<金口木舌>獏さんは泣いている

 きょうで生誕120年を迎えた詩人の山之口貘さんに「鮪(まぐろ)と鰯(いわし)」という作品がある。米国の水爆実験でマグロ漁船第五福竜丸が被爆した1954年のビキニ事件を題材とした

▼貘さんは「鮪は原爆を憎み/水爆にはまた脅かされて/腹立ちまぎれに現代を生きているのだ」と魚の気持ちを代弁する。マグロを捨てた漁民の失意を伝える「マグロ塚」が東京に建った

▼太平洋の魚は安心して泳いでいるだろうか。先月24日、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出が始まった。中国は反発し、日本の海産物を全面禁輸した。騒動の中、今も心に残るのは「科学的な安全は一定程度理解できた」が「社会的な安心は違う」という坂本雅信全漁連会長の言葉

▼海に放たれた水は思わぬ反応を起こした。「日本の魚を食べて中国に勝とう」という意見広告が全国紙に載った。ナショナリズムを際立たせる効果があるらしい

▼マグロを哀れんだ詩人が他界して、今年で60年。騒動をあの世から見下ろす貘さんは何を思うだろう。きっと怒っている、泣いている。

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