「クラブの倉庫に眠っていたものがお金に替わる」元ガンバ大阪の起業家・嵜本晋輔が挑む“使命”

元Jリーガー社長、元ガンバ大阪の起業家としても知られ、いまやリユース業界の風雲児となった嵜本晋輔が、自身の「使命」と公言するアスリートのキャリア支援事業に乗り出した。Jリーガーとしての栄光をつかむことなく引退した自身の経験、その後つかんだ成功体験を踏まえた、アスリートの意識改革を促す仕組みとはどんなものなのか?

(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORTS編集部]、撮影=大木雄介)

マザーズ上場の元Jリーガー社長が挑むアスリートのためのオークション

2001年にガンバ大阪に入団。3シーズンで公式戦出場は4試合、2003年に戦力外通告を受けると、佐川急便大阪SCで1シーズンプレーした後22歳で現役引退。サッカーの世界では「客観的に見ても通用しなかった」と早期撤退を余儀なくされた若者は、家業のリサイクルショップから2007年にブランド買取業『なんぼや』を開業。2011年には株式会社SOU(現バリュエンスホールディングス株式会社)を設立し、買い取ったブランド品のオークションもスタート、起業から7年でマザーズ上場を果たした。

セカンドキャリアの成功例としてメディアに取り上げられることも多い嵜本晋輔が、自身の苦い経験を元に思い描くのは「アスリートの価値を最大化するためのプラットフォームづくり」だという。

――これまでも古巣であるガンバ大阪へのサポートや、スポーツ界への貢献を行っていましたが、2019年9月、その名も「デュアルキャリア株式会社」を設立し、現役アスリートのデュアルキャリアのサポートに本格的に乗り出しました。コロナ禍でアスリートが困っているということもあったのでしょうか?

嵜本:オリンピックの延期、プロスポーツリーグでも無観客試合が続き、これからどういう形でスポーツが移り変わっていくかという転換期であるのは間違いないと思います。僕自身がコロナ禍に何か協力できないかを考えて積極的に運営している事業の一つが、『HATTRICK』というオークションのビジネスです。

コロナ禍はスポーツ界にとって大きな危機ではありますが、緊急事態だからこそこれまでなかなか話を聞いていただけなかったリーグや競技団体、クラブがものすごく前のめりに話を聞いてくれたんです。デュアルキャリア株式会社としてのビジネスはコロナ禍が追い風になった事実はあるんですけど、ただ、僕たちが目指すのはオークション事業で収益を上げることだったり、デュアルキャリアで利益を追求することではないんです。

――オークション事業を通じてスポーツ界に変化を起こそうとしている?

嵜本:オークション事業で、止まってしまっているスポーツ界にいかに貢献できるか。イコールこの状況下でもアスリートの持続可能な状況をいかにつくれるかがテーマになっているんです。この視点でいろいろな競技団体やクラブに働きかけて、結果的にJリーグだけで約20クラブ、複数のプロ野球団、日本サッカー協会や全日本柔道連盟、日本陸上競技連盟だったり、そういうところとご縁をいただいて、働きかけから約半年ちょっとで約6000万円の売り上げをクラブや団体に還元することができました。

ただ本来は、そのお金が直接選手、人件費につながるのが理想なのですが、今はそこまで全部を把握できてはいない状況です。

――オークションの収益が、アスリート本人に還元されるのが理想というわけですね。

嵜本:とはいえ、微力ながら貢献できたという部分はあります。スポーツ界がこれまでの収益の柱であるチケット収入やグッズ収入、スポンサー収入の3本の柱から脱却して、新たな事業を創出する機会を提案できたのは、今後のスポーツ界にとっていいきっかけになったんじゃないかなと思っています。

スポーツ界に決定的に欠けていた「物の価値を再発見する視点」

――アスリートのサポートとして始まったHATTRICK事業が、オークション事業だったのは?

嵜本:僕がリユースや、オークションビジネスをやっていた、オークションビジネスを理解していたというのが大きいですね。そこに「×スポーツ」で何かできないかということを考えた時に、オークションの肝である「希少性と時価」はまさにスポーツにも転用できるんじゃないかと。

アスリートの希少なサインやグッズについては、転売の問題もいわれていますが、偽物が排除された公式専門のものを扱うプレーヤーが日本にいなかったので、われわれがそれをつくろうと考えました。本当に価値のあるものがあるのに、その中に偽物が紛れているような状況はアスリートにとってもクラブにとってもリスクでしかないと思っています。ちゃんと出どころの証明できる本物だけが流通するプラットフォームをつくることも僕たちの使命なんじゃないかなと思ってHATTRICKのオークション事業を始めました。

――お話にもあるように、サインの転売や偽造は大きな問題になっています。協会なりクラブと組んで公式のプラットフォームをつくることが大切ということですね。

嵜本:そうですね。そもそものところでいうと、協会やクラブ、アスリート本人でさえも、自分たちの提供するものの価値に気づいていなかったということがあると思います。オークションサイトで売買されていても、そのサインやグッズの価値を低く見積もっていて、そこに対して疑問を感じる人が少なかったんじゃないかと思います。

