バリューチェーン上流の自然情報開示にFSC認証の活用を――宮城県三陸町での検証踏まえWWFが提言

南三陸森林協議会がFSC認証に基づく森林管理を行っている森林。南三陸の年間降水量は全国平均よりも少ないが、海洋性濃霧(やませ)が山に立ち込め、海からの霧と潮風によって水分を山にもたらすと言われている(©️南三陸森林管理協議会)

2030年までのネイチャーポジティブ実現に向け、企業活動が自然や生物多様性に与えるリスクと機会を特定し、それらに対応するための目標設定などの開示を求める「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」の正式版(最終提言)が9月18日にも公開される。これに先立ち、世界自然保護基金(WWF)ジャパンは、世界的な森林認証制度であるFSCの基準に沿って責任ある森林管理を行う宮城県南三陸町の森林で、TNFDがこれまでに推奨している手法を用いた自然情報開示の道筋を検証し、報告書にまとめた。それによると、TNFDとFSCとの親和性は高く、今後、開示を進める企業にとって、バリューチェーンの最上流に位置する現場の情報をFSC認証を活用して把握することの重要性が強調されている。(廣末智子)

TNFDの国際枠組みに日本から情報を提示

「TNFDが推奨する開示 企業と自然の依存と影響 南三陸の FSC®認証林における LEAP検証を事例に」の表紙

TNFDは、気候変動分野における開示を求めるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と対をなす、自然や生物多様性の分野における開示の枠組みを求めるイニシアティブとして2021年6月に発足。枠組みの策定にあたってはドラフトを順次公開し、世界中のステークホルダーからフィードバックを受けて改善を図るオープンイノベーション方式をとっている。今回の検証はTNFDという国際的な開示枠組みに対して日本から情報を提示する意味合いから、WWFジャパンと南三陸森林協議会がパイロットテストの位置付けで自発的に行ったものだ。

検証はTNFDが2023年6月時点の最新のドラフトで開示のベースとするよう提案しているLEAF(Locate:発見、Evaluate:診断、Assess:評価、Prepare:準備、の頭文字をとったもの)と呼ばれるアプローチを用い、南三陸森林協議会がFSC認証に基づく森林管理を行っている森林とその周辺の自然生態系で実施した。

事業活動が自然に与えるインパクトやリスクなど、TNFDとFSCには高い親和性

その結果、総じて、FSC認証林では、LEAPの実施プロセスにおいて、元になる情報が概ね存在することが明らかになった。中でも、事業活動と自然との接点を見出す「L」や、事業活動と自然との依存・インパクトに関する相互関係について掘り下げる「E」で求められる情報については、FSC認証林で要求される事項が十分に網羅していると判断されたという。

南三陸では、収入源となる針葉樹、天然水や肥沃な土壌が自然の恵みに

TNFD β 0.4 版の LEAP をベースに特定した南三陸森林管理協議会の依存、インパクト、リスク、機会をイラスト化(出典:WWF ジャパン作成)

具体的には、南三陸町の場合、協議会が管理する認証林の70%はスギ、ヒノキ、アカマツといった針葉樹林が占め、24.6%がコナラや桜をはじめとする天然の広葉樹林で、これらはTNFDが分類する陸域の「温帯針葉樹」に、また林内にある渓流や沢は「淡水域河川」に該当することなどから、「L」のフェーズで求められる情報に対して、協議会は容易に答えることができた。

また「E」について協議会は、自らの事業活動が、主な収入源となる針葉樹や、生計手段を多様化するための原木シイタケや山菜などの非木材資源はもとより、南三陸特有の海がもたらす霧(やませ)や豊かな天然水、肥沃な土壌といった自然の恵みに「依存」している一方で、地拵えや植え付け、枝打ち、間伐や皆伐といった作業のすべてが自然に影響を与える「インパクト・ドライバー(環境要因)」となっていることを確認した。

影響緩和策によるプラスのインパクトも イヌワシの狩場復活に期待

ただし、協議会ではそうした作業の一つひとつに対して、自然への影響を認識し、それに対する影響緩和策を内包した取り組みを行っていることも、今回の検証では改めて明確になった。例えば、「下刈り作業は必要最小限にとどめ、下草や中間層の広葉樹をできるだけ残す」「伐採前には、どの木を優先的に残すかの基準を設け、鳥類の営巣がある場合は妨げにならないように配慮する」「枯れ木や倒木は施業に支障がない限り、生物多様性に配慮して林内に残すようにする」などがそれに当たる。その結果、「間伐によって森に日光が入り、多様な植物の成長を促す」といったプラスのインパクトも生み出している。

中でも南三陸町では、持続可能な林業を通して日本の絶滅危惧ⅠB類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)に指定されるイヌワシの生息環境の保全に取り組んでいる。人が山に手を加え、皆伐によって下草が生い茂ることで、ウサギやヤマドリといった獲物が増え、山が再び、イヌワシの狩場となることが生物多様性へのプラスのインパクトとして期待される。

さらに、「A」 のフェーズでは、協議会がすでに行っている取り組みと、今後、強化する取り組みの目的を再確認することで、TNFDが定義するリスクと機会との関連付けを行った。その結果、南三陸の認証林で想定されるリスクは、土砂災害や森林火災などがTNFDの急性の物理リスクに、生態系サービスの劣化や獣害拡大などが、慢性の物理リスクに該当することが分かった。もっとも上述のように、協議会ではそれらのリスクを想定した影響緩和策を実施しており、今回の検証を通じて、「それらの緩和策のもたらす結果が(TNFDで言うところの)機会になり得ることが新たな発見につながった」という。
(「P」は現場の情報が必要なフェーズではないため、該当しない)

究極の目標はネイチャーポジティブに向け金融の流れをシフトすること――WWF、金融機関の役割を強調

そもそもFSCは、悪化する自然環境の問題に対処しようと、1992年に気候変動枠組み条約と生物多様性条約が締結された翌年にWWFなどの環境団体や林業者、木材取引企業や先住民団体などによって設立された。環境保全の観点から責任ある調達を認証する手段として、合法性や労働者の権利、地域社会との連携など森林管理のための10の原則と70の基準を定め、現在までに、認証林面積は世界で約1.6億ヘクタールに、日本では約42万ヘクタールにまで広がっている。

報告書で、今回のパイロットテストを実施した意義について、南三陸森林管理協議会事務局長の佐藤太一氏は、「FSCで扱っている情報は、TNFD に活用できることが確認できた。LEAP のレンズを通すことで、自分たちの森林管理の取り組みや自然関連の情報を可視化することができ、計画をさらに強化することにつなげられるといった気づきもあった」と手応えを強調。

結果を踏まえ、WWFジャパンは「大企業や金融機関がバリューチェーン最上流の情報をすべて把握することは現実的ではないかもしれない。しかし、自然関連の情報は場所に紐づくからこそ、優先度の高い地域では現場の情報を把握することで、リスクや機会を見逃す可能性を格段に減らせる」として、企業にFSC認証を活用した自然関連情報の開示を推奨。

さらに、報告書の中ではTNFDタスクフォースのメンバーである原口真氏の言葉を引用する形で、TNFDの究極の目的を「自然にとってマイナスの結果から自然にとってプラスの結果へと世界の金融の流れをシフトさせるようサポートする」ことにある考えを強調し、金融機関に向けて、「リスク管理のプロセスとして、『FSC 認証林に対する投融資は低リスクとみなす』といった使い方であれば、FSC であることの確認だけでも十分な根拠となりうる」などと提言している。

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