偽物は市場から淘汰(とうた)される。本物だけが流通するプラットフォームが確立できれば、真贋入り交じったオープンなプラットフォームで本物と証明できない非正規ルートの転売品や偽物に大金を支払う人はいなくなる。規制や法の整備も重要だが、“いたちごっこ”といわれながらも世界規模の市場として成り立っている中古ブランド品買い取りの例を見れば、スポーツオークションでもこの手法が有効なのは納得できるのではないか。

「日本のブランドリユース業者の間では、フィンガープリンティングのような画像解析で真贋鑑定を行う技術の開発、導入が進んでいます。現状では、人の目に勝てないところもありますが、向こう5年はこの技術が進んでいって、ヴィトンのバッグを機械にかざせば瞬時に本物か偽物かわかるという状況になってくると思っています」

技術革新が偽物をつくる業者と鑑定する側の双方の成長を促す中古ブランド市場だが、嵜本は5年後、10年後先の近未来では、状況が一変する可能性があると見ているという。

信頼・信用を構築するスポーツ版『ユーズド・イン・ジャパン』を

「技術が行き着くところまで行き着いたその先は、結局信頼、信用の世界になっていくんじゃないかと予想しています。鑑定技術プラス持ち込んだ人の信用スコアで判断する。信用スコアが高いAさんが持ち込んだブランド品は本物の確率が高い。それだけで判断はできないけど、中国なんかは芝麻(ジーマ)信用とか国全体がそういうふうになっていますよね」

中国のアリババグループの関連企業が運用する個人評価システムである芝麻信用は、決済サービスAlipay(アリペイ)と連動して信用スコアによる個人の格付けがすでに導入されている。いくら借金できるかなどの与信はもちろん、すでに信用スコアがそのまま社会的信用につながるケースも出始めている。管理社会、国民の行動制限につながるディストピアだという批判もあるが、信用失墜が致命的なダメージなるため不正や悪行が減るというメリットも語られていて、日本でも信用スコアに近い指標はすでに一部企業によって導入されている。

「これからは個人の購買履歴データに所有権が発生し、そのデータを本人同意の下に有効活用して双方にメリットが出るという時代になっていくと思います。購買履歴データが明確であれば、自分が正規のルートで購入した本物と、持ち込んだ商品が同一であることが証明できればいいということになるので、そうした情報の管理についても対応していく必要があると思っています」

真贋鑑定の精度や出自の確かさ、履歴までを完璧に追うことのできるシステムが構築されれば、世界のブランドリユース市場で『ユーズド・イン・ジャパン』が高く評価されているように、『HATTRICK』がこの市場を席巻する可能性もある。

真贋鑑定とはまた違う理由だが、すでに開催された全日本柔道連盟チャリティーオークションでは、柔道人口が日本よりも多いフランスをはじめ世界各国から入札が相次いだ先例もある。

「当時は多言語には対応していなかったんですけど、熱心な人が日本語で検索してまで現役選手の阿部一二三選手や妹の詩選手から井上康生日本代表監督、山下康治全柔連会長などのレジェンドまで、高名な柔道家へのリスペクトを込めて入札してくれていたんです」

本物のみが流通するオークションサービス『HATTRICK』は、偽物の流通や不正な転売の抑制に有効なだけでなく、日本人選手はもちろん、世界中のアスリートとファンをつなぐプラットフォームとしてのポテンシャルも秘めている。

<了>

“アスリートとスポーツの可能性を最大化する”というビジョンを掲げるデュアルキャリア株式会社が運営する「HTTRICK(ハットトリック)」と、アスリートの“リアル”を伝えることを使命としたメディア「REAL SPORTS(リアルスポーツ)」との連動企画として、【REAL SPORTS × HATTRICK チャリティーオークション】を開催。

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