約200億光年離れた銀河「9io9」の磁場を観測 史上最も遠い固有磁場の観測記録

宇宙にあるほとんどの天体には固有の磁場があります。磁場は個々の銀河にも存在し、銀河の進化において基礎的な役割を果たしていると推定されています。しかし、遠く離れた天体の磁場を観測するのは難しく、銀河における磁場の役割には多くの謎があります。また、銀河の磁場が発生する理由もよくわかっていません。

ハートフォードシャー大学のJ. E. Geach氏などの研究チームは、大型電波干渉計「ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)」(チリ、アタカマ砂漠)による観測を通じて、地球から約200億光年離れた銀河「9io9」の固有磁場を測定することに成功しました。これは史上最も遠い固有磁場の観測記録です。

(※編注:9io9までの約200億光年という値は宇宙の膨張を考慮した「共動距離」にもとづきます。天体を発した光が地球で観測されるまでに移動した距離を示す「光路(光行)距離」にもとづく値は約113億光年です)

【▲ 図1: 電波で捉えられた9io9の画像に磁気の向きを書き加えたもの。2つに分裂して見えるのは重力レンズ効果による像の歪みのため(Credit: ALMA (ESO, NAOJ, NRAO) , J. Geach et al.)】

■謎が多い銀河磁場

地球は1個の磁石に例えられるように、地磁気という固有の磁場を持っています。磁場があるのは地球だけでなく、宇宙に存在するほぼ全ての天体には磁場が存在します。多数の恒星などが集合した銀河も例外ではなく、銀河の磁場は「銀河磁場」と呼ばれます。

磁場は様々な物質に作用するため、銀河という天体の進化にも関わりがあるとされています。しかし、これまでその役割はあまり理解されていませんでした。理由の1つは、一般的に遠く離れた天体の磁場を直接測定することができないからです。

銀河の磁場の構造や強度を知るためには、その天体を電波で観測して「偏光」と呼ばれる性質を測定する必要があります。電波は文字通り「波」であり、進行方向に対して垂直に振動しています。通常、その振動方向はバラバラですが、何らかの理由で振動方向が一定の角度に揃っている場合があります。これが偏光です。

銀河には星だけでなく大量の塵も含まれており、塵は電波を発しています。銀河磁場は塵の配列を一定方向に揃える性質があるため、塵から発生する電波の振動方向も一定の角度に揃う傾向にあります。つまり、塵から発せられた電波の偏光を観測できれば、銀河磁場の強度や向きを知ることができるのです。

しかし、遠い天体になればなるほど、地球に届く電波の強度は弱くなります。そのうえ、磁場による偏光は非常に弱く、観測自体が技術的に難しいことから、遠い銀河の磁場の研究はほとんど進んでいませんでした。宇宙は遠くを見れば見るほど初期の宇宙に近付くことになるため、言い換えれば初期の銀河における磁場の情報が不足していることになります。

■約200億年離れた「9io9」の固有磁場の観測に挑戦

【▲ 図2: 9io9の赤外線画像。VISTA望遠鏡とカナダ・フランス・ハワイ望遠鏡の撮影画像を組み合わせたもの。中心部で光っているのは重力レンズ効果の重力源となっている別の銀河であり、その周りを囲む赤い孤が9io9の像である(Credit: ESO, J. Geach et al.)】

Geach氏などの研究チームは、地球から約200億光年離れた銀河「9io9」をALMAで観測しました。9io9が選ばれた理由の1つは、過去にALMAや「ハッブル宇宙望遠鏡」で詳細な観測が行われていたためです。これに加えて、9io9は重力レンズ効果 (※1) によって増光されているため、遠くの天体としては明るく、詳細な観測に適しているという特徴があります。

※1…天体と観測者の間に別の天体があると、重力が光を曲げて1点に集中させる場合があり、通常は観測が難しい遠くの天体の情報を知ることができます。重力が凸レンズのような役割を果たすため、この現象は重力レンズ効果と呼ばれています。

