【反論】「インボイス反対派を完全論破する」を読んで|笹井恵里子 『Hanada』2023年9月号に「産業を破壊するインボイス制度」を寄稿したジャーナリストの笹井恵里子氏。それに対し、10月号ではデービッド・アトキンソン氏が「インボイス反対派を完全論破!」と題し反論をしましたが、今回はさらに笹井氏がアトキンソン氏に再反論!

『Hanada』2023年10月号、アトキンソン氏による「インボイス反対派を完全論破する」を読みました(『Hanada』プラスでも公開中。下記リンク)。

記事の柱である3項目ーー

1)フリーランスは弱者なのか
2)自営業者の節税、消費税悪論の嘘
3)経営者に甘い

について、私の意見を述べます。

インボイス反対派を完全論破!|デービッド・アトキンソン | Hanadaプラス

「フリーランスは弱者なのか」

「弱者」が大半と私は考えています。法人化している方、著名な方はともかく、年収1000万円以下のフリーランスは弱者です。

公的な調査ではありませんが、副業を含めたフリーランス全体の平均年収は180万円、自営業系のフリーランスで平均年収300万円台という報告があります。

アトキンソン氏の記事では〈フリーランスは一国一城の主、社長なわけです〉〈BtoB〉と指摘されていましたが、一部を除き、フリーランスははっきりいって企業の「下請け」の立ち位置です。他にも代わりがいる仕事をしている人がほとんどです。ですから「価格交渉」に踏み切れば、途端に仕事がなくなる弱い立場です。

そのような「経営者になれない弱者」は、組織に戻れということでしょうか?

フリーランスの中には、会社に適応できず、もしくは組織からしめだされて否応無くフリーランスを選ぶ人も少なくありません。そういった方が組織に戻っても、双方にとって合わない環境なのですからお互い不幸でしかないと思います。

「自営業者の節税」

節税(脱税)などしていない、できないフリーランスばかりです! 日々の生活に困るくらいなのに、「経費」にして贅沢できる余裕などあるはずがありません。そもそも経費にできるだけの売り上げが生み出せないのです。

フリーランスで執筆業をする私を例にしましょう。

私は昨年、年明けから救急病院に密着取材しましたから、本当に365日休まず働きました。自分の名前で本を2冊出版し、ゴーストライターとしてもう1冊を請け負い、連載を毎月15ページ、そのほかオンラインや雑誌の特集記事を書き、さらにラジオでパーソナリティまで務めて年収880万円です。

執筆業は、ある意味「肉体労働」と同じです。物理的に取材できる限界量、執筆できる限界量があります。昨年、一昨年はまったく休まず働きましたが、年収900万円に達することはありませんでした。あとは睡眠時間を削るくらいしかないところまで働いたわけですから、これを年収900万円にのせるには、本が大ヒットして増刷するとか、テレビに出演するなどして、お金を増やすしか方法はありません。つまりそれは自分の努力だけではどうにもならないのです。

こう述べると、「年収880万円に達すれば十分」とお考えになるでしょうか。

ここからまず国民健康保険が88万円も引かれます。自営業者はざっと年収の1割を保険料にとられます。これは会社員ではありえません。会社員ならこの半分以下、公務員なら5分の1くらいでしょう(私は10年前に地方公務員をしていたのでよく知っています)。

次に、取材交通費、取材のための資料費が引かれます。たとえばアトキンソン氏にインタビューするなら、あなたの本を購入してから私はインタビューにのぞみます。そういった仕事のための書籍購入代も年間にすると40万円ほど、また取材交通費、取材者と会うための喫茶代なども頑張るほど膨らみ、年間にするとざっと70万円ほどになります。

私は趣味のための本を経費にしません。プライベートなものを一切含まなくても、国民健康保険とあわせていつも300万円程度が出ていきます。つまり年収500万円前後です。1日も休まず働いて、です。

ここからまだ消費税をとると仰るのですか?

また私のような名もない執筆者がフリーとして仕事をもらうためには、組織に属する人(会社員)より優れているところがなければいけません。ですからこれまで自腹で、取材と資料代をたくさん費やし、会社に属する記者に負けない記事を書こうとやってきました。

消費税を「懐に入れている」のではなく、そのお金を使って、より良い仕事をしているのです。弱者のフリーランスはそれをより質の高い仕事のための勉強代などにしている人が多いと思います。もしくは商いをしている人なら、百貨店より安く販売しているところもあるでしょう。

記事の中に消費税のメリットとして「脱税がしにくいこと」と「お金の使い道に選択肢ができる」とありますが、理解に苦しみます。

脱税?

先ほど述べたように年収1000万円以下は、「公私混同で経費扱い」にできるほどの売り上げを得ていません。

「消費税悪論の嘘」

もう一つの「お金の使い道に選択肢ができる」はもはや意味がわかりません。

「消費税はものを買わなければとられません」とありますが、私たちは売り手であり、商品を提供する際の「負担が増す」のです。

声優や漫画業界に限らず、出版業界の私たちだって負担が増します。同じ年収でもアルバイトの人なら払わないものを業務委託や、時には派遣社員であれば払う点についても不公平さを感じます。好んでそういった雇用形態を選んでいるわけではなく、組織になじめず、仕方なく自営業をしている人もいるからです。

また〈「インボイス制度反対」でよく見かけるのは「アニメ・漫画・声優業界」〉と指摘されていますが、これからたくさんの労働者が困り、声をあげる業界が出てくると思います。実際、劇団ですとかウーバーさん、ヤクルトレディなども声をあげはじめています。

今は、自分たちが困るかどうかわかっていないから、少ない声に感じるのでしょう。実際、私の周りの「お笑い芸人」や「カメラマン」は「制度がよくわからないから反対か賛成も言えない」と述べています。

消費税は悪税です。所得税は所得が少なければ少なくなる、住民税もそうです。けれども消費税は、「赤字」でも払わなければいけないではないですか。しかも一個人に、企業なみの消費税管理をするなど不可能です。そんな時間こそ「無駄」です。コスパの悪い働き方です。企業だって、これからインボイス導入と管理に人手をとられます。

それは経済成長を妨げることにはならないのですか?

「経営者に甘い」

「経営者に甘い」ということについて、怒りをもちながら読みました。

「経営者」に甘いのではなく、「大企業」に甘いのではないでしょうか?

法人税の優遇措置で6兆円超といわれます。ソフトバンクGが納めた法人税はゼロ。

国民健康保険もそうですが、日本はむしろ自営業者に厳しいと感じています。

生産性が悪い小規模事業者であっても、数値には表せない社会貢献をしていると私は思います。

インボイス制度は足腰を弱くさせる

最後に。

私は普段、医療健康をテーマに記事を書くことが多いので、人の体にたとえると、人の健康の鍵は「腸」にあります。

腸には善玉菌、日和見菌、悪玉菌がいるとされてきましたが、決して「善玉菌のみ」を揃えることが腸にいいわけではありません。悪玉菌も時には必要で、「多様性がある腸が健康」ということです。

カメムシの体には、殺虫剤を分解できる腸内細菌がいるそうです。だからカメムシは殺虫剤をまかれても生き延びることができます。

足腰が強い国、企業というのは、いろいろな人がいる、ことではないのですか? どんなことにも対応できるからです。たとえば夜遊びする編集部員ばかりでは、通常の仕事が進みません。けれども、夜遊びする編集部員がいるからこそ時に大スクープがとれる。

インボイス制度は、一見、「善玉菌を揃える」という良いことのようでいて、多様性を認めない、足腰の弱い国に向かう政策ではないでしょうか?

笹井恵里子 | Hanadaプラス

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