羽根田卓也が出合った「人生で一番素晴らしい瞬間」 ポジティブな発信をし続ける“使命”とは

新型コロナウイルスの感染拡大によって再び緊急事態宣言が発令されたオリンピック開催都市・東京。大会開催の先行きが見えない中、アスリートは何を思い、どう行動しているのか? 今回、オークションサイト『HATTRICK』で医療従事者への支援を呼びかけるに当たって、昨年の感染拡大当初から一貫して「前向きな姿勢」で発信を続けているリオデジャネイロ五輪・銅メダリストの羽根田卓也に話を聞いた。「どうなるか?」という不安ではなく、「どうするか?」が大切だと語る羽根田の思いとは?

(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、写真=Getty Images)

感染再拡大でヨーロッパ遠征から急きょ帰国

「ヨーロッパに行った時点では、マスク着用を求める貼り紙が街中にあって、店先には消毒液があって、日本と同じような光景が広がっているなと思う程度だったんですけど、再び感染が拡大し始めて急いで日本に帰ってきたんですよね」

本来であればスロバキアを拠点にヨーロッパを転戦しているワールドカップシーズンだった昨年10月、羽根田はスロベニアのタッツェンで行われたカヌースラロームワールドカップに出場。11月に行われる予定だったフランス・ポーでの同大会には参加せず、日本に帰国する決断をした。

「ヨーロッパも感染者の数が落ち着いていた時期があったんですけど、僕が行った10月にちょうどまたロックダウンしなければという状況になっていったんです。やっとワールドカップが開催できるということで行ったヨーロッパだったんですけど、感染対策や大会運営も含めて、違った意味でのプレッシャーを感じました」

多くの競技と同じくカヌーも新型コロナウイルス感染拡大にともなって国際大会の中止延期が相次いでいた。カヌーの本場・ヨーロッパでは、一時感染者が減少傾向にあったことから国内大会から徐々にカレンダーが動きつつあり、10月になって羽根田が主戦場にするカヌースラロームワールドカップがようやく開催されるというタイミングだった。

「行ってすぐ戻ってこなければいけないのは残念でしたけど、僕自身はスロバキア人のコーチから現地の感染状況、昨年の最初のロックダウンの厳しい状況をテレビ電話でつぶさに聞いていましたから、すぐに『できることをやるしかないな』という気持ちになりました」

ヨーロッパ諸国では、罰則も含めたロックダウンが感染拡大当初から断続的に行われている。日本でも罰則の導入が検討されているが、緊急事態宣言よりもシビアな厳戒態勢が続くヨーロッパの選手たちは、現状をどう捉えているのか? ワールドカップで現地入りした羽根田が感じたのは、多くの選手が自分と同じように前向きな姿勢で競技に取り組んでいることだったという。

「選手は選手で日々のトレーニングをやっていますし、今の状況とか先の状況を憂いて練習ら身が入らないとか、もう俺は今シーズン練習していないとか言っている選手はいなかったですね。みんなそれぞれができる環境で一生懸命トレーニングをやっているというのが僕の印象でした」

それでも来夏の開催が予定されている東京五輪に関しては、選手たちも軽々なことは言えない。

「オリンピックの話題になると、はっきり開催できるとはなかなか言えないような雰囲気はあるんですけど、最後はみんな信じて、俺たちは今日の練習を頑張るしかないよねという感じでいつも終わりますね」

オリンピックについて、羽根田は新型コロナウイルスの感染状況や社会の現状を注視しながら、一貫して「自分のできることをやるだけ」という姿勢を貫いている。その上で、アスリートの役割は、前向きなメッセージを発すること、社会にポジティブな影響を与えることとして自分なりの発信を続けている。

羽根田はなぜ、ブレずに自分の姿勢を保ち続けられるのか?

羽根田卓也がポジティブなメッセージを発信し続ける理由

――以前のインタビューで、「アスリートは自分の成績を追求するだけじゃなく、応援してくれる人、サポートしてくれる人たちに対してポジティブなエネルギーや、良い影響を与える義務がある」というお話をされていました。オリンピックに対する発信についてもそういうことを心がけているのでしょうか?

