インボイス反対派を完全論破!|デービッド・アトキンソン 10月から開始されるインボイス制度。反対論が喧しいが、なぜ、子供からお年寄りまで払っている消費税を、売上1000万円以下の事業者というだけで、免除されるのか。まったく道理が通らない!

インボイス賛成の理由

十月からインボイス制度が導入されます。私はインボイス制度に賛成です。人口が減少しているのに、高齢者が増えて年金と医療費などの負担が重くなっているなかで、低所得者も子供も高齢者も払っている消費税を、所得が少ないなどという理由で優遇することはありません。企業経営者も当然、優遇されることなく、消費税を納税するべきです。

私が社長を務める小西美術工藝社も、一人親方や資材業者など、多くの個人事業主と仕事をしているため無関係ではありません。

インボイス制度とは簡単に言えば、これまで消費税の納税が免除されていた年間売上一千万円以下の企業間取引をしている事業者に対して、しっかり納税してもらうための制度。

たとえば、小西美術が資材業者から資材を購入したとしましょう。その際、資材業者には資材代+消費税を支払います。これまでは、年間売上1000万円以下の事業者であれば、小西美術が支払った消費税は納税しなくてもよかったのです。しかし、インボイス制度導入後は、納税しなくてはなりません。

小西美術のような課税事業者は、決算の際、仕入税額控除を行います。仕入税額控除とは、消費税の二重課税を解消するため、課税事業者が納税すべき消費税を計算する際に、売上にかかる消費税から、仕入れにかかった消費税を差し引いて計算することができる制度です。

インボイス制度導入後は、インボイス(適格請求書)を発行している事業者との取引でないと、仕入税額控除は使えません。インボイスを発行するためには、これまで免税対象だった売上1000万円以下の事業者も、税務署で登録申請して「課税事業者」になる必要があります。

インボイスを発行しなければ免税事業者のままでいられますが、取引先は仕入税額控除を使えなくなるため、損をします。課税事業者は、インボイスを発行している事業者と取引するようになるでしょう。

フリーランスは弱者なのか

私からすれば、これまで売上1000万円以下というだけで免税されてきたことが不思議で、それが是正されるのなら結構なことだと思っています。

しかしいま、このインボイス制度に対する批判が高まっている。月刊『Hanada』2023年9月号では、ジャーナリストの笹井恵里子氏がフリーランスで活動する人々の声を取材し、批判記事を書きました。

しかし、インボイス反対派の主張をいくら読んでも、まったく説得力がありません。笹井氏の記事にしてもそうですが、反対している人たちは一様に「インボイスは弱者いじめだ」という論調です。はたして、彼らは本当に弱者なのでしょうか。

インボイス制度に反対している人の多くがフリーランスですが、一人とはいえ一国一城の主、社長なわけです。BtoB、つまり企業間でビジネスをしている人が「弱者」と言われているのには、違和感しかありません。

先述したように、消費税は子供から年金暮らしのお年寄り、障がい者、生活保護受給者までまんべんなく払っています。それがなぜ、売上1000万円以下のフリーランスに限って、納税を免除されるのか。フリーランスはみな低所得者なのかと言えば、そんな事実も統計もありません。

笹井氏は記事で、「インボイス制度について考えるフリー編集(者)と漫画家の会」によるアンケート調査への回答を紹介していました。

〈漫画業界は収入が不安定です。私も年収六百万円の時もあれば百万円台の年もあり、経費だけで赤字の年もありました。税理士を雇う余裕のない作家は自分で税の事務作業をするとなると、さらに仕事量を減らさねばならず収入減で廃業の危機です。高齢者介護しながら、子育てしながら、体が弱くても在宅で稼げる貴重な仕事を奪わないでほしいです〉

免税で業界の問題を先送り

いかにも自分を弱者のように語っている回答者の漫画家の年収を見たら、なんと500万円台。極端な譬えですが、仮に年収が600万円と100万円の波が交互に10年間続いたとしても、この漫画家の平均年収は350万円です。