研究チームは2022年4月に9io9を2日間に渡って観測し、データを分析しました。その結果、9io9の偏光成分を取り出すことに成功しました。偏光成分は1%程度であり、これは近くにある渦巻銀河と同程度です。この結果から、9io9には約1万6000光年の範囲に渡る500μG以下の磁場構造があると結論付けられました。これは史上最も遠い固有磁場の観測記録となります。磁場の強度は地磁気の1000分の1ですが、これは通常の渦巻銀河と比べて50倍も強い値であり、銀河磁場としては極めて強い値です。

9io9は今から110億年前の宇宙に存在する、誕生から25億年後の宇宙に存在する若い銀河であると見られています。銀河磁場の形成過程はよくわかっていませんが、個々の塵の非常に弱い磁場が増幅されたものであると考えられており、銀河磁場程度の強度と規模にまで成長するには10億年程度の時間がかかると推定されています。これは、9io9という若い銀河に銀河磁場が見つかったこととも矛盾しません。

また、個々の塵の磁場の増幅は、星形成 (※2) や超新星爆発によって塵の中に乱流が発生したためであると推定されていますが、特に星形成は固有の磁気構造の維持に主要な役割を果たしていると考えられています。9io9は現在の天の川銀河の1000倍ものスピードで星形成が行われていると考えられており、星形成による乱流から発生する磁場の理論的強度は今回の観測結果とよく一致します。

※2…銀河を満たす塵やガスが重力で集まり、恒星が生まれること。

今回の9io9の観測結果は、観測史上最も遠い固有磁場の観測記録となりましたが、詳細な観測が行われたとまでは言えないため、まだまだ追加の観測を行う余地があります。

例えば、9io9の銀河磁場の強度はかなり強く、銀河磁場が測定されたことがあるいくつかのスターバースト銀河 (※3) よりも高い値です。しかし、9io9の銀河磁場は場所ごとの細かな強度があまりよくわかっていません。9io9の星形成の激しさからすると、銀河全体でそこまで強い磁場は発生しにくいと考えられます。9io9では局所的に磁気強度の強い部分があると考えれば説明がつくため、より詳細な磁気強度の測定が必要となります。

※3…通常の銀河と比べ、非常に激しい星形成が行われている銀河。

■銀河以外の宇宙の謎にも関わる観測結果

また、今回の研究結果は「宇宙赤外線背景放射」や「宇宙マイクロ波背景放射」という別の要素にも影響する可能性があります。これは宇宙全体を満たしている赤外線とマイクロ波の放射ですが、その起源は全く異なると推定されています。宇宙赤外線背景放射は銀河に分布する塵からの放射であるのに対し、宇宙マイクロ波背景放射は「宇宙の晴れ上がり」 (※4) 時の光が宇宙の膨張によって引き伸ばされたものであると考えられています。

※4…宇宙は誕生からしばらくの間は高温で、原子は電子と原子核がバラバラなプラズマ状態となっていました。電気を帯びたプラズマの中では、光はまっすぐに進みません。宇宙誕生から約38万年後、宇宙の温度が十分に冷え、電子が原子核に捕らわれプラズマが消滅すると、光はまっすぐ進むようになります。これが宇宙の晴れ上がりです。

特に、宇宙マイクロ波背景放射は宇宙のごく初期の段階での情報を多数含んでいることから積極的に観測が行われており、その中には偏光成分もあります。しかし、今回の研究結果は塵から放射される電波の偏光成分を研究しているため、同じく塵から放射される赤外線も偏光している可能性を示しています。赤外線は宇宙の膨張によって引き伸ばされ、伝わってきた距離によってはマイクロ波となるため、宇宙マイクロ波背景放射の偏光成分にはわずかながらも宇宙赤外線背景放射の偏光成分が混ざっている可能性があります。

宇宙赤外線背景放射の偏光は今まで観測されたことはなく、あったとしてもその強度はとても弱いと推定されます。今回の9io9のように遠い銀河の磁場を観測する研究は、間接的に宇宙赤外線背景放射の偏光を予測し、宇宙マイクロ波背景放射のノイズを除去することにも繋がるかもしれません

Source

  • J. E. Geach, et al. “Polarized thermal emission from dust in a galaxy at redshift 2.6”. (Nature)
  • James Geach, et al. “Furthest ever detection of a galaxy’s magnetic field”. (ESO)

文/彩恵りり

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