『死神の骨をしゃぶれ』ほかナイス邦題の宝庫! イタリア産“命がけ”ジャンル映画「ユーロクライム」を徹底解説

『死神の骨をしゃぶれ』©1974 / STUDIOCANAL

60年代西部劇の衰退と「ユーロクライム」の隆盛

イタリアのジャンル映画といえば、マカロニウェスタンやイタリアンホラーなどが思いつくだろう。イタリアの娯楽映画の世界では、ハリウッド等で流行ったものをいち早くパクり、ガンガン同ジャンルの映画を作って儲けよう、という独自のビジネス・スタイルがあった。

『スパルタカス』(1960年)や『ベン・ハー』(1959年)などが流行った頃には剣闘士やヘラクレスなど、肌も露わな男たちが活躍する“サンダルもの”(剣闘士の履くサンダルから名付けられた)、『007』が流行れば『黄金の眼』(1967年)などのスパイもの、そしてセルジオ・レオーネが『荒野の用心棒』(1964年)でクリント・イーストウッドを起用して巻き起こしたマカロニウェスタンブーム……と、そのときの時流に乗っていこうという興行師的な発想で、イタリア映画界は動いていたのである。

ベトナム戦争などの影響で痛快なアクションを撮れなくなったアメリカ産西部劇に取って代わり、「客が観たいのは撃ち合いと暴力だろ」とばかりに見せ物根性全開のマカロニの勢い。これはイタリア産ジャンル映画すべてに共通する要素かもしれない。「ブームが終わる前に撮って急いで儲けろ! “早い・安い・美味い”を目指せ!!」というテイストだ。そのブームに続いたのが、70年代を中心に流行したイタリアン・クライムアクション。昨今は「ユーロクライム」と呼ばれるジャンルである。

ユーロクライムは「ポリチェスキ」、イタリア語で「犯罪もの、警察とギャングの映画」と呼ばれる、イタリアを中心にしたクライムアクション映画の総称。西部劇の人気が衰退していくのに取って代わるように、都市部での犯罪ものに移行していった。70年代以前にも、ヨーロッパではアラン・ドロンの『サムライ』(1967年)などのギャングものは存在していたが、それはどちらかというとフィルムノワールの流れだった。

ハリウッドでの『ブリット』(1968年)、『フレンチ・コネクション』(1971年)、『ダーティハリー』(1971年)、『ゴッドファーザー』(1972年)のヒットが、70年代ユーロクライムの流れの大きな源になっていく。これらの大ヒット映画たちをヒントに制作された『黒い警察』(1971年)、『イタリアン・コネクション』(1973年)、そして『死神の骨をしゃぶれ』(1973年)が大ヒットしたことによって、ユーロクライムが隆盛していくのだ。

超ハードな実録アクション『死神の骨をしゃぶれ』

『死神の骨をしゃぶれ』は、マルセイユ~ジェノバ間の麻薬ルートを追うベルリ警部を主人公に、組織の手によって証人や手がかりを次々と殺されながらも喰らいつき、巨悪に迫っていくが、危険は彼の周囲、妻子にも向かうのであった……という物語である。

ベルリ警部を演じるのは『続・荒野の用心棒』(1966年)などでおなじみのイタリアの国際的スター、フランコ・ネロ。体当たりで演じるハードアクションはもちろん、目的のためには手段を選ばぬ男を演じながらも、危険にさらされる妻子への情愛や組織への怒りなど、それまでのミステリアスで寡黙なキャラとは対象的な感情を爆発させる演技は、この作品あたりから開眼したといえるだろう。

ゴルフ場に乗り入れたオートバイがとことん犠牲者を追いつめるチェイスシーン、街中でも警察官をはね飛ばす激しいカーチェイス、港での荷揚げ用の鉤フックを用いた緊迫感あふれる格闘シーンと、ちょっと他の国ではお目にかかれないようなハードなアクションが展開する本作。イタリアに流入するフランスからの麻薬ルート……と、モロに『フレンチ・コネクション』をベースにしている。

冒頭の疾走するチェイスシーンがそっくりなだけでなく、『フレンチ~』で仏麻薬組織のボスを演じていたフェルナンド・レイを招聘し引退した老ギャング役として出演させるなど、その影響は濃厚だ。監督のエンツォ・G・カステラッリは『ブリット』からも多大な影響を受けたと語っている。また、極左組織を捜査していた警察官ルイジ・カラブレッリが殺害された1972年の事件がベースになっており、「実録路線」の映画でもあるのだ。

