銀行窓口で「夫の死を願っている自分に気づいた」 離婚に踏み切らない妻の“狙い”とは?

「夫に死んでほしい」と本気で考える妻たちとそれに気づかない夫(タカス / PIXTA)

「旦那デスノート」という言葉を知っていますか? 夫の生活態度に不満を持つ妻たちが、この言葉をハッシュタグとして用いSNS上に日々の愚痴を投稿しています。夫の死を願う直接的な言葉にたじろぐ人もいるのではないでしょうか。「そんなものを書くくらいなら、さっさと離婚したらいいのに」と冷笑する人もいるかもしれません。

しかし、それぞれに離婚したくても踏み切れない事情もあります。「そんな中で『夫が死んでくれれば問題が解決する』と思う人がいることは、決して特別レアなケースではない」と説明するのは、働く女性などへの取材を続けるジャーナリストの小林美希さんです。

この記事では、七瀬美幸さん(仮名、38歳)を通して、妻の目線から夫婦関係を見ていきます。産休から、ついに職場復帰した美幸さんに待っていた「保育園の洗礼」。子どもに関する保育士からの連絡は必ず母親宛て…なぜ、「父親」ではないのか腑に落ちません。(連載第1回はこちら

※この記事は小林未希さんの書籍『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

“父親が知らない”保育園からの電話

生後半年くらいして離乳食を始める頃、また美幸さんのイライラと夫に殺意を感じる回数が増えていった。

子どもは、親のお皿にある食べ物に興味をもち、食べようとする。そのため美幸さんは、離乳食に近い薄味の料理を食べていた。一緒に食卓を囲んでいれば、当然子どもは夫の皿にも手を出そうとするが、そんなことはお構いなし。ナポリタンやグラタンを食べればタバスコ、カルボナーラにはコショウ、うどんには唐辛子。そういう時も、「あんたって奴は」と怒り心頭だ。

美幸さんの空想の世界では既に何度も殺人事件が起きている。ただ、これらは「夫に死んでほしい」と思う序章にすぎなかった。

育児休業が終わり、職場復帰すると保育園の洗礼が待っていた。初めて保育園に預けられると、慣れない環境に体調を崩しやすくなる子どもが多く、半年くらいは急な発熱や感染症を覚悟しなければならない。

梅雨時から夏にかけてはアデノウイルス感染症(プール熱)、手足口病、ヘルパンギーナ、秋口から冬にかけてはRSウイルス、インフルエンザ、ノロウイルスと、数えればきりがない。感染症ごとに登園してはいけない日数が設けられているため、その期間は当然、親も会社を休まなければならない。

子どもは保育園に通い始めると体調不良やケガが増える(foly / PIXTA)

4月、美幸さんの子どもも登園して3日目に38度の熱を出してしまった。なんの話し合いをするでもなく、夫は「あとはよろしく」と当然のように出社し、美幸さんが会社を休んで子どもを小児科に連れていった。それも、復帰後まもなく仕事も本格始動していないからやむなしとのみ込んだ。

美幸さんの子どもは保育園になかなか慣れず、送っていっても「ママー」と号泣して離れない。美幸さんが会社の育児短時間勤務の制度を利用して、1日の労働時間の下限となる6時間勤務に切り替え、午後4時半に退社してお迎えに行くようにした。

毎日が終電帰りだった独身時代とはまるで違う生活。まだ明るいうちにデスクを離れて帰宅することに罪悪感さえ覚えたが、お迎えに行くと子どもは「ママー!」と満面の笑みで走って抱き着いてくる。「まだ1歳になるかならないか。可愛い盛りだし」と、仕事との狭間で複雑な思いを抱えた。

仕事があること、そしてそもそも親であることでは、母親も父親も同じ。それなのに、母親だけ、女性だけに育児がのしかかる。

保育園で熱が出たといっては当然のように、まず最初に母親の美幸さんに電話がかかってくる。保育士はなぜ、父親に連絡しないのか。保育園からの電話に慌てる気持ちが、父親には分からないままとなる。

一方で、「子育てのほとんどすべてを母親である私が担っているのに、役所の保育課からの書類はすべて父親の名前で来る」と、封書の宛先を見るだけで不満が募る。

役所からの書類は父親宛なのに…(hirost / PIXTA)

子どもに何かあればすべて美幸さんが仕事を調整し、定期健診などもすべて美幸さんが連れていく。夫はすっかり、子どものことはすべて妻任せと化した。美幸さんの始業時間が早い時などは、たまに夫が保育園に送っていくが、それだけでイクメン気取りだ。保育園でも、父親が送り迎えするケースは増えてはいるが、まだまだ母親の役割だ。