僕たちみたいなプレーヤーが出てきて、HATTRICKのような考え方が少しずつスタンダードになりはじめると、選手の価値が可視化されるようになっていきます。そうなると、オークションで気軽に玉石混交の状態で売買されているものに違和感にを感じてきて、公式のプラットフォームにリプレースされていくと思うんです。アスリートの価値が社会に還元され、協会やクラブ、そしてアスリートにも戻ってくる。僕たちはそういうプラットフォームを運営しているので、これから認知度が高まっていければ日本で唯一のプラットフォームになると個人的には思っています。

――アスリートやクラブがすでにある価値に気づいていないというのは面白いですね。たしかにオークションでは、定価や物の価値だけでなく希少性やストーリーといった付加価値によって対価が決まります。

嵜本:今まさにクラブの倉庫に眠っていたものがお金に替わるということが起きているんです。たった15分、20分のプロモーションのためだけにお金をかけてつくって、後は倉庫で眠っていたグッズは、結果的にはお金をかけて処分しようとしていました。それが、僕たちが介在することで収益に変わったというケースもどんどん出てきています。

ブランドリユースで培ったテクノロジーで偽物を排除

――そこでリユース事業で培った経験が生きていると。

嵜本:僕たちはこれまでブランドリユースのバイヤーとして、価値の低いとされていたものの新たな価値を見つけたり、リペアすることで価値を上げる、国内ではほとんど価値のないものでも海外では需要があって高値で売れるので価値を与えるという視点があったんです。

一方、スポーツ界はせっかく価値がありそうなものでも、価値をつけることを不得意としていた。僕たちが今やっているのは、単にオークションのプラットフォームを差し出して、これを使ってくださいという押し付け型ではなくて、このプラットフォームを使ってこういうことをしたら面白くないですか? 新しい価値が生まれませんか? という提案型、伴走型でやっています。企画力とプラットフォームが連動しているので、協会やクラブも一緒に取り組んでくれているんです。ここが僕たちの一番の強みだと思っています。

――偽物の排除という面でも、ブランドリユースで培った技術が生かせますよね。

嵜本:HATTRICKでは、アメリカのある会社の技術である、フィンガープリンティングという物体指紋認証という技術を用いて鑑定を行っています。例えばユニフォームなら画像解析情報と鑑定書をひも付けた上でオークションに出しています。出どころがわかるので追跡も可能だということになります。

――公式、公認、本物だけというコンセプトはわかりましたが、他のオークションプラットフォームでは、協会、クラブ公認というとチャリティーが多いですよね。HATTRICKでは、チャリティーの重要性も認めつつ、クラブや選手にお金が入る座組のオークションも行っています。

嵜本:正直なことを言えば、その価値を提供している選手、アスリートにきちんと還元されてほしいなというのが本音です。やっぱりクラブにもいろいろな事情があって、選手に還元されているクラブはほとんどない現状があるので、オークションだけでなく、より選手にフォーカスした新たなビジネスも模索しています。

持続可能なスポーツ界を構築するために必要な仕組みづくり

――新たなビジネスとは?

嵜本:現段階ですべてを公にはできないのですが、今春にはスポーツ専用のクラウドファンディングの事業もスタートすることが決まっています。すでにオークションに参加している業界や競技団体、クラブがこのサービスに対してすごく興味を示していますし、クラウドファンディングではアスリート個人の可能性を最大化しやすいと思っているので、こちらにも期待しています。

――ギフティングに近いクラウドファンディングはすでにあるので、ただのクラウドファンディングではなさそうですよね。

嵜本:今考えていることは、簡単にいえば、楽天さんが楽天市場をつくり上げた時に、「いいものをつくっているのに売り方がわからない」「価値のあるものを扱っているのに知ってもらう術がない」という機会損失を、楽天市場というプラットフォーム、仕組みを提供することによって業者にとっても消費者にとっても有益な場をつくったようなことなんです。アスリート自身が自分の本当の価値を多くの人に知ってもらって、最大化できるプラットフォームを構築中です。

――ビジネス感覚のあるアスリート、自分のプロデュースがうまいアスリートは放っておいても既存の仕組みを使って自分の価値を高められますが、誰でも使える仕組みがあれば恩恵はより大きくなりますね。

嵜本:アスリートが、一個人として、しかも現役時代からビジネスを立ち上げるのはなかなか難しいですよね。でも、そこに仕組みが提供できれば、それをうまく使いこなして現役中に多くのリターンが入るようになる。金銭的な対価だけでなく、人脈とかフォロワーも得られる。僕は、アスリートが現役中に稼がなければいけないのはむしろこっちなんじゃないかと思っているんです。

競技の世界だけでなく、社会と触れる接点を持つことが、ビジネス感覚を養う機会になったり、どうすればファンが増えて、ファンとどんなつながり方をすれば自分の今後のキャリアに役立つのか、お金の流れだけではないビジネス感覚が養われる一石二鳥型の今までにないモデルをつくり出せるんじゃないかと思っているんです。

