野口啓代が直面した「人ごとではないつらい時期」 クライミング界を揺るがす危機への想い

2019年のIFSC クライミング・世界選手権、激闘の末に銀メダルを獲得し、スポーツクライミング界日本人第1号のオリンピック出場権を手にした野口啓代。自身のキャリア最後の舞台として選んだ2020年の東京五輪が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により延期となった。その影響はクライミング界にも大会の相次ぐ中止やジムの経営難など甚大な被害をもたらしている。そんなコロナ禍でもっとも負担を強いられている医療従事者への支援のため、オークションサイト『HATTRICK』を通じてチャリティー活動に参加することを決意。その思いについて語った。

(インタビュー・構成=篠幸彦、写真=窪田亮)

クライミング界が発信していくべきメッセージ

――野口選手は昨年からスポーツクライミング日本代表として支援プロジェクトやゴールドウインのチャリティー活動に参加されてきました。野口選手はどんな思いでチャリティー活動に取り組まれていますか?

野口:まずはこのコロナ禍において、いち早く社会全体が元通りになってほしいという思いがあります。それから私自身の話をすると、早くコロナが収束して(IFCSクライミング)ワールドカップやオリンピックが開催されるようになってほしいと思っています。そのために少しでも力になれるようにさまざまなチャリティー活動に参加させていただいています。

――昨年の10月末に日本代表でクラウドファンディングでの支援金募集活動をされていましたが、この話を聞いた時はどう思いました?

野口:クライミング界もチャリティー活動に積極的に参加をして、社会に対して貢献できるアクションやメッセージを発信していくべきだと思っていたので、すごくいい活動だと思いましたね。

――クライミング界においてコロナの影響というのはどう感じていますか?

野口:アスリートという立場では、ワールドカップや国内大会の延期や中止が大きな問題です。クライミング界全体では、自粛期間中にクライミングジムが休業を余儀なくされ、今でも時間短縮で営業しているジムはたくさんあります。そうした中でジムが閉店するという話はたくさん聞いているので、深刻な問題だと思っています。

――野口選手も付き合いのあるジムというのはたくさんあると思いますが、直接話を聞く機会などはありました?

野口:私の同世代の友人が何人もクライミングジムを経営しているので直に話を聞いてきました。自粛期間中の休業をどうするのか、持続化給付金がちゃんともらえるのか、そうした不安からくる精神的なストレスというのを聞いて、私にとっても人ごとではないのでつらい時期でしたね。

――クライミングジムの存在というのは、今の日本のレベルの高さを支えてきたものだと思います。友人としても現状はつらいと思いますが、競技者としてもジムが営業できなくなっていくというのは大きな影響がありますよね。

野口:クライミングジムがこれまで通り営業ができないと、選手としては練習環境が失われてしまいますし、クライミング界全体のエネルギーが失われてしまうと思います。今の感染拡大の状況ではイベントや大会を開催するのは難しいですし、競技をする場がないというのは日本のレベルにも大きな影響があると思いますね。

東京五輪使用モデルのチョークバッグと医療従事者支援への思い

――今回HATTRICKにチョークバッグを出品いただくということですが、このチョークバッグにはどんな思い入れがありますか?

野口:今回出品するチョークバッグは東京五輪の内定が決まった2019年の世界選手権・八王子大会で使用したものなので、とても思い入れのあるチョークバッグです。また、このチョークバッグは私のスポンサーでもある「PETZL(ペツル)」が初めて開発したボルダリング・チョークバッグでもあるので、そこも思い入れのあるポイントですね。

――チョークバッグはクライマーにとってはどんなアイテムなのでしょう? 大会ではチョークバッグに手を入れながら壁を見て考える時間も結構あると思いますが。

野口:チョークバッグはクライミングシューズほど「これでなければいけない」というものではありません。ただ、だからこそデザイン性であったり、機能性であったり、より自分の好みにあったものを使いたいと思うものですね。私が出品するチョークバッグはオレンジ色なのですが、これはペツルカラーでもあって、所属するTEAM auのカラーでもあるのですごく気に入っています。

――ボルダリングのチョークバッグはもともとペツルの商品ラインナップにはないところで、野口選手がリクエストして開発されたそうですね。

野口:そうなんです。ペツルはフランスが本国なのですが、その本国の開発の方にいろいろとリクエストやアドバイスをさせていただいて、商品開発の初期段階から携わらせていただきました。

――そのリクエストする際はどんな話をされたのですか?

野口:私はヤスリや爪切り、瞬間接着剤など、チョークバッグに入れて持ち歩きたいものがたくあるのですが、そうしたものをたっぷり入れられるようにバッグの両脇にポケットをつけてもらいました。あとバッグの口部分に磁石がついていて、丸めても絶対にチョークが漏れないような作りにもなっています。色やデザインも気に入っていますが、機能面も本当に使いやすくしてもらいました。

――東京五輪でも同じモデルのチョークバッグを使用する予定ですか?

野口:はい、そのつもりです。今回落札してくださる方とお揃いで使えると思うので、ぜひ使ってもらいたいですね。

――今回、医療従事者の方々へ寄付をされるということですが、年明けから都内の感染者数が連日に渡って2000人を超えるなど、より医療従事者への負担というのは大きくなっている状況です。最後に医療従事者の方々への思いを聞かせてください。

野口:私の周りには医療従事者の方がいないので、直接お話を聞く機会というのはありません。でもテレビの報道やSNS、ネットニュース等で日々コロナの状況を見聞きする中で、やはり今一番負担を強いられているのは医療従事者の方々だと思います。そうした方々に対して私自身なにか支援できればと思い、今回の寄付を医療従事者支援という形にさせていただきました。少しでも早いコロナ収束に向けて、私たちアスリートも継続的に支援をしていきたいと思っています。

<了>

“アスリートとスポーツの可能性を最大化する”というビジョンを掲げるデュアルキャリア株式会社が運営する「HTTRICK(ハットトリック)」と、アスリートの“リアル”を伝えることを使命としたメディア「REAL SPORTS(リアルスポーツ)」との連動企画として、【REAL SPORTS × HATTRICK チャリティーオークション】を開催。

PROFILE
野口啓代(のぐち・あきよ)
1989年5月30日生まれ、茨城県出身。TEAM au所属のプロフリークライマー。小学5年生の時に旅行先でフリークライミングに出会う。その翌年に行われた全日本ユース選手権で中高生を抑えて優勝するなど急速に成長。2008年ボルダリング ワールドカップで日本人初の優勝を果たし、翌2009年には年間総合優勝。その後も数々の国内外の大会で輝かしい成績を残し、2019年世界選手権で2位となり、東京五輪内定。メダル候補として活躍が期待されている。

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