欧州で進む「人権・環境デューデリジェンス義務化」――チョコレート業界は対応の準備ができているか?

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欧州では、企業が人権や環境に与える影響を自ら把握し、問題があれば是正する「人権・環境デューデリジェンス」を法律によって義務化する動きが進んでいる。これにより、欧州の企業に限らず、欧州と取引のある世界中の企業が対応を求められることになる。特にチョコレートの原料であるカカオはこうした規制強化の影響を大きく受ける産品で、EUのデューデリジェンス義務化への対応の試金石となっている。(翻訳・編集=茂木澄花)

世界的に愛される食品チョコレートを生産する業界ならびにその原料を扱うカカオ産業が、サプライチェーンを持続可能で倫理的、透明性のあるものにすることを迫られている。チョコレートの原料となるカカオが、新たなEUの規制の対象品目になっているからだ。カカオの取引業者や農家が、世界最大の市場である欧州市場へのアクセスを維持し、生き残っていくためには、規制を遵守する準備を進めなければならない。

新たな規制とは、EUで今年6月に発効された森林破壊のないサプライチェーンに関する規則 [^undefined]だ。カカオを輸入して食品や化粧品に使用する企業はこの対象となる。この画期的な法律は、カカオを含む森林破壊のリスクが高い7つの一次産品を輸入する際、森林破壊が起こっている土地で栽培されたものではないと確認することを義務付けている。それだけでなく、現在詳細の検討が進められているEUの人権デューデリジェンス義務化[^undefined]も関わってくる見込みで、サプライチェーン管理に社会的説明責任という新たな要素が加わる。

1. 森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化に関する規則:
2023年6月29日にEUで発効された。大企業には2024年12月30日から、中小企業については2025年6月30日から適用が開始される。同規則では企業に対し、EU域内で販売もしくはEU域内に輸入する対象品が、森林破壊によって開発された農地で生産されていないことを確認するデューデリジェンスの実施が義務付けられる。対象品は牛肉、カカオ、コーヒー、パーム油、ゴム、大豆、木材。

2. 人権・環境デューデリジェンスの義務化指令案:
欧州委員会が2022年2月に発表した企業持続可能性デューデリジェンス指令案のこと。現在、最終合意に向けて検討が進められている。同指令案は、一定の基準を満たす対象企業に対し、企業活動における人権や環境への悪影響を予防・是正するためのデューデリジェンスを実施する義務を課す。企業活動に与える影響が大きいとして、産業界からは懸念の声が上がっている。

オランダを拠点とするカカオのコンサルタント会社エクイポイズ(Equipoise)の共同創業者であるジャック・スタイン氏は、米サステナブル・ブランドに対し「カカオを調達している欧州の企業やそうした企業の取締役は、この法律に違反すれば責任を負うことになります」と語る。「そのため、そうした企業や取締役は、サプライチェーンに不備がないことをしっかりと確認することを余儀なくされます」。

いくつかの要素において、カカオは、同じくEUの規制の対象となっている他の一次産品(パーム油、牛肉、大豆、コーヒー、木材、ゴム)とは異なっている。まず、世界のカカオ輸入は実に56%を欧州が占めており、欧州の役割が特に大きい。ネスレ、リンツ、リッターなど、世界最大級のチョコレート菓子企業は欧州企業であり、EUの新たな規制は直ちに世界のカカオ生産の大半に影響するだろう。

「トレーサビリティがないためにカカオがどこから来たのか分からず、カカオが森林破壊に関わっていないことを証明できなければ、そのカカオをEUに入れることは法律上許されません」。こうサステナブル・ブランズに語るのは、サステナビリティ・ソリューションズでカカオ・サステナビリティ・アドバイザーを務めるニッコー・デベナム氏だ。欧州という巨大市場にアクセスできなくなるリスクは、サステナブルな調達を行うことへの十分な動機づけになると期待される。

