衆院選、ところで区割りはどうなった? けん制、ちゃぶ台返し…議論白熱も結局「1票の格差」はほぼ2倍 「AIがやればよかった?」

衆院本会議=2023年6月

 今秋なのか、それとも来年以降なのか、さまざまな観測が飛び交う次期衆院選。政界勢力図を決める政治決戦となるが、実はもう一つ、注目点がある。小選挙区定数「10増10減」を反映した、選挙区の新たな区割りが初めて適用されることだ。対象となったのは15の都県。定数配分が大きく変わるだけに、与野党の選挙戦略を大きく左右するのは間違いない。
 区割りを改定したのは、2020年国勢調査の人口に基づき、「1票の格差」を2倍未満に縮小するためだ。格差が2倍だと、ある選挙区の有権者が投じた1票が、別の選挙区では「0・5票」の重みにしかならないことを意味する。不平等であり、憲法が求める「1票の価値の平等」の観点から望ましくなく、民意もゆがめられかねない。

 ただ、新たな区割りでも、たとえば宮城2区は鳥取2区の1・993倍となるなど、2倍に迫る選挙区が少なくない。正直「もっと縮小できなかったのか」と疑問を感じる。
 理由を探ろうと、新区割りを作成した衆院選挙区画定審議会(区割り審、会長・川人貞史東大名誉教授、7人)の議事録を情報公開請求で入手した。読み進めると、格差縮小優先と単純に割り切れず、地域の一体性確保や経済・交通などにどう配慮するか、対立とジレンマの連続だった議論の過程が鮮明に浮かび上がってきた。(共同通信=中田良太、出川智史)

 ▽「AIに区割りをやってもらえばいい」
 区割り審の議論が最もヒートアップしたのは、宮城と滋賀だった。(※なお議事録は発言者名が黒塗りで開示されており、発言はどの委員のものかは特定できていない)
 「イレギュラーではありますが、新しい提案をさせてほしい」。2022年5月30日の区割り審会合。委員の一人が突然、こう切り出すと、出席者の多くは驚いた表情を浮かべた。

 この委員が提起したのは、既に決着した宮城の区割り案の見直し。いったんまとまった案を覆そうと新案を持ち出すのは「極めて異例」(総務省筋)の事態だ。岸田文雄首相に勧告する区割り案の内容は固まっており、同日に委員が集まったのも文言の最終調整が目的。勧告時期が6月に迫る中、悠長に議論をやり直す余裕はなかった。「ちゃぶ台返しだ」。関係者の目にはそう映った。
 いったん合意した案のポイントはこうだ。
(1)仙台市内の三つの区で構成される2区は現状維持
(2)同市以北を再編し、石巻市、気仙沼市をそれぞれ含む二つの選挙区を設置
 2区の格差は1・993倍で2倍の上限ぎりぎりだが、県内の地域区分を尊重し、手を付けないと確認したはずだった。

開示された区割り審議事録=2023年7月

 新案を持ち出した委員は格差縮小を重視する立場で、合意案への疑問を拭えないでいたようだ。新案は格差縮小に向け、2区の分割を訴えていた。仮にそれを採用すれば(1)仙台市は三つの選挙区に分割(2)同市周辺の自治体の扱いも合意案から大きく変更―しなければならない。この委員は、2区の格差1・993倍を念頭にこうアピールした。

  「(合意案は)合理的かつ整合性の取れたものになっているのか」「区割り変更には、投票価値の平等に反する状態の解消が期待されている」
 これに対し、複数の委員は反論した。うち一人は「(選挙区間の)人口バランスだけを実現するなら、AIに区割りをやってもらったらいい」とけん制。経済や交通、歴史など地域事情を考慮せず、人口を均等になるように機械的に境界線を引くだけなら区割り審は必要ないというわけだ。
 2区の格差が一応、2倍未満に収まっていることを踏まえ「地域のつながりや一体性がある形が望ましい」「強いて手を付ける必要はない。禍根を残す」との反対論も相次いだ。
 新案を考えた委員もこうした反発は覚悟の上だったとみられる。それでも提案に踏み切ったのは、区割りを改定する以上、すぐに2倍を超えることはないものにすべきだとの思いがあった。
 格差縮小、地域の一体性確保のいずれの観点からも評価される区割りはどうすればできるのか―。最終局面まで区割り審が揺れ続けたことを象徴する瞬間だった。
 最終的に新案は賛同を得られないまま却下され、元々合意していた案に落ち着いた。

