性被害の多くはエントラップメント型 多くの被害者が相談できない 元アイドルの平松まゆき弁護士

故ジャニー喜多川前社長による性加害について多数の元ジャニーズJr.が被害を訴えている。性被害事実を他者に相談することの難しさや法的な問題点などについて、かつて歌手デビューも果たした平松まゆき弁護士に解説してもらった。

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ジャニーズ事務所の性加害問題が社会に衝撃を与えました。

弁護士になった今、性被害のご相談を受けることも多くあります。そこで今回は、性被害の実態や、救済ツールの存在等についてお話したいと思います。

私が司法試験に合格した際、検察庁での修習で性犯罪に関するビデオレクチャーを受けました。そのときの講師が、今回ジャニーズ問題再発防止チームの一員で記者会見の檀上にいた、齋藤梓さん(上智大総合人間科学部心理学科准教授)でした。いまから引用することは、修習時代の記憶によるところが多く、正確な引用にならないかもしれませんが、印象的だったいくつかの解説についてお話します。

第一に、齋藤さんによれば性被害を分類すると、突然見知らぬ人に襲われる類型、薬物や酒を使う類型、デートレイプ類型等がありますが、性被害の大半は立場や地位を利用した顔見知りによるエントラップメント(罠)型だといいます。今回のジャニーズ性加害問題も、まさにこのエントラップメント型です。このエントラップメント型は学校、塾、会社等で発生しますので、極めて日常的で身近な犯罪だと言っていいと思います。

しかしながら多くの場合、被害者は警察に相談しない(できない)ので、発生件数等の実態は正確につかめないということでした。これには性被害の救済ツールや社会的インフラが整っていない現実も原因していると思います。実際、私のところにも、かなり時間がたってから性被害を相談に来る方が多いのですが、すでに時効にかかってしまっているケースもあります。近年の法改正で公訴時効は延長されましたが、殺人事件の時効が撤廃されたように、性犯罪についても時効を撤廃すべきというのが私の個人的な見解です。

また、数は多くはないけれども、すぐに相談できるNPOや行政窓口は存在します。そこにはトラウマケアに詳しい臨床心理士やカウンセラー等の専門家がいて、決して無理強いすることなくじっくり被害者に寄り添って話を聞き、場合によっては弁護士等につないでくれます。法律事務所の敷居が高い場合は同行・同席もしてくれます。しかしながらこうした社会的資源についての周知は明らかに足りていません。だからこそ救済が遅れてしまいます。

第二に、齋藤さんの、「男性よりもむしろ女性のほうが、被害女性に対して厳しい反応を見せる」という解説が大変印象に残っています。先日のDJ SODAさんへの批判もそうですが、「誤解されてもおかしくない行動があったのではないか」「そんな服を着ていたからだ」「抵抗できたはずだ」といったことを、ときどき耳にします。この点について、斎藤さんによれば、これは人間が持つ一種の防御反応だそうで、自分には決して被害は起こらないという安心感を得るために、本能的に自分と切り離そうとする心的メカニズムが発動しているのだそうです。このことを知っていれば、被害者を漫然と批判することなく、一回立ち止まって自分自身の心理状態をかえりみることが出来るのではないでしょうか。心無い批判も被害の申告を遅らせてしまうのです。

最後に、北公次さん(フォーリーブス)が告発を行ってから実に34年の時が経とうとしていますが、メディアは沈黙してきました。私自身、12歳から20歳まで芸能界に身を置いた中で、ジャニーズ事務所の噂を聞かされたことはありません。その間、どれだけの被害者を生んでしまったのか。芸能界やメディアの責任のみならず、被害者の声を聞ける構造になっていない社会全体の責任も重いと考えます。

◆平松まゆき 弁護士。大分県別府市出身。12歳のころ「東ハトオールレーズンプリンセスコンテスト」でグランプリを獲得し芸能界入り。17歳の時に「たかが恋よされど恋ね」で歌手デビュー。「世界ふしぎ発見!」のエンディング曲に。20歳で立教大学に入学。芸能活動をやめる。卒業後は一般企業に就職。名古屋大学法科大学院入学。15年司法試験合格。17年大分市で平松法律事務所開設。ハンセン病元患者家族国家賠償訴訟の原告弁護団の1人。

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