――新たなプラットフォームができることで、アスリートやスポーツ界の可能性が広がっていくと。

嵜本:昨年、株式会社マネーフォワードさん、HALF TIME株式会社さんとデュアルキャリア株式会社の3社で、「Jクラブ スポンサーマッチングプロジェクト」というのを行ったんですよ。

このプロジェクトに参画したJリーグの27クラブ対して、21の企業からマッチング申し込みがあって、244のマッチングを創出したんですが、おもしろかったのが再生医療のセルソースという会社。多くの企業がクラブを活用してサポーターに商品を売っていきたいという意図だったんですけど、セルソースは、選手自身の血液から血小板を取り出して、培養してケガの治療や機能回復に使うという事業をやっているんです。スポンサーとしてお金も出すんだけど、セルソースは結果的にJリーグの3クラブにそのソリューションを提供するきっかけをつくれたんです。これって、新しいスポンサーのあり方なんじゃないかと思っていて、選手のケガが1カ月縮まることってお金以上の価値があるわけです。結果的に、これまでクラブとして損失だった部分が、選手生命が長引くことによってプラスの効果になるってすごいじゃないですか。

――選手がケガをしていたらクラブとしては不良債権を抱えるようなものですからね。PRP治療はメジャーリーガーの間では常識になっているような再生医療ですが、これが日本で、さまざまな競技に浸透するきっかけになるとしたらすごいことですよね。

嵜本:そうなんです。「スポーツの価値」にはいろいろあっていいと思いますし、企業の社会貢献やブランディングに貢献するというのも十分にペイするものだと思うんです。でも、スポンサー企業が数千万円払って、同じだけの実質的なリターンがあるかというと現状ではないんです。お金だけでなく、ソリューションを提供するというスポンサーのあり方は、少なくともクラブと企業がWin-Winになれる可能性があると思っています。

――社会貢献やイメージ戦略のためだけだと、コロナ禍で業績が厳しくなれば真っ先に打ち切られてしまうわけですからね。企業側のお金の出し方だけでなく、クラブや選手もスポンサードに見合う価値を提供していかなければ継続性はありませんよね。

嵜本:そうですね。選手自身も一人ひとりがクラブを経営しているというふうに思わないといけない。これからはクラブのPRはクラブがやるんじゃなくて、選手がやるというのが当たり前にならないといけないと思っています。インフルエンサーがトレンドをつくっている時代なのに、スポーツ界ではアスリートの持つポジティブな影響力を全くといっていいほど生かしていないんですよね。数パーセントの炎上リスクを恐れて、ファンやサポーターが本当に求めることをやっていない。

持続可能な経営という目線でいくと、アスリートがさまざまな分野での発信をすることで、スポーツを見る機会がなかった人、たまたま流れてきた投稿を目にして、その競技の魅力に気づく人、そういう「ちょっとおもしろそうかも」というきっかけをつくりだすのは、もうクラブじゃなくてアスリート、選手個人になっていくんだと思います。

現在、少子高齢化でどの競技も競技人口が減っているなかで、少年、少女が、プロスポーツ選手になりたいと言ったら両親が「やめておきなさい」と止めるような状況になっています。プロになっても夢がない。これだけスポーツを夢のないものにしてしまっている現状で、アスリート自身が新たなファンや競技人口につながるプレーヤーを創出するという視点に立たないと、スポーツ界は持続していかないとさえ思っています。

スポーツ、アスリートが、もっと夢を持って進める存在になれるように、僕も微力ながらその仕組みづくり、プラットフォームの提供を通じて貢献していければいいなと思っています。

<了>

“アスリートとスポーツの可能性を最大化する”というビジョンを掲げるデュアルキャリア株式会社が運営する「HTTRICK(ハットトリック)」と、アスリートの“リアル”を伝えることを使命としたメディア「REAL SPORTS(リアルスポーツ)」との連動企画として、【REAL SPORTS × HATTRICK チャリティーオークション】を開催。

PROFILE
嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)
1982年4月14日生まれ、大阪府出身。バリュエンスホールディングス株式会社 代表取締役社長。DUAL CAREER株式会社 代表取締役社長。関西大学第一高校卒業後、2001年にJリーグ・ガンバ大阪に入団。同時に関西大学に進学。2003年のシーズン後にガンバ大阪を退団。2004年にJFL・佐川急便大阪SCで1シーズンプレーした後、現役引退を表明。2007年に実兄2人と共にブランド品に特化したリユース事業「MKSコーポレーション」を立ち上げる。同年にブランド買取専門店「なんぼや」をオープン。2人の実兄が洋菓子店事業に進出したため、2011年株式会社SOU(現バリュエンスホールディングス株式会社)を設立。2018年に東証マザーズ新規上場。2019年9月にはFAN AND株式会社(現DUAL CAREER株式会社)を設立。現在はサポートや寄付等を目的としたオークション「HATTRICK」をはじめ、アスリートたちのデュアルキャリアを支える取り組みを進めている。著書に『戦力外Jリーガー経営で勝ちにいく 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』(KADOKAWA)がある。

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