娯楽や恋愛を楽しみながら人生を充実させたいという想いは、誰もが持っている願望です。
障がいを超えて、すべての人が幸せになれる社会は理想ですが、現状の社会には障がいを持つ人たちが平等な立場で参加できるイベントは多くありません。
こうした問題を解決するために、くらしき支援LABOでは、障がいの有無にかかわらず誰でも楽しめるイベントを企画してきました。
支援という特別な対応をするのではなく、区別を取り払ったイベントが日常的に開催されるような地域社会を目指しています。
くらしき支援LABOの発起人の一人 佐藤将一(さとう まさかず)さんに、どのような想いや工夫によって障がいの有無にかかわらず楽しめるイベントを実現してきたかを聞いてきました。
佐藤さんが目指す理想の社会のあり方について紹介します。
くらしき支援LABOとは?
障がいの有無にかかわらず誰でも楽しめるイベントを企画しているくらしき支援LABO。
これまでにない新しい福祉を提供する、くらしき支援LABOについて紹介します。
くらしき支援LABOの概要
くらしき支援LABOは、障がいを持つ人たちが地域社会のなかで豊かな生活を送るための仕組みを作っています。
公的な社会福祉制度により最低限度の生活を送ることはできますが、障がいを持つ人たちが地域社会とのかかわりを持つための生活の選択肢を増やすためには、既存の制度では補えません。
こうした現状を変えるために、くらしき支援LABOでは、障がいの有無にかかわらず参加できる形で、婚活セミナーやカフェバーでの音楽イベント、装花(花を飾るパフォーマンス)イベントなどを開催してきました。
倉敷市を中心とした社会福祉事業の関係者らが集まり、2021年8月から福祉と社会をつなぐイベントを実施しています。
くらしき支援LABOを運営する人たち
くらしき支援LABOは、倉敷市内で障がい者の就労支援事業を営む佐藤将一さんと、同じく倉敷市内で障がい児者の保護者支援活動を行うペアレント・サポートすてっぷの安藤希代子(あんどう きよこ)さんの二人が発起人となり始まりました。
他にも、倉敷市内で社会福祉事業にかかわる人たちが有志で活動しています。
理念に賛同した人たちが一緒に企画を進めており、会員などの所属するような制度はありません。
自由な枠組みで福祉活動に取り組んでいることが、くらしき支援LABOの特徴です。
子ども食堂やフリースクールの事業者、就労支援に取り組んでいる企業の関係者、障がいを持つ子どもの保護者も、くらしき支援LABOの活動に協力しています。
また、障がいについての専門的な助言をもらうために、大学の先生も一緒に活動しています。
福祉にまつわる3つの分断
くらしき支援LABOの取り組みの根底には、福祉にまつわる3つの分断といわれている問題があります。
以下が、福祉にまつわる3つの分断です。
- 当事者やその家族と福祉の間にある分断(障がいで困っている家庭に福祉の情報が届かない)
- 社会と福祉の分断(社会で暮らす多くの人たちと、障がいを持つ人や福祉の仕組みとのかかわりが少ない)
- 福祉のなかにある分断(福祉事業者間での連携不足)
これら3つの分断を解消する活動に、くらしき支援LABOは取り組んでいます。
例えば、婚活セミナーや、カフェバーでの音楽イベント、装花イベントの役割は、社会と福祉、そして障がいを持つ当事者をつなぐことです。
また、福祉事業者間の分断を解消するために、くらしき支援LABOでは、障がいを持つ人たちが成人後の支援の記録を書き留めるための手帳を開発しています。
福祉にまつわる分断を解消するために
社会と福祉、当事者をつなぐイベント
くらしき支援LABOでは、障がいの有無にかかわらず、同じ会場で、同じ催しを楽しめる企画を提供しています。
障がいを持つ人たちへ特別な対応をするのではなく、区別することなく誰でも楽しめるイベントが当たり前のようにあることが地域社会の理想の姿。
そのため、婚活や音楽のイベントでも、プロの講師を招き、参加費を支払う形式でイベントを実施してきました。
障がいのある人が、同じ空間にいたとしてもまったく問題はなく、当然のことであると感じてもらえるようなイベントを提供しています。
福祉のなかにある分断を解消するための手帳
障がいを持つ18歳以降の人は支援の記録を残しておらず、支援が必要なときに状況がつかめないことから、適切な対応ができない課題がありました。
18歳未満の子どもたちについては、倉敷市が支援する取り組みのひとつとして、成長や支援の記録を書き留めるかがやき手帳があります。
保育園や学校、医療機関にかがやき手帳を提示することで、保護者が子どもについての説明を何度も繰り返す手間を解消し、正確に情報を伝達できます。
しかしながら、かがやき手帳は18歳までの記録で終わりを迎えるため、それ以降の情報が共有できずに一貫した支援が困難でした。
その問題を解決するために、くらしき支援LABOでは、成人期版のかがやき手帳を開発しています。
報告会『くらしき支援LABOまつり〜「福祉」×「あなた」の化学反応』
2023年9月3日に、くらしき支援LABOの活動の集大成として、報告会『くらしき支援LABOまつり〜「福祉」×「あなた」の化学反応』が開催されました。
これまでくらしき支援LABOを取りまとめてきた佐藤さん・安藤さんが、婚活支援や成人期版のかがやき手帳など、これまでの取り組みについて報告。
また、テレビ放送のバラエティ番組に登場するようなひな壇で、福祉事業などにかかわるゲストが会話を繰り広げるトークイベントを開催しました。
倉敷の企業からは、株式会社クラビズの代表取締役 秋葉優一(あきば ゆういち)さん、倉敷で結婚相談事業を営むLaf Mariage(ラフ・マリアージュ)の山下祐美(やました ゆみ)さん、名古屋市で障がい者の雇用支援事業を営むミヤモトサンが登壇しています。
障がい者たちの仕事や生活について、当事者が実態を語るイベントや、障がい者の性に関するアンケート調査のパブリックビューイングも開催されました。
これまでにない切り口で、障がいを持つ人たちを取り上げた報告会がくらしき支援LABOによって実現しました。
くらしき支援LABOの発起人の佐藤将一さんと安藤さんは、どのような経緯で社会と福祉、障がいを持つ人が集まるイベントの必要性に気がついたのでしょうか?