羽根田:以前インタビューしていただいたときと考え方は変わっていなくて、やっぱりスポーツって、前向きの象徴だと僕は思っているんですよね。だからアスリートも前向きであるべきで、あまり弱音を吐いたり、弱気を見せたりというのはふさわしくないなと思っているんです。これは日本でも感染拡大が現実になってきた去年の2月くらいからずっと考えていることで、自分がメディアに出るときは、できるだけ前向きな姿勢を見せることを心がけています。それがアスリートである自分の仕事で、われわれに求められていることだと思っているんです。

――感染を防ぐ上で重要な「ステイホーム」ですが、家に閉じこもって体を動かさない人が増えて、結果として「コロナうつ」なんて言葉も出てきたり、心がふさぎ込みがちになったという話も聞きます。家の中でも体を動かした方がいいというのはありますよね。

羽根田:そうですね。体を動かすことは僕にとっては仕事のようなもので、日常的に自然にやっていることなんですね。だから、自分も自宅でのトレーニングを公開したり、お家でできるエクササイズを紹介したりしましたけど、体を動かすことに関して、もっとアスリートが発信していくことは大切だなと思います。

ステイホーム中に出合った茶道が教えてくれたこと

羽根田:ステイホーム期間があって、自分もトレーニング以外に挑戦したことがいくつかあるんです。そのうちの一つが「お茶」なんですけど、トレーニングしているときも、お茶をやっているときもすごく幸せなんですよね。「なんで自分はこういうことをやっているときに幸せを感じるんだろう?」と考えたんですけど、それはやっぱり没頭しているからなんですよね。何かに一生懸命没頭しているときって人生で一番素晴らしい瞬間なんじゃないかなと最近強く思うんですよね。没頭しているときは何より充実感があって、達成感があって、嫌なとこから離れられたり、悩みから解放される時間なんじゃないかなと思うんです。ステイホームの時間が長くなると、誰でもいろんなことを悶々(もんもん)と悩んだりとか考えたり、そういう時間がどうしてもたくさん出てくると思うので、仕事でも趣味でも、体を動かすことでもなんでもいいので、没頭できることをやるのが一番いいんじゃないかと思っています」

――不安になるような報道もたくさんある中で、コロナのニュースだけを追っていたら不安定になってしまうこともあるかもしれませんね。

羽根田:そうなんです。すべてを忘れられるわけじゃないんですけど、トレーニングやエクササイズで体を動かしているときだけでもちょっと解放される。何かに没頭することで、少しでもそういう悩みとか迷いから離れる時間というのは作れるんじゃないかなと思っているんです。

――夢中になる、没頭するというのは、スポーツでは「ゾーン」とか「フロー」とか、高いパフォーマンスを引き出すための状態といわれています。「フロー」については、主観的な幸福状態がカギを握るという心理学の研究もあるんですよね。羽根田さんが没頭するのに茶道を選んだのはなぜだったんですか?

羽根田:もともと日本の歴史や文化が大好きで、お茶に出合ったのはたまたま合宿先でお茶わんを買ったことからなんです。焼き物の有名なところだったんですけど、そこでお茶わんを買って、せっかく買ったからやってみようかなと思って(笑)。同時期にお茶の先生との出会いも重なって、ぜひやりたいんですと言って始めました。

お茶の世界は、総合芸術の世界なんですけど、禅の哲学から成り立っているらしいんですよ。過去の後悔とか未来への不安とかを「迷い」として、その「迷い」を断ち切るために、今をすべて忘れて座禅をする。「迷い」を断ち切ることが一番大切で、そこから自分を見つめ直して何かを見いだす。僕なりに理解した禅はそういうことらしいんです。茶道も禅のエッセンスがたくさん入っていて、お稽古も含めて「迷い」を断ち切る、没頭することが大切だなと思っていて、ステイホーム中に、出合うべくして出合った趣味だなと。ヒントをすごくもらっています。

――茶器とかもそろえて本格的にやっているんですよね?

羽根田:お茶わんと、茶杓(ちゃしゃく)と、茶筅(ちゃせん)と、お抹茶と……。お稽古に通い始めてからは扇子から袱紗(ふくさ)から、何から何までそろえました(笑)。

――日本の伝統文化に興味があったというのは昔からですか? それとも高校卒業後、単身で海外、スロバキアに行ったというのが影響しているのでしょうか?

