振り返るとコーチがいた…「スムージー激走事件」に記者も爆笑 誰からも愛されるフィギュアスケートの世界女王、坂本花織の素顔

世界選手権の女子で2連覇を果たし、日の丸を掲げ笑顔の坂本花織=2023年3月24日、さいたま市

 これほど親しみやすい世界女王もいないだろう。フィギュアスケートで世界選手権2連覇中の坂本花織(シスメックス)は、競技での実績はさることながら、トーク力、コメント力も秀逸。脇の甘さがにじみ出るエピソードにも事欠かず、取材現場では必ずと言っていいほど笑いが起きる。ファン、仲間、コーチ、報道関係者…。誰からも愛される23歳の関西人スケーターの素顔とは―。(共同通信=藤原慎也)

※記者が音声でも詳しく解説しています。各種ポッドキャストアプリで共同通信Podcast #45【きくリポ】で検索してお聴きください。

北京冬季五輪代表に決まり、記念写真に納まる羽生結弦(左から3人目)、坂本花織(同4人目)ら=2021年12月26日、さいたま市

 ▽「興奮してしばらく動けへんなった」羽生結弦さんの結婚報道
 強い台風7号が日本列島に迫っていた8月13日。木下カンセーアイスアリーナ(大津市)で今季初戦に臨んだ坂本と雑談しようと、観客席で声をかけた。アスリートの中には報道陣と距離を置いたり、競技以外のトピックには乗ってこなかったりする選手もいるが、坂本は違う。この日話題に上がったのは羽生結弦さんの結婚。フィギュアスケート界どころか、日本全国、世界まで衝撃を与えたニュースについて記者が話を振ると「めっちゃ驚いた。何にも知らんかった」と目を丸くし、声のトーンも上がった。
 羽生さんが自身の公式交流サイト(SNS)で「入籍する運びとなりました」と報告した8月4日の夜、坂本は盛岡市でのアイスショー「THE ICE」の出演を終え、地元神戸への帰宅途中だったという。ふとスマートフォンを見ると、画面には寝耳に水のニュース。「自宅の最寄りまで着いたのに(お相手は)『誰?誰?』って興奮してしばらく動けへんなった」。あたふたした様子を、まるで情景が浮かぶように描写してくれた。

北京冬季五輪のエキシビションで、大会マスコットの「ビンドゥンドゥン」にタッチする羽生結弦(中央)と坂本花織(右端)=2022年2月20日、北京
四大陸選手権女子SPで得点を確認しガッツポーズする坂本花織(右)と中野園子コーチ=2018年1月24日、台北

 ▽厳禁のスムージー購入がばれて逃走、「必死こいて演技」
 試合会場では気軽に子どもたちとの写真撮影に応じ、顔見知りの記者を見かけると手を振ってくれる。競技について熱く、真面目に語ったかと思えば、ジョークを交えて惜しげもなく爆笑エピソードを披露してしまうことも。そんな人情味あふれる坂本のトークで腹を抱えて笑ったのが「スムージー激走事件」だった。
 時は2018年1月。坂本は四大陸選手権出場のため、台湾にいた。1カ月後に、自身初の大舞台となる平昌冬季五輪が控える重要な時期。6歳から指導を受けてきた中野園子コーチから、体重管理のため甘いものは厳禁と指示されていた。しかし、大会開幕の前日「中野先生と食事後、ホテルに戻るふりをしてデパートでスムージーを購入した」
 店員から商品を受け取り、振り返ると、そこには中野コーチが…。慌ててかばんに押し込んではみたものの、時既に遅し。走って逃げる後ろ姿に「優勝せえへんかったら許さへんから!」と怒鳴り声が響いた。
 翌日から「必死こいてショートプログラム(SP)とフリーを演技した」と当時17歳の坂本。SPは国際スケート連盟(ISU)公認大会で初の70点台。フリーも文句なしの内容で自己ベストを更新した。
 当時、初出場優勝を果たした試合後「いろんなところが、まだ小学生。でも中学生くらいにはなってきたかな」と教え子を手厳しく評価していた中野コーチ。そのコメントの裏に、坂本が必死にならざるを得ない事情があったと知ったのは、それから4年後のこと。2022年北京冬季五輪を1カ月後に控え、2人のエピソードを改めて聞き直した時だった。