保育園は「お迎え」してナンボ

前に触れた社人研の「第5回全国家庭動向調査」では、夫と妻の家事や育児の分担についてまとめている。

妻の1日の家事時間の平均は、平日280分、休日298分。家事分担の割合では、妻が85.1%にも上る。妻の年齢別に見ると、家事分担の割合が100%という夫婦も決して少なくない。29歳以下で10.7%、30〜39歳で17.1%、40〜49歳で23.8%、50〜59歳で23.5%もあるのだ。妻の家事分担の割合が90〜99%が最も多く、どの年齢層も4割前後を占めている。

週1〜2回以上夫がする家事といえば、「ゴミ出し」(40.6%)と「日常の買い物」(36.6%)だ。同調査によれば、育児分担の割合は、妻が79.8%、夫が20.2%となり、その内容にも大差がある。週1〜2回以上育児を遂行した夫の割合で、最多は「遊び相手をする」(87.5%)で、次いで「風呂に入れる」(82.1%)と、いわば“おいしいところ”を持っていっているだけで、最も少ないのが「保育園などの送り迎え」(28.4%)だった。

こうした現状に、美幸さんも憤りが抑えられない。

「時間が決まっている送りは誰だってできる。なんとか効率良く仕事して残業しないで帰り、子どもをお迎えに行ってナンボじゃないのか」と、送りだけしている他の父親たちを見るだけでも納得いかなくなる。

美幸さんが夫に、「お友達のパパはお迎えだって来ているよ」と不満を漏らすと、「なんの仕事をしてるんだろうね。暇なのかね」と偉そうな口ぶり。ここでも、「もう、あんた死んでくれ」と思ってしまう自分に気づく。

いけない、いけない。こんな人でも人手は必要。我慢、我慢。と自分に言い聞かせるしかない。

住宅購入という転機

もはや夫は完全に異性ではなくなった。ただ、どうしても2人目が欲しい美幸さんは考えた。

「子持ちで今さら離婚したところで、再婚して子どもを作るなんて無理。とにかく、今の夫と2人目を作るしかない」

なんとか夫婦生活に持ち込んで、2人目を妊娠。これで欲しいものは手に入った。いつ離婚してもいいかと思ったが、まだまだ手のかかる息子を見ながらの生活は1人では送れない。ましてや、娘が生まれると、2人の子育ては想像以上に目まぐるしい毎日となった。

妹ができて息子はジェラシーを感じている様子で、ますますママっ子になっていく。美幸さんがトイレに行く時でさえ、片時も離れずついてくる。何をするにもママ。妹の授乳をすれば、息子もおっぱいに吸い付く。息子がべったりの時は夫に娘を見てもらわないことには、気が狂いそうだ。しかし肝心の夫は、世話をするのが面倒なのか「ママがいいよねっ」とニコニコしながら子どもに同意を求めて美幸さんに押し付ける。

母親に“自分の時間”はない(yamasan / PIXTA)

最近、何回温かいままのご飯やみそ汁を食べられただろうか。息子に「あーん」次は娘に「あーん」と、まるで親ツバメが子ツバメに、次々に食べ物を運んで口に入れているようで、自分のことは二の次、三の次。まともにご飯を食べた記憶がない。

ああ、焼き魚なんて骨をいちいち取っていられないから食べられないけど、食べたいなぁ。ああ、ゆっくり嚙んで玄米ご飯でも食べたい。30分でいいから、1人になって何も考えずにいたい。新聞をゆっくり読みたい。ゆっくり湯船につかって1日の疲れをとりたい。子どもを見ながらシャカシャカ、ジャーッと慌てて髪を洗うのではなく、普通に髪を洗いたい。髪も切りに行きたい。熱い入れたてのコーヒーが飲みたいけど、子どもにかかるとあぶないから無理だ――。

しかし、このすべてを夫はいとも簡単にしているではないか。

夫が40代半ばとなり、住宅ローンを組めなくなるといけないからマンションを購入した。その時、本気で思った。

「団体信用生命保険って、死亡するとローンの返済がなくなって、離婚するより得だ」

銀行で説明を聞いているうちに、夫の死を願っている自分に気づいた。

ファイナンシャルプランナーも、「ご主人の前では言えませんが、早く亡くなるかもしれませんし、その時のために、ローンはなるべく多く、なるべく長期間の返済にしておいたほうがお得ですよ」と囁く。もちろん営業トークだろう。けれど、「なるほどねー!」と気分が明るくなっていく。

日常の些細なことかもしれないが、夫婦の温度差は計り知れないほど大きく、それが積もり積もると、夫に死んでほしいと妻が本気で考えるようになるのだ。

(了)

© 弁護士JP株式会社