【北欧から考えるウェルビーイング<前編>】 デンマークに「Karoshi(過労死)」という概念はない?

世界幸福度ランキングのトップ10に並ぶ北欧の国々。

歴史や文化は違えど、“ウェルビーイング先進国”の社会を知ることは、日本でのウェルビーイングを考えるうえでヒントになるかもしれない。

そこで今回、デンマーク出身で、Synean(株)代表取締役/デザインディレクターのエスベン・グロンデルさんにお話を伺った。2004年に交換留学で初めて日本を訪れ、2015年から日本で暮らしているエスベンさん。両方の社会での暮らしを経験しているからこそ、感じていることとは?

Synean(株)代表取締役/デザインディレクター エスベン・グロンデル

ウェルビーイングを感じるポイントは、国境を跨ぐ

── 早速大きな質問ですが、日本とデンマークを比較して、まず思い浮かぶ「ここが違うな」と感じるポイントは何でしょうか?

まず違うなと感じたのは「時間」の考え方です。日本でも見直し傾向にあるとは思いますが、「長時間働く・残業をすること=頑張っている」という認識がまだ根深い気がします。働き手のマインドという要因もありますが、それ以前に経営者が自社の労働環境や文化をどれだけ気にしているかということだと思います。

私にも経験があるのですが、定時が過ぎたあとも深夜まで業務を続けている人が少なくないですよね。

自分のやりたいこと、極端にいうと心身の健康を優先せずに、仕事をしてしまう。私はそういった働き方が効率的だとは思えないですし、何より個人の時間が大切にされていないように感じてしまいます。

デンマークでは比較的「長時間勤務しても効率が上がらないので、仕事の質のためにも帰ります」と言える雰囲気が出来ています。

最近、日本のネット上では「立ち寝仮眠ボックス」が話題になっていましたが、そうまでして労働時間を伸ばす必要はないのかなと思いますね。

せっかく勤勉な働き手がいるのだから、その人的資本を大切にするためにも仕組みの見直しは今後も進めていくべきだと思います。

── 逆に、日本とデンマークの共通点を感じることはありますか?

気持ち良いこと、心地良いこと、つまりは広い意味でウェルビーイングを感じるポイントは、国を超えて共通していると思います。

家族関係や性格など、人によって異なるものではありますが、傾向としては日本でもデンマークでも、多くの人が家族と夕食をとる、家族団欒の時間を心地良くて楽しいと感じていますよね。ここでポイントなのは、そういった時間を大切に出来ているか否かです。

デンマークでは「大事だよね」ではなく「大事にしているよ」というアクションまで積極的に持っていけている人が多く、それを支える社会の雰囲気や仕組みが充実しています。一方の日本では、多くの人が「家族の時間は大切」と思ってはいますが、働き方の仕組みや“飲みニケーション”の影響で出来ていない現状があるのかなと感じます。

── ウェルビーイングな状態の本質は共通しているが、それに応える仕組みがない。

はい。もちろん、違う文化や社会の中で育っている以上、個人のマインドセットにおいても傾向としての違いはあります。

例えば、デンマークは“我慢しない人”が多いですね。それを一概に良いこととは言えないのですが、自分の気持ちや権利をより誠実に伝えられることは、メンタルヘルスの観点からも大切なことです。日本語の「過労死」という言葉がそのまま英語の「karoshi」にもなっていますが、少なくともデンマークにはない概念です。

加えて、日本は遠慮して他者と距離感を置くという文化が濃いですよね。「迷惑をかけてはいけない」「邪魔をしてはいけない」と調和を重んじる文化は美しいものですが、他者に頼る方法も身につければ、もっと身軽になるんじゃないかなと思います。

育児休暇、子どものウェルビーイング

── デンマークと日本とでは、税金の使い方や福祉制度なども異なることが多いですよね。

はい。もちろん完璧ではないですが、デンマークでは「システムが国民を守る」という信頼値が高いように感じます。

しかし、意外な事実として、多方面で促進されている育児休暇については、日本の方がデンマークよりも条件が良いことが多いんですよ。

育児休暇に関しては、制度自体は揃っているのに、特に男性はそれを活用する人がまだまだ少ない。デンマークでは男性も育休を3ヶ月など取得することは一般的ですが、日本ではどうしても「今の仕事を離れられない」「休んではいけない」という意識が高いのだと思います。

先ほどの“我慢しない”の話とも通じますが、同調圧力や周囲からの期待に決定権を譲渡せずに、自分と自分の家族の時間を大切にする雰囲気作りに努めるステップに来ているのだと思います。

── 育児という観点から、子どものウェルビーイングについて何か感じることはありますか?

日本の子どもたちが夜遅くまで塾に通い、次の日の授業中に寝てしまうという話を聞いた時は驚きました。

はやく帰って、夜はしっかり眠って、学校の授業で勉強をする。デンマーク出身の私はそれが本質的だと思うんです。

お金を払って、別の場所で重複して勉強するということに対しては「頑張りの質」が的を射ていないなと。苦手な科目があったら学校で質問したり、教えてもらったりして補足すれば良いものなのでは、と違和感があります。

学習塾というのもデンマークにはない文化で、日本の子どもたちは入り口の狭い進学受験のために頑張らなければいけないプレッシャーと生きているのを感じます。

「頑張りの質」に関しては子どもの勉強に限らず、大人の仕事にも言えることですよね。

デンマークでも、もちろん急な仕事や締切があるプロジェクトなどで長時間が働くこともあります。しかし、それは特別な頑張りであって習慣化させるべきではありません。

── 個人のマインドセットからアプローチすべきウェルビーイングと、社会の仕組みからアプローチするべきウェルビーイングがあると。

はい。ウェルビーイングの形はとても多様ですし、今回お話ししていることも、私が思うことの一部なので、もちろん違った視点もたくさんあると思います。

今回のお話では「デンマークのこんなところがウェルビーイング的でいいよね」という話を中心にしていますが、もちろん日本の大好きなところや尊敬している社会の側面もあります。

実は私も、経営している会社でデンマーク式の働き方を実装できるように、試行錯誤している段階なんです。いろいろと理想論を語ったあとに、現実とのすり合わせをする。とても骨の折れる作業ですが、挑む価値のある挑戦だと信じています。

【インタビュー後編へ続く】

(ウェルなわたし/ 中村 梢)

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