いま最低賃金で働いている人の年収はおよそ170万円で、350万円なんて、どんなに頑張っても届きません。年収が200万円以下の人が国民全体で二割いるなかで、「売上げ1000万円以下の事業者については免税しろ」という理屈はどう考えても通らないのです。彼らは、低所得者でも弱者でもない。

しかもフリーランスは、会社員では使えない節税(私は不適切な脱税と言っています)テクニックを駆使できる。贈答品と称して自分にブランド品を買ったり、外食しても仕事の接待と称して経費にしたり……これのいったいどこが「弱者」なのでしょう。

SNSでインボイス反対派から批判されるたびに、私はフリーランスが「弱者=低所得者」である統計的な根拠を示してほしいと言っているのですが、きちんとした反証を見たことがありません。

インボイス制度反対でよくメディアに見かけるのは、アニメ・漫画・声優業界の人です。笹井氏の記事を読んでも、この業界の人々がよく登場します。

昔から、この業界の労働環境の悪さは指摘されており、私も知っています。ですが、それはインボイス制度の問題ではなく、あくまで業界の問題でしょう。厳しい言い方をすれば、業界の問題を、免税を利用して先送りにしてきただけ。これでは問題の根本解決になりません。

業界に問題があるのであれば、インボイス反対運動をする前に、国家に納めるものは納めたうえで、業界団体などに掛け合って問題解決に取り組むのが先でしょう。問題の本質を履き違えてはいけません。

日本のインボイス制度や増税の議論を見ていると、イギリスとの文化の違いを感じます。イギリス人にとって納税は誇らしい行為ですが、日本人は税金を「取られる」という言い方をするのが象徴的です。納税に対してネガティブなイメージが強い。

諸外国では法人税を払っていない会社は全体の2割程度ですが、日本では六割が払っていません。しかも、どれほど巧みに「節税」しているかを自慢する社長もいる。私から見ると、公然と「脱税している」と宣言しているようなもので、そんなことを言って大丈夫なのだろうかと心配になります。日本人にとって、税金を払うことは「悪」で、節税は「美徳」になっているのです。

消費税悪論の嘘

とくに、れいわ新選組をはじめ、消費税を問題視する人は多くいます。

しかし、消費税は日本人が思うほど悪い税制度ではありません。

消費税には大きく2つのメリットがあります。

1つは、脱税がしにくいこと。先述したように、小規模事業者などは会社のおカネを公私混同で使っても経費扱いにして「節税」できますが、買い物をする以上、消費税は必ず払わなくてはいけないからです。

2つめのメリットは、おカネの使い道に選択肢ができることです。

はじめから給料から天引きされている所得税のような税とは違い、消費税はものを買わなければ取られません。ものを買わずに、所得を投資に回すのか、あるいは貯蓄に回すのか、選択肢が生まれるわけです。

そういう意味で、私は消費税はいい税制だと思っています。

積極財政派は「消費税が日本経済に悪影響を及ぼしている」と主張しますが、これは経済評論家たちによる俗説です。本当に消費税が悪影響を及ぼしているかどうか、世界経済を見ればわかります。

日本が消費税を導入した1989年は44カ国だけが消費税を導入していましたが、いまは175カ国に及び、日本以外の国は軒並み経済成長して、国民の所得も上がっています。消費税は経済成長に悪影響を及ぼしてはいません。

しかも、日本の消費税率は諸外国に比べて低い。EUの平均は21%で、軽減税率を計算に入れても、15%以上です。日本の2倍以上、税率が高い国がどんどん経済成長しているのに、日本が経済成長していない理由を消費税に求めるのは無理があります。