チョコレート業界では近年、カカオの倫理的な調達を確保することへの関心が高まっている。主要なカカオ産地である西アフリカで、主に低い賃金が原因で起こる児童労働や強制労働が行われていることに対する懸念が理由だ。こうしたリスクに対処するため、多くのブランドや組織が現地での取り組みを強化している。農家がカカオの適正な対価を受け取り、カカオを原料とした製品への世界的な需要の高まりから恩恵を受けられるよう、農家との関係を築いてきた。

「他の一次産品や他の業界と比べて、カカオは非常に進んでいると思います。なぜなら、カカオは常にNGOやメディアの圧力を受けているためです。またチョコレートが多くの人に愛されていて、感情に訴える製品であることも影響しています」とデベナム氏は付け加える。

セーブ・ザ・チルドレン、アースワーム、リコルトなどの非営利組織は、大量のカカオを扱う主要な世界的取引業者であるカーギル、オラム、バリーカレボーとともに、農家の地位向上と農家同士の関係強化に取り組んでいる。セーブ・ザ・チルドレンは、サプライチェーン内の児童労働リスクに対処したい主要なチョコレート企業から資金を得て、その企業の調達元であるコミュニティが教育などの基本的なニーズを満たすことを支援するプログラムを立ち上げた。この取り組みは成功を収めているが、アフリカに拠点を置くセーブ・ザ・チルドレンのテクニカル・アドバイザー、カンドゴナ・スーマイラ・ウアッタラ氏は、恩恵が地域に限定されたものになってしまっていると指摘する。

「多くの場合、資金は企業のサプライチェーンにしか使われていません」と、ウアッタラ氏は言う。「そのため、興味深い活動を行っていても、(活動範囲は)取り組みを行っているコミュニティや特定のサプライチェーンのみに限られます」。

スタイン氏の見積もりによると、このような取り組みによって完全なトレーサビリティが達成されたカカオは全体の約20%だという。またこのまま行けば、欧州の新しい規制が適用される頃までに達成されるのは40%程度だとスタイン氏は考えている。

「これでは十分とは言えません。トレーサビリティの条件を整えるためにEUからガーナとコートジボワールへ支援を行うなど、やるべきことは多くあります」とスタイン氏は主張する。

デベナム氏はこれに同意しつつ、イノベーティブな新しいアプローチの可能性にも言及した。例えば、人工衛星や遠隔モニタリング技術を使って、サプライチェーンに矛盾が起きた際にそれを特定する。カカオの調達元として報告されている場所に急な変更があった場合などに必要な、介入が可能になるのだ。

「企業はこうした取り組みを始めています。各農家が所有する農地面積を特定し、その農地から得られる収穫量を合理的に推定できるようになります」と、デベナム氏は言う。

ウアッタラ氏は、欧州の新しい法律をきっかけに、企業が自社のサプライチェーンのことだけを考えるのをやめ、より積極的に協働することを期待している。完全なトレーサビリティとサステナビリティを達成するためには、カカオ産業全体が倫理的で持続可能でなくてはならないからだ。

「民間企業にもっと取り組んでほしいのは、公的な取り組みへの支援です。政府が提供する仕組みや体制を改善するという目的のために、企業の資金を使っていただきたいのです。そうすれば、インパクトはより幅広く、大きなものになります」と、ウアッタラ氏は言う。

人権・環境デューデリジェンスを義務化する欧州の法律によって、世界中の企業、取引業者、農家は、主要な一次産品の調達方法を見直すことを求められる。こうした規制は産業にどのような影響を及ぼすのか。サプライチェーンは本当に持続可能なものになるのか。カカオ産業がその試金石となる。欧州のチョコレート需要が西アフリカやインドネシアなどのカカオ産地における森林破壊や児童労働に加担しない仕組みを確立できるかどうか、チョコレート・カカオにかかわる産業全体の今後の対応に注目が集まっている。

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