 ▽「知事の意見を尊重しなければ反発受ける」
 滋賀も激論となった。選挙区間の人口均衡を重視する委員と、知事意見を重んじる委員で議論が分かれたからだ。
 知事意見は、地域の一体性を重視し、栗東市を3区(草津市など)に統合する内容だった。一方、区割り審では、栗東市を1区(大津市など)に含める案も浮上していた。格差は、栗東市を1区に入れる案の方が小さくなった。
 ある委員は、知事意見を批判。「(選挙区人口の)バランスが悪すぎる。調整した方がいい」。これに対し、他の委員は「あえて地元の意見に反対するような形で人口バランスを徹底しなくても良い」などと反論した。
 知事意見を無視すれば「県の反発を買う」との声も出た。
 区割り審は、最終的に知事意見を採用し、栗東市を3区に組み込んだ。格差縮小より地域事情を優先した形となった。

 ▽離島の扱いで活発な議論も
 新潟や長崎でも、地域の一体性をどう考えるかが焦点となった。
 新潟では、海を隔てた佐渡市をどこと組み合わせるかで議論が白熱。選択肢は次の二つだ。
(1)同市と航路で結ばれた新潟市中央区などと共に1区とする
(2)新潟市西蒲区などと統合し2区とする
 複数の委員がこんな指摘をしている。
 「特別な事情がない限りは交通の便が良いところとくっつくのが良い」
 「航路で合わせた方が良い。港を使っているということだから、非常に経済的なつながりが深いはずだ」
 佐渡市は新潟市中央区などと比べ人口が少ないため「選挙結果が新潟市中心部だけで決まってしまうのはちょっと嫌だというのはあると思う」との声もあった。
 2区に含める案を巡っては、委員の一人が、区割り改定による有権者への影響が小さい利点があると主張したが、航路の存在を重視する意見と比べて支持は得られなかった。佐渡市を新潟市中央区などと統合し、1区とすることに決まった。

 長崎では、離島の五島市、新上五島町、小値賀町の扱いが議論となった。3市町は地理的に近い。具体的に浮上したのは2案だ。
(1)五島市、新上五島町・小値賀町の二つに分け、それぞれ別の選挙区に組み込む
(2)3市町は分けず、一つの選挙区に含める
 「離島の抱える特有の問題がある。(五島市などは)ひとかたまりの方が良い」といった声が大勢を占め、3市町は佐世保市を中心とした3区に含めることなった。

 ▽区割り審に求められた区市町村分割の解消。議論の自由度が制約
 区割り審の委員の前に立ちはだかったハードルは他にもあった。区市町村の分割を避けてほしいという複数の知事の要求だ。議事録を読むと、確かに多くの知事が分割回避・解消を唱えており、委員に重くのしかかった。

 背景に何があったのだろうか。総務省幹部はこう解説する。
 「平成期に自治体合併が進み、選挙区の区割りが区市町村の境界と合っていないところが多数あった。中には、三つの選挙区にまたがる市も存在した。衆院選のたびに、煩雑な投開票作業を強いられていた」
 このため区割り審では、格差が2倍以上になるやむを得ないケースなどを除き、区市町村分割の解消に努める必要が生じた。新たな分割も回避しなければならなかった。
 このルールに従えば、当然、区割り案作成の自由度は狭まってしまうことになる。関係者は振り返る。「区市町村の分割がある程度許されるなら、人口を均衡させるパターンはいくらでもあった」。区割り審の委員も苦悩せずに済んだとの思いがこもっていた。

区割り審の川人会長から勧告を受け取る岸田首相=2022年6月

 ▽複雑なパズルを解かねばならなかった区割り審。専門家は限界を警告
 地域の一体性を確保しながら、1票の格差をなるべく縮小する。15都県が抱える固有の事情にも配慮しなければならない。区割り審は複雑なパズルに挑み、時には対立しながら、やっとの思いで首相への勧告にこぎ着けていた。
 川人会長は、勧告後の記者会見でこう振り返っている。「投票価値の平等、選挙区の安定性や地域のまとまり、行政区画を原則として分割しないといったさまざまなことを考慮する必要があり、大変だった」

駒沢大の大山礼子教授

 今回の区割り改定を専門家はどう見たのだろうか。17年に行われた前回の改定に区割り審委員として携わった駒沢大の大山礼子教授(政治制度論)はこう語る。
 「前回よりも地域事情に配慮している印象を持った」。格差が2倍近い選挙区が残ったのは望ましくないとしつつも「地域事情と両立させながら全ての選挙区を1倍に近づけるのは難しい」とも指摘した。
 地方の人口減、都市部への人口流入は今後も止まらないだろう。将来の区割り案作成はどんな困難にぶつかるのだろうか。大山氏は警告している。
 「このままでは、都道府県単位で定数を割り振った上で、格差2倍未満に抑えた区割り案を策定することは不可能になる恐れがある。投票価値の平等を安定的に確保するためには、小選挙区制の抜本的変更も考えていく必要がある」

© 一般社団法人共同通信社