佐藤さんへのインタビューを通じて、くらしき支援LABOの活動を伝えます。
くらしき支援LABOの発起人 佐藤将一さんへインタビュー
くらしき支援LABOを立ち上げた佐藤将一さんへ、活動の背景や活動に対する想いについて聞いてきました。
福祉にまつわる分断を解消するイベントの裏側に迫ります。
くらしき支援LABOができるまで
──くらしき支援LABOを立ち上げた経緯を教えてください。
佐藤(敬称略)──
障がいを持つ子どもたちの就労支援に携わってきて、多くの子どもたちを社会に送り出してきました。
しかし、彼ら、彼女らが就職して働き始めたあとも、生活の規模が大きくなっていないことに気がついたんです。
子どもたちの多くは、働きはじめたあとも自宅と職場だけを往復するような生活をしていて、自宅と学校を往復する学生と変わらない生活を続けていました。
ショッピングモールに行くぐらいしか週末の過ごし方はなく、友達と飲みにいったり、コンサートに出かけたりするような楽しみのある生活へは変化していなかったのです。
生活に変化が起きない理由を考えたときに、社会でおこなわれているイベントに参加する機会がほとんどないのだと気がつきました。
そこで、障がいを持つ人たちに、恋愛や娯楽など、生活を豊かにするようなことに出会う機会を提供する必要があると思い立ったんです。
──最初はどのように企画を進めたのでしょうか?
佐藤──
2021年の初めごろ、もう一人のリーダーである安藤さんや、福祉事業にかかわる仲間とともに、具体的にどのようなことを実現すべきかについて議論を始めました。
そのときに具体化したことは、「障がいを持つ人たちと支援者のつながりが生まれる環境の構築」、「福祉にかかわる人たちと社会との接地面の創出」、「児童期から成人期までの支援を書き留める手帳の開発」です。
それらに加えて、活動の集大成として「成果を地域社会に発信する報告会の開催」という4つの目標を明確にしました。
そのタイミングで、私の友人が結婚相談所を始めたという話を耳にしたので、障がいを持つ人たちへ向けても婚活イベントが開催できないかと持ちかけたんです。
さらに、婚活イベントの準備を進めながら、公益財団法人トヨタ財団からの助成金の申請手続きにも着手しました。
助成金を申請するだけでなく、先立つ成果も生み出そうと具体的に行動を開始したのです。
──2021年は新型コロナウイルス感染症の影響があったと思います。イベントの開催には課題が多かったのでしょうか?
佐藤──
新型コロナウイルス感染症の影響で、人と会う機会が減ってしまい、支援を必要とする人たちにとっても不安の大きい状況でした。
人との接点が減ってしまったからこそ、いち早くイベントを開催しなくてはならないと、私たちは焦りを感じていたんです。
ただ、公共のイベントスペースは軒並み休館している状況で、会場を見つけるのにも苦労しました。
新型コロナウイルス感染症によりイベントを諦めるというよりも、困難な状況だからこそ、必要な人に向けてイベントを開催しなくてはならないと押し進めたんです。
くらしき支援LABOが目指す社会
──イベントの発信はどのようにおこなっているのでしょうか?
佐藤──
くらしき支援LABOでは、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を活用して、イベントを発信してきました。
障がいを持つ人でも、日頃からSNSを利用しているので、自ら情報を集められます。
これまで開催されてきたイベントの多くは、支援者から促されて、当事者が参加している印象でした。
しかし、他者の判断に委ねた行動を続けていては、大人としての主体的な意識は芽生えないでしょう。
自ら情報を集めて、自らの判断でイベントに参加できるように、SNSでの告知を続けています。
──イベントを実施するうえで大切にしていることはありますか?