羽根田:子どもの頃から歴史とか日本文化が本当に大好きだったんですけど、やっぱりスロバキアに行ってから、改めて日本という国を俯瞰(ふかん)で見ることができて、より日本の芸術とか文化がどんどん魅力的に見えてきたというのはありますね。

――茶道やその根底にある禅のお話も、瞑想(めいそう)だったりマインドフルネスとして世界的に注目されていますよね。このタイミングで、パフォーマンスを引き出すのにいいことに偶然出合っている感じが面白いですね。

羽根田:僕はポジティブシンキングとかマインドフルネスとか、そういう考え方や本って、正直ほとんど触れてこなくて、自分から勉強するようなこともあまりしてこなかったんですよね。このコロナ禍で不安になっている人をたくさん見て、聞いて、アスリートの中にも不安になっている人がいるのを見て、自分は相変わらず能天気であんまり悩んでないなって気づいたんです。

何かに不安に思ったりとか、悩んだりしていない自分はただ能天気なだけだと思うんですけど、じゃあ、この能天気はどこからきているのかなって、いろいろ考えるようにしたんです。自分の能天気がいろんな人たちにヒントを与えられたりしないかなと、自分を掘り下げてみたりした結果、さっきの没頭の話だったり、禅とかの話がちょっと説明できるようになってきたように思います。

――学問や研究、理論からじゃなくて、実際の体験や自分の感情から理論にたどり着いているのがすごいなと思います。それがアスリートのすごさだなと改めて思います。

羽根田:多分、能天気なりに何かそれに基づいたロジックがきっとあるんじゃないかなと思ったんですよね。

サポートしてもらって競技ができることへの感謝

――応援してくれる人、サポートしてくれる人たちへ何が返せるかということでいうと今回は『HATTRICK』を通じてスポンサーであるアディダスさんのトレーニングシャツをオークションに出品していただきます。スポンサーも競技を続ける上でなくてはならないものですよね。

羽根田:カヌーはプロリーグがあるわけでもないですし、残念ながら賞金だけで暮らしていけるような競技ではないので、スポンサーさんがいなければ自分の競技生活は成り立たないと思っています。

今回出品させていただくアディダスのポロシャツは、純粋なトレーニングウエアではないのですが、練習の時にも着ますね。多いのはメディア対応などでの着用。インタビューとか雑誌でポートレートを撮ったりするときによく着ているので、目にしたことがある人もいるかもしれません。

――スポンサーへの思いでいうと、所属先のミキハウスさんは、リオ五輪のメダル以前からサポートしてもらっているんですよね?

羽根田:現在も所属させてもらっているミキハウスには本当に「拾っていただいた」という感謝しかないんです。リオ五輪をきっかけに、応援してくれる企業さんが少し増えて、より自分の中で責任感が強くなりました。正直に言って、応援していただいている分を対等の価値でお返しできているとは思わないんですけど、競技を頑張って結果を出すのは当たり前で、少しでもいろんな場面でアピールできる、僕の普段の行動や発言、ふるまいがサポートしてくださる企業のイメージアップにつながる、サポートしてもらっていることに恥じないふるまいを心がけています。

――ミキハウスさんには、どういうきっかけでサポートしていただくことになったんですか?

羽根田:僕がいきなり社長宛てに手紙と履歴書とアピールDVDを送付したのがきっかけです(笑)。送った後に窓口に電話をかけて、「こういう手紙を数日前に送った者です。担当の方におつなぎしていただけませんでしょうか?」というアポを取るところから。ほとんど全部断られたんですけど、ミキハウスは会ってくれるということで、そこから徐々にという感じですね。

――ミキハウスさんは卓球を始め、さまざまな競技の支援をミキハウススポーツクラブとしてされていますよね。そうしたことも念頭にあったんですか?

羽根田:そうですね。でも、まさか自分なんかがその仲間に入れてもらえると思っていなかったので、本当にダメ元というか、雲をつかむような気持ちでという感じで出しました。

――自分でスポンサー探しをするときの手紙で、サポートに対して自分はどんな対価を提供できるみたいなアピールも必要だったと思うのですが、そのときはどういうことを書いていたんですか?