国民一人当たり2000円の損

「消費増税してから日本の消費が冷え込んで日本経済にダメージを与えたんだ」という主張も目にします。

本当に消費が落ち込んでいたら、日本のGDP(国内総生産)は縮小しているはずですが、2014年の増税以降も日本のGDPは変わっていません。何を根拠にそんなことを言っているのか。

消費税の導入は日本経済の停滞が始まった時期と同じタイミングですが、日本経済の停滞の原因ではないのです。評論家たちは、相関関係と因果関係の違いを理解せず、検証もしていません。

私が再三指摘してきたように、経済規模は人口に比例します。日本が経済成長できないのは人口減が主な原因で、いまの社会保障制度を維持しようと思えば、国民はいまよりも生産性を高める=所得を増やさないといけない。

その生産性向上を阻んでいるのが、日本人の雇用の七割を占める中小企業、小規模事業者だと私は主張しており、それらを足腰の強い中堅企業化していくべきだと言っているのです。

結局は、7割の労働者が働く中小企業の生産性が上がっていないから、賃金も上がっていません。所得が増えない、所得を増やすための生産性向上がなされていないことは消費税の問題ではなくて、いまの日本経済の停滞の本質です。

私が消費税を擁護すると、積極財政派から「緊縮派め!」と批難が飛んできますが、積極財政派はあまり税金のことを理解していないのではないでしょうか。

結論から言えば、私は「積極財政派」です。経済成長につながる設備投資、研究開発、教育などにはおカネを投入するべきと考えています。ただ、一部の経済評論家の言うような「とにかくカネを刷ってバラまけばいいんだ!」という主張には反対しているのです。

世界銀行の数字を見ると、先進国の場合、政府支出の85・7%の調達元が税金です。政府支出を増やすのであれば、無い袖は振れないわけですから、その分増税で賄うのが先進国の基本的な考え方で、増税は緊縮財政ではなく、むしろ積極財政なのです。MMT論者たちは、税は財源ではないと主張しますが、ただのです。税金を財源にしていない先進国のリストをぜひ示してもらいたい。

今回のインボイス制度に限らず、政府は「国を支えるために税金は必要なんだ」と堂々と言えばいい。

インボイス制度で、約2500億円の増収になると言われています。逆に言えば、これだけの税金がいままで免税されていたということです。毎年、国民1人あたり、およそ2000円を免税事業者に支払っていた計算になります。逆に言えば、国民全員は1人2000円分だけ損をしていたのです。

経営者に甘い日本

インボイス制度によって「廃業する事業者が大量に出る!」 「産業を破壊する!」などという意見もありますが、この程度で廃業や産業破壊など起こるはずがない。

少し前も、私が「最低賃金を引き上げるべきだ」と主張すると、同じように「倒産する会社が続出する!」 「失業者が大量に出る!」と騒がれました。安倍政権になってから最低賃金は1・4倍も上がっていますが、倒産が増えたり、失業率が上がったりなどしませんでした。

これも日本の文化の1つだと思いますが、日本は異常に経営者に甘い。最低賃金やインボイス議論にしても、企業、事業者サイドを「弱者」のように扱い、できる限り優遇しようとします。

これまで法律で認められてきた以上、免税事業者を責めるつもりはありませんが、この免税システムが悪用されてきたのも事実です。

たとえば1人の経営者が、本来は1つの事業をいくつかの法人に分けて売上を1000万円以下にすることで、実際にはトータルで売上が1億円以上あるのに、消費税を納めなくても済む。

インボイス制度で、こういった悪用を防ぎ、税収が増えるのですから、国民は歓迎すべきです。インボイス制度に反対しているフリーランスの人々も、いまさらインボイス制度が廃止されることはないのだから、納税することに対して誇りを持ってほしいと思います。

いずれにせよ、インボイス反対派は、企業間取引をしている企業の経営者だけは消費税を納税せずに、国民全員に年間2000円の負担を強制する特権の「必要性」について、説明するべきでしょう。

デービッド・アトキンソン

© 株式会社飛鳥新社