佐藤──
本物を経験してほしいという想いから、プロのパフォーマーや講演者に登壇してもらっています。
従来、社会全体を見たときに、障がい者の慰問を目的としたイベントが実施されてきました。
それらのイベントでは、ボランティアやアマチュアの講師を招いていることもあります。
また、特定の施設で開かれる閉鎖的なイベントが多かったように感じます。
確かにひとつの支援の形ではあると思いますが、福祉の枠組みに捕われていて、障がいを持つ人に対する区別がありました。
くらしきLABOは障がいを持っている人に限定した、特別なイベントを開催しているのではありません。
技術も高く、社会的に活躍しているプロが登壇する、誰でも参加できる社会に開かれたイベントを開催しています。
──本物のイベントをどのように実現しているのでしょうか?
佐藤──
お酒も飲めるようなダイニングバーを会場にすることで、福祉の領域を超えた本物のイベントを提供しています。
もちろん、障がいの有無にかかわらずイベントへの参加費は発生します。
「自分で働いたお金で、自分で選んだイベントを楽しむ」という当然の機会を提供することが私たちの役割です。
障がいの有無にかかわらず楽しめるイベントが当然のように開催される社会が、理想だと考えています。
──倉敷市内のカフェ&バーKAGを利用した理由を教えてください。
佐藤──
婚活セミナーでは、座学形式の講座だけでなく、カップルの成立を目的としたマッチングイベントも開催しています。
つまり、座学で身につけたことを実践するイベントです。
マッチングイベントを会議室で開催するのは無粋な印象があり、会場選びに困っていました。
そこで、難しいとは思いつつも、カフェ&バーKAGを運営する株式会社クラビズの代表取締役 秋葉優一さんに相談してみたんです。
くらしき支援LABOの活動趣旨を理解してくれた秋葉さんは、カフェ&バーKAGを使用することを快諾。
マッチングイベントにも顔を出してくれました。
「障がいがあろうがなかろうが、誰にでも恋愛や結婚をしたいという気持ちがある。私たちとまったく変わらない感情を持っていることに気がつかせてもらった」と、くらしき支援LABOの活動に賛同してくれました。
その後も、婚活イベントだけでなく、音楽イベントや装花イベントを開催するときにも、会場としてKAGを提供してくれるようになったのです。
くらしき支援LABOの想い
──イベントを開催する際に、気をつけていることはありますか?
佐藤──
イベントを開催するうえで意識していることは、できるだけ特別な対応をしないことです。
婚活、音楽、装花など、どのようなイベントでも、基本的な流れは、世の中で実施されているイベントと同じにしています。
少しだけ違いがあるとしたら、イベントのスタッフのなかに、障がいを持つ人への支援の心得がある人がいることです。
そうすることで、障がいを持つ人たちが安心して足を運べる会場にしています。
イベントの内容を障がいを持つ人たちに合わせるのではなく、障がいを持つ人も気兼ねなく参加できるように、参加のための間口を広げることのほうが大事だと思っています。
最低限度の支援にすることで、福祉の枠組みではあるものの福祉のようには見えないイベントを目指しています。
──これからどのような活動をしていきたいですか?
佐藤──
障がいの有無にかかわらず楽しめるイベントを、もっと多くの人からの発案によって生み出していくことが次の目標です。
これまで企画したイベントの多くは、私と安藤さんが中心となって進めてきました。
一緒にイベントを運営してきた仲間のなかにも、素晴らしいアイデアを思いついた人もいるでしょう。
アイデアを具体化したり、イベントの開催までのプロセスを明確化したりして、多くの支援者が企画を打ち出せる世の中にしていきたいと考えています。
多くのアイデアによって、障がいを持つ人が地域社会とつながる機会を増やすことが目標です。
新しい支援のあり方を学んで
筆者は、取材や執筆などの地域活動を始めてから、障がいを持つ人とかかわる機会を持つようになりました。
それまでは、限られた人とだけ会えば進捗するような閉鎖的な仕事をしていたため、障がいを持つ人との出会いに困惑したことがあります。
筆者の話しかけ方が不適切だったために相手を混乱させてしまった経験もあり、その反省から障がいを持つ人の特徴について勉強したこともあります。
障がいについての知識が大切だと痛感した出来事でした。
すべての人が楽しめるイベントを実現させる工夫について佐藤さんに聞いたとき、次のような答えが返ってきました。
「イベントのスタッフのなかに、障がいを持つ人への支援の心得がある人がいることです」
筆者の経験もあり、腹落ちした回答でした。
まったく区別をせずにイベントを開催したのでは、障がいの有無にかかわらず、すべての人が楽しめないのでしょう。
きっと、イベントに限らず私たちの社会全体でも同じことが言えて、すべての人が幸せに過ごすためには、障がいを持つ人への支援の心得を持った人が増えることが必要だと感じました。
筆者も障がいを区別するのではなく、相手に寄り添うための支援の心得を身につけたいと思います。