グイド&マウリツィオ・デ・アンジェリスの手がけるメインテーマは、ポリスアクションならこれ! と言わんばかりの大名曲であり、それが証拠に、この後多くのユーロクライムの予告に使い回されているほど。車がぶち壊れまくるカーアクション、スローモーを多用した大迫力の銃撃戦、当時問題になっていた社会問題を元にしたリアリティ……。これぞマカロニ・アクション! ユーロクライムで1本と言われたらこれ! と言える作品だ。

『死神の骨をしゃぶれ』もカッコいい邦題ベスト10に入る名タイトルだが、ユーロクライムには『暴走ひったくり750』(1976年)など、タイトルだけで観たくなるイカす邦題が目白押し。『タフガイ・殺人ボクサー』(1971年)、『みな殺しの詩・ゴッドマザー』(1973年)、『殺戮スコープ/凄絶!!眼球貫通男』(1976年)なども、『死神~』に匹敵するナイス邦題である。

スタントなしで実弾発射!? 出稼ぎハリウッド俳優たちを驚かせた撮影方法

70年代当時のイタリアは治安が悪化し暴力が蔓延、「赤い旅団」などの過激派グループによるテロも多く、政治も混乱していた。治安維持のためマシンガンを持った国家治安警察隊(カラビニエリ)がそこかしこに立っている、そんな時代にユーロクライムは合致していた。

ハリー(『ダーティハリー』)やポパイ(『フレンチ・コネクション』)のような一匹狼が悪や組織、腐敗した権力に立ち向かう――これがイタリアの観客に熱狂的に支持された。今までのジャンル映画が架空の世界を主な舞台にしていたのに対し、ユーロクライムは世相などの実際の要素を入れ込んだ実録路線だったのも特徴だ。

イーストウッドがマカロニウェスタンに出てブレイクしたように、ジョン・カサヴェテス、ユル・ブリンナー、ヘンリー・シルヴァ、テリー・サヴァラスなど、出稼ぎでユーロクライムに進出したハリウッド俳優たちも多数いる。『フレンチ~』に出ていたトニー・ロー・ビアンコ、『ゴッドファーザー』のリチャード・コンテなど、本家の役者もユーロクライムに出演している。そんな彼らを驚かせたのがイタリア独自の撮影方法だ。

当時のイタリアはTVのチャンネルが少なく誰もが映画館に行っていたので、そのニーズを満たすために映画は早撮りが常だった。予算は足りないしスケジュールにも余裕はないため基本アフレコであり、周囲がうるさくてもセリフをトチっても、そのまま撮影を続行。これはハリウッド出身の役者には衝撃だっただろう。セリフよりも画のインパクトを重視する作りになってくるのだ。

また、ユーロクライムでは役者自身がスタントに任せずに車を運転してカーチェイスをし、ボンネットを飛び移ったり、ビルの上を飛び越えるなどの無茶なスタントをやっていた。これはフランスのジャン・ポール・ベルモンドが『カトマンズの男』(1965年)などで危険なアクションにノンスタントで次々と挑戦していたことが、イタリア映画人のライバル心をかき立てたからではないだろうか。

街中の撮影も基本ゲリラ撮影、チェイスシーンでは本物のパトカーに追われ、事故シーンで本物だと思って救出に来た通行人が映り込んでNG! とかはザラであった。さらに、金のかかる弾着(弾丸が当たった表現をする装置)を省くために銃撃戦では実弾を発射した……など、驚くほど危険きわまりない現場だったことが伺える。

ユーロクライムを支えたスタントコーディネイター、レミー・ジュリアンはのちに『007/ユア・アイズ・オンリー』(1981年)から、『007』シリーズのスタントに出世する。ユーロクライムは世界一のスタントチームに認められるほどのアクションを繰り広げていたのだ。

荒唐無稽な拷問・残酷シーンの数々は「本当にあった」(※マフィア談)