羽根田:それが一番心苦しいというか、一番筆が走らなかったところです。僕だけじゃなくていろいろな選手の悩みどころだと思うんですけど、企業名、ロゴの露出とか当たり前のことは最低限書きましたけど、そんなの企業もわかっていることじゃないですか。ミキハウスにお願いしているときは、メダルも取っていないし、カヌーという競技の注目度がどれくらいかなんてみんなわかっている。

僕に限っていえば、とにかく生活しないとダメなので、会社員として働かせてもらって、仕事の傍ら練習させてもらったり、合宿に行かせてもらうことをお願いして、あとは結果で返しますと。そういう覚悟を見せてから、いろんな交渉を始めました。ちゃんと対価を示さないとダメだという考えもあると思いますけど、僕の場合は最初から交換条件みたいにして「自分はこれが提供できます」とか言えるような状況ではなかったですね。自分の純粋な気持ちと打算のない熱意を伝えるのが精いっぱいでした。

「どうなる」より「どうする」司馬遼太郎『燃えよ剣』に教わった人生の指針

――コロナ禍についてもオリンピックについても一貫して「どうなるんだろう?」ではなく「どうすればいいだろう?」「何ができるだろう?」という能動的な姿勢で発信していますよね。

羽根田:そうですね。これは新型コロナウイルスに関係なく、いつも大切にしている考え方なんです。もう10年以上前から読み続けている僕のバイブル、司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』の中で、土方歳三が沖田総司に言うセリフなんですけど、「どうなる、とは漢の思案ではない」「どうする、ということ以外に思案はないぞ」と。そのとおりだと思って。

――歴史も好きなんですね。

羽根田:そうですね。歴史小説ばかり読んでいます。中でも新選組が好きで、司馬遼太郎さんの本もたくさん読んでいます。

――「どうする?」の話でいうと、ワクチンについても発言されているのを見ました。東京オリンピックのため、アスリートの優先接種には明確に異を唱えた上で、ワクチン接種をちゅうちょしている人がいるなら、自分が先にワクチンを打って先例となってもいいと発言されていました。

羽根田:実際には「実験台になりたいです」といって優先的に接種できるようなことではないと思うんですけど、SNSなどの反応を見ていると、思った以上にワクチンに対して抵抗がある人がたくさんいるなと、ちょっとびっくりしたんですよね。未知のものに対する恐怖とか、打ちたくない人がいることももちろん理解できるんですけど、新型コロナウイルスに立ち向かうのにワクチンで集団免疫を獲得して終息を目指すという世界的な流れがある中で、自分もやっぱりほかの手段がなくて、そこに望みをかけるしかないのかなと思っていて。

――ワクチンについては勉強されたんですか?

羽根田:疫学とかを勉強したわけではないし、詳しいわけではないですけど、みなさんと同じように報道されている情報だったり、自分なりに調べたことから得た考えです。

――アスリートがオリンピックに対して発言することが難しい状況はあると思います。感染状況を無視して「自分たちのために開催してくれ」と主張しているように捉えられてしまう可能性もあるし、開催を諦めてしまうことが自分が打ち込んできた競技を否定することにつながると考える人もいるかもしれません。

羽根田:時事問題に触れること、その伝わり方は本当に難しいなと思うんですけど、どんな取材を受けるにしても、「こいつもオリンピックを諦め始めた」とは絶対に思われたくないんです。

「どうなるのか?」ではなく「どうするか?」。スポーツを前向きの象徴、アスリートをポジティブな影響を与える使者と話す羽根田は、コロナ禍、世界中が厳しい状況にある中でも、自らの影響力をどう有益に使うかを考えて行動している。自らを「能天気」と称しているが、「自分が能天気な理由」を掘り下げ、それを落ち込んでいる人、悩んでいる人を勇気づけるヒントにしようとする姿勢は、単なる能天気で済ませられない魅力がある。

オリンピックの延期や相次ぐスポーツイベントの中止でスポーツやアスリートの持つ魅力、アイデンティティーが揺らぎ始めた今、羽根田卓也は、行動と発言でポジティブな姿勢を示し続けている。

<了>

“アスリートとスポーツの可能性を最大化する”というビジョンを掲げるデュアルキャリア株式会社が運営する「HTTRICK(ハットトリック)」と、アスリートの“リアル”を伝えることを使命としたメディア「REAL SPORTS(リアルスポーツ)」との連動企画として、【REAL SPORTS × HATTRICK チャリティーオークション】を開催。

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PROFILE
羽根田卓也(はねだ・たくや)
1987年生まれ、愛知県豊田市出身。ミキハウス所属。9歳から父と兄の影響でカヌーを始める。高校卒業後に単身、カヌー強豪国であるスロバキアへ渡り、以降同国を本拠に国際大会で活躍。2008年北京大会でオリンピック初出場。ロンドン大会で7位入賞、リオデジャネイロ大会では、カヌースラローム競技でアジア初となる銅メダルを獲得。2018年アジア大会で金メダル、2連覇を達成した。東京大会でさらなるメダル獲得を目指す。

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