四大陸選手権のメダルを手におどけたポーズをとる(左から)2位の三原舞依、優勝した坂本花織、3位の宮原知子=2018年1月26日、台北

 ▽厳しめのママに「不思議と悪いことは見つかる」
 10月で71歳になる名指導者、中野コーチと坂本の間には強い絆を感じる。二人三脚で歩んできた師弟関係。師が「元気なのによく病気になるし、面白キャラなのにとても神経が細く気を使う子。それに不思議と悪いことをしても私に見つかるんです」と明かせば、まな弟子は「厳しめのママ」と変わらぬ信頼感を口にする。
 5年ほど前。中野コーチが「先生はいつもスマホを忘れるからと、花織が誕生日プレゼントでくれたんよ」と、首に掛けるスマホケースをうれしそうに見せてくれた姿は特に印象に残っている。
 いつしか、われわれ「番記者」にとって、坂本の取材で中野コーチに関する質問は定番となった。それだけネタが豊富、という、ありがたい理由もあるからだが。今シーズン初戦の「げんさんサマーカップ」を3位で終えた演技直後も、中野コーチについて聞かれた坂本は、表情を一変。「『プライドを持ってやってください』って言われたんですけど…」と苦笑いし「2日後から合宿が始まるので、いっぱい、しごかれようかなと思っています」と覚悟を決めた様子だった。

げんさんサマーカップの女子SPで演技する坂本花織=2023年8月13日、大津市の木下カンセーアイスアリーナ

 ▽めいっ子、おいっ子を力に〝新境地〟
 今季のSP「Baby, God Bless You」は、4歳から始まったスケート人生で初めて自ら選曲したプログラムだ。1月にめい、3月においが誕生し「(2人の)お姉ちゃんが、それぞれ『今日のめいっ子、おいっ子』って動画や写真を送ってくれて、それがすごい力になる。この力を演技に変えたいと思った」。産婦人科医が主人公の医療ドラマ「コウノドリ」のテーマ曲で、ピアニストの清塚信也氏が手がけた作品を選んだ。
 「もう寝返りができるんですよ。赤ちゃんって本当に成長が早い。見ているだけで癒やし」と表情をほころばせて語る。8月上旬までアイスショーに出演していたため、初戦は「SPもフリーも夏休みの宿題みたいな、ぎりぎり間に合うか間に合わないかみたいな感じで大会直前まで追い込んできた」と仕上がりはまだまだ。「今、自分に何が足りないかを把握できた」と前向きなだけに、思い入れのある演目をどう仕上げていくかに注目していきたい。

世界選手権のエキシビションで演技する坂本花織=2023年3月26日、さいたまスーパーアリーナ
オリックス―西武戦の始球式を務める、フィギュアスケート女子の坂本花織=2023年4月22日、京セラドーム

 ▽オフにはお酒たしなむ大人に
 坂本を初めて取材したのは、エストニアで開かれた2015年の世界ジュニア選手権。演技前のリンクで鼻血を出していた姿が記憶に残る。幼い頃から鼻が乾燥しやすく、よく鼻血を出していたという。そんな少女も、もう23歳。シーズンオフにはお酒もたしなむようになったそうだ。「1杯目はビール。その後、コーラを挟んで、梅酒」が定番とのこと。しらふでも十分楽しい坂本。酒席の場ではさぞかし笑いが絶えないのであろう。
 素顔の一端を知るだけでも、ますます応援したくなるスケーター。競技者としてのすごみや魅力、たゆまぬ努力だけでなく、人間「坂本花織」を伝えることも、記者の務めだと感じている。

2022年度JOCスポーツ賞の特別栄誉賞に選ばれたフィギュアスケート女子の坂本花織(左)と男子の宇野昌磨=2023年6月30日、東京都豊島区

© 一般社団法人共同通信社