イタリアと言えば『ゴッドファーザー』などでも知られるように、マフィア発祥の地である。ゆえにナポリのカモッラ、シチリアのコーザノストラなど、リアルな犯罪組織が跋扈する都市で撮影する危険もあった。プロデューサーが誘拐されたり、マフィアの構成員だった役者が撮影中に抗争で死んだり、シャレにならない緊張感のある現場が多く、路上ロケでも地回りにショバ代を請求されたりと、危険の連続であったそうである。

「赤い旅団」による元首相アルド・モーロの誘拐監禁、殺害という悲劇的事件、同時期に台頭してきたネオナチ、深刻な少年犯罪、身代金目当ての富裕層の子ども誘拐……そんな世相で作られたユーロクライムの作品群。次第に暴力描写は過激になり、ジェット機のエンジンに放り込んだり、ボーリングのレーンに縛り付けた男をピンに見立てボーリングの球で拷問など、残酷シーンも見せ場になっていった。処刑前に相手に放尿して侮辱したり、性器を切除するなど、時に荒唐無稽にも思えるものも入っているが、これはマフィアの本場ならではで、本職の拷問のリアリティがノウハウとして入っているため、「結構本当にあった」ものだったそうだ。

『サンゲリア』(1979年)などでイタリアン・ホラーの巨匠となるルチオ・フルチも、『野獣死すべし』(1980年)なるユーロクライムを撮っている。こちらも銃口を口に突っ込んで頭を吹き飛ばしたりと、のちのフルチらしい描写が連発するが、イタホラの残虐描写もユーロクライムの流れにある、と言えるかもしれない。

このあたりのユーロクライムのワイルドな制作現場については、日本でもリリース/配信されている『ユーロクライム! 70年代イタリア犯罪アクション映画の世界』(2018年)に詳しい。フランコ・ネロなど関係者の証言から、その頃の秘話や熱気が浮き彫りになってくる力作ドキュメンタリーである。また、ブルーレイ版の特典として当時のユーロクライムの予告編が大量に収録されている。これは入門編として最適であるし、超お買い得だ。

ハリウッドよりも早かった!?『ランボー』映画化

やがてイタリア国内ではTV放送が増え、映画産業自体が衰退していく。この後に続くイタリアン・ホラーブームも、どちらかというと80年代に到来するビデオブームを含んだものになっているのだ。その後も“『インディージョーンズ』的”、“『マッドマックス』的”といったイタリア独特のインスパイア系映画ビジネスは続いていくが、次第に映画館でかかるのは人気TVドラマの映画版ばかりという、まるでどこぞの国の映画業界のようになっていく。

しかし、パクリや便乗だけではなく、ユーロクライムが他に先駆けていたものも確かにあった。チャールズ・ブロンソンが1人で悪をなぎ倒す『バトルガンM-16』(1989年)などの映画群を形作ったのは、彼が愛妻ジル・アイアランドと共演し殺し屋を演じた『狼の挽歌』(1970年)が端緒であろう。ユーロクライムはブロンソンのイメージ形成にも一役買っていたのだ。

それだけでなく、ハリウッドの大ヒットアクション映画の先駆け的作品も生んでいる。近年は『トラフィック』(2000年)などにも出演していたマカロニ大スター、トーマス・ミリアンの『Syndicate Sadists』(1975年:原題)は、ミリアン演じる型破りな元警官が、殺された友人の復讐のために2つの犯罪組織に戦いを挑む……という内容だが、実はこれ、有名なアクション映画を先取りしている。

この映画は、トーマス・ミリアンがイタリア~アメリカ間の飛行機内で読んだ小説が原案。それがデヴィッド・マレル著「一人だけの軍隊」(1972年)である。……そう、ご存じ『ランボー』(1982年)の原作だ。あのスタローンの代表作より7年も前に、ユーロクライムが手をつけていたのである。

早速この小説を原作に映画製作を初めたミリアンだが、田舎でのアクションが主体の物語に対し、当時のユーロクライムが都市犯罪ものを中心にしていたため、完成した作品はどちらかというと『ダーティハリー』などの影響を受けた作品となっている。しかし、アーミージャケットを来た主人公の名前がランボー(!)であったり、街中のバイク暴走シーンなど、『ランボー』的な痕跡は至るところに残っている。

もし、ここでイタリアが本格的に『ランボー』を映画化し、ワンマンアーミーものに舵を切っていたら……などと考えずにはおれない。まぁ、のちに『ランボー』が流行ったときにはイタリアはそんなこともすっかり忘れ、『ランボー』インスパイア系の制作に取りかかるのだが……。

例えば、ヘンリー・シルヴァ主演の怪盗・殺し屋アクション『Killer contro killers』(1985年:原題)のパッケージは、作中には登場しない筋骨隆々・上半身裸のマシンガン男になっていたりと早速ランボーに便乗しているが、これもまた味である。

スタローンつながりで言えば『コブラ』(1986年)に便乗し、黒人アクションスターのフレッド・ウィリアムソン主演で『ブラック・コブラ』(1987年)なるインスパイア系作品も作り上げている。物語は『コブラ』で、主人公は『ダーティハリー』、敵役はシュワルツェネッガー風味と、これぞマカロニ魂な作品である(しかも4作目までシリーズ化している!)。

タランティーノだけじゃない! 引き継がれるユーロクライム&マカロニ魂

今やウエスタン的な要素として引用、想起されるのは本流のアメリカ産西部劇ではなく、血と硝煙と暴力にまみれたマカロニウェスタンの方であるように、マカロニ魂は今も至る所に影響を与えている。ユーロクライムも近年、ブルーレイ/DVDのリリースによる再評価、またエンニオ・モリコーネなどの巨匠からゴブリンなどのロックバンドを起用した印象的サウンドトラックも人気を集めており、再評価の波が存在している。

腐敗した権力構造の中で、ギャングと刑務所の看守が奇妙な友情を育んでいく『非情の標的』(1973年)、消失した大金の行方を巡るギャングたちの駆け引きや非情さを描いた『ミラノカリブロ9』(1972年)などの、忘れがたい名作の再評価もされている。

また、クエンティン・タランティーノ監督の後押しは大きいだろう。彼は常々、マカロニウェスタンだけでなくユーロクライム愛も全開で、『ミラノ~』などの監督フェルナンド・ディ・レオのファンを公言している。

タランティーノは自作でもたびたびユーロクライムへの愛を表明しており、『ジャッキー・ブラウン』(1997年)でロバート・デ・ニーロとブリジット・フォンダが見ているTVでは、『ルートヴィヒ/神々の黄昏』(1972年)などで知られるヘルムート・バーガーが凶暴な殺人犯を演じたユーロクライム『La belva col mitra』(1977年:原題)が放送されている。こんなマイナーな作品をぶち込むほど、タランティーノはユーロクライムへ入れ込んでいるのだ。

それだけではない。『イングロリアス・バスターズ』(2009年)では、イーライ・ロス演じるドニーがナチに名乗る偽名が「アントニオ・マルゲリーティ」だった。これは、ベトナム帰還兵が食人鬼になって帰ってくる『地獄の謝肉祭』(1980年)や、ユーロクライム作品『ユル・ブリンナーの殺人ライセンス』(1976年)などで知られるイタリア・ジャンル映画界の巨匠、アンソニー・M・ドーソンの別名(本名)である。

なぜ、そこでその名前をわざわざ使う必要があったのか。そしてもちろん、『イングロリアス・バスターズ』というタイトル自体が、『死神~』の監督、カステラッリによる戦争アクション『地獄のバスターズ』(1976年)から来ていることも言っておきたい。

このように、随所にタラのイタリア・ジャンル映画に対する深い愛情を感じることが出来るが、ということは、やはり『デスプルーフ in グラインドハウス』(2007年)のハイスピード・カーチェイスなクライマックスも、間違いなくユーロクライム印なのだ、と言えるだろう。

そこまで影響を受けるほど、ユーロクライムは何度もタイトルを変えてグラインドハウス映画館にかけられ、足繁く通っていたタラ少年に衝撃と影響を与えたのだろう。そして間接的にではあっても、我々もイタリア・ジャンル映画の影響を受けているのだと言える。

また、その影響は他の作り手にも及んでいる。今のご時世にあえてCGに頼らない本格カースタントを街中でやりたい、そんな時にユーロクライムなどの(それは東映でも、何でもそうであるが)、ジャンル映画の魂が息づいているはずだ。そこにはハンデをアイデアと情熱ではねのけ、面白いものを作ってやろう、という「ユーロクライム魂」が間違いなく受け継がれている。筆者はそんな作品を、これからももっと見てみたいと強く思う。

文:多田遠志

『死神の骨をしゃぶれ[4Kレストア版]』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年9月放送

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