宇都宮ライトレール、国内初の全線新設LRTに「課題」 外国で主流の乗客を〝信用〟する運賃収受方式とは? 「鉄道なにコレ!?」【第50回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

「ライトライン」の愛称が付いた宇都宮ライトレールの車両=2023年8月26日、宇都宮市

 雷が多く「雷都」とも呼ばれる栃木県の県庁所在地の宇都宮市に、「ライト」の名前が入った次世代型路面電車(LRT)が誕生した。日本で初めての全線新設LRTとして8月26日に開業した「宇都宮ライトレール」(愛称「ライトライン」)だ。マイカーからの移行が進んで脱炭素化に一役買うことが期待される一方で、LRTが発達している欧米の路線との運営方法の違いが「課題」となっている。(共同通信=大塚圭一郎)

※筆者が音声でも詳しく解説しています。共同通信Podcast #47【きくリポ・鉄道なにコレ!?特別編6】を各種ポッドキャストアプリで検索してお聞きください。

全線が複線の宇都宮ライトレール=2023年8月、宇都宮市

 【宇都宮ライトレール】JR東日本の東北新幹線や在来線と接続する宇都宮駅東口(宇都宮市)と、ホンダの研究開発拠点などがある芳賀・高根沢工業団地(栃木県芳賀町)の14・6キロを結ぶ次世代型路面電車(LRT)の路線。事業費は約684億円で、半分を国の補助で賄い、他は宇都宮市や芳賀町、栃木県が負担する。
 宇都宮市と芳賀町が設備を保有し、宇都宮市や芳賀町、関東自動車などが出資する第三セクター企業「宇都宮ライトレール」が運行する「公設型上下分離方式」を採用した。全線が電車の行き違いができる複線となっており、新潟トランシスが製造した3つの車体からなる低床式車両「HU300形」(定員160人)を使う。

熊本市内を走行する市営の路面電車=2023年1月

 ▽戦後に廃止が相次いだ路面電車
 日本の路面電車は、ピークだった1932年に65都市で走り、路線の長さは延べ約1500キロに達していた(国土交通省調べ)。
 しかし、第2次世界大戦後のマイカーの普及を背景に、自動車による交通渋滞が問題化すると、道路に先乗りしていたはずの路面電車が“邪魔者”扱いされる事態に追い込まれてしまった。1950年代後半から70年代にかけて特に廃止が相次ぎ、2000年代初めの路面電車の路線長は延べ200キロ程度まで縮小していた。
 これに対し、欧米では利用しやすく、マイカー移動に比べて環境負荷の低減にもつながる公共交通機関として路面電車が再評価されるようになった。切り札となったのが欧州やカナダ、米国などで整備が進んだLRTだ。

 ▽LRTとは
 LRTは英語の「Light Rail Transit」の頭文字の略で、日本では「次世代型路面電車」などと呼ばれる。JR在来線の電車などと比べて小型・軽量の車両を使い、都市部では自動車と共用する併用軌道を走り、土地がある近郊区間ではLRT車両だけが走る専用軌道を設けるのが一般的だ。

米メリーランド州ボルティモアの次世代型路面電車(LRT)が専用軌道区間を走る様子=203年9月17日、筆者撮影

 このため併用軌道では運行速度が一定以下にとどまるものの、専用軌道ではスピードを一気に上げて走る。近郊の住宅街から都市部へ向かう通勤通学客が多く利用しており、近郊の停留場を発着する路線バスと乗り継いだり、隣接した駐車場に止めたマイカーと乗り換える「パーク・アンド・ライド」を活用したりするケースが目立つ。大都市の中心部へ流入する自動車が減り、脱炭素化に役立っている。
 多くのLRTは超低床車両を用いており、地上にある停留場のプラットホームとほぼ段差なく乗り降りできるため高齢者や車いす利用者らにも優しいのが持ち味だ。
 投資額が比較的抑えられるのも利点で、国交省によるとLRTの一般的な整備費は1キロ当たり20億~40億円と、モノレール・新交通システムの100億~150億円、地下鉄の200億~300億円を大きく下回る。

 ▽先例となった旧富山ライトレール
 国交省は補助金を支給して導入を後押しする「LRT総合整備事業」を2005年度に開始し、先例として富山市に旧富山ライトレール(現在の富山地方鉄道市内電車の一部)が2006年4月に開業した。

2006年に開業した日本初のLRT「富山ライトレール」(現・富山地方鉄道市内電車)=2022年2月、富山市

 この路線は旧JR西日本富山港線(富山―岩瀬浜間)を引き継ぎ、LRTに転換した。通常の電車だったのを、お年寄りや車いす利用者も乗り降りしやすい低床式車両に変更。途中駅を増やして運行頻度を高めたことで格段に使いやすくなり、JR西日本時代の「赤字のお荷物路線」(元首脳)が全国から注目を浴びる先駆的な公共交通機関に一変した。
 富山市は路面電車の沿線に住居や商業施設、オフィスなどの機能が集まった拠点集中型のコンパクトシティーの実現を目指した。2009年12月に富山地鉄市内電車を中心部で延伸し、環状運転をできるようにした。さらに旧富山ライトレールと富山地鉄市内電車の直通運転も2020年3月に始まり、利便性が一段と向上した。
 宇都宮ライトレールも誕生したことで日本のLRTを含めた路面電車の運行事業者は19となり、路線長は延べ230キロ弱となった。

米ボルティモアのLRTの自動券売機=2023年1月15日、筆者撮影

 ▽外国のLRTの運賃は「信用乗車方式」が一般的
 宇都宮ライトレールが開業する前から筆者が「課題」だと受け止めていたのが運賃収受方法だ。筆者が現在駐在している米国を含めた外国のLRTの一般的な方法とは異なる。宇都宮ライトレールでは運賃収受でもたつき、LRTの売りであるスピーディーな運行が阻害されかねないと危惧していたのが現実化して遅れが頻発していると聞いた。
 外国のLRTは一般的に、利用者が切符を自己管理する「信用乗車方式」を採用している。切符をスマートフォンのアプリ、または停留場などにある券売機で買い、乗車前に有効化する。利用者は停留場側にあるLRTのどの乗降扉も利用でき、運賃収受業務には携わっていない運転士は乗り降りが終われば発車する。
 利用者が適正な切符を持っているかどうかは、係員が抜き打ちで車内を巡回して検札する。もしも不正乗車が発覚した場合は高額な罰金を科す。米国では日本の鉄道警察隊に当たる運行当局の警察が確認しており、激しく抵抗して逮捕される違反者も出ている。

米ボルティモアのLRTが併用軌道区間を走る様子=2023年7月30日、筆者撮影

 ▽検札で無賃乗車が発覚したら…罰金は乗車券の25倍
 一例として筆者が住んでいる米首都ワシントンに隣接するメリーランド州では、人口が約57万人(米統計局の2022年7月時点推計)の最大都市ボルティモアにLRTが走っている。片道1時間半以内ならばLRTと地下鉄、路線バスを自由に使える乗車券が2ドル(1ドル=140円で280円)、1日乗車券は4・60ドル(同640円)だ。
 検札で切符を持っていない無賃乗車が発覚した場合の罰金は50ドル(同7千円)と、片道乗車券の25倍になる。日本で適用している「該当区間の普通旅客運賃の3倍を支払う」というルールよりもずっと重い。

米ボルティモアのLRTの自動券売機に付けられた無賃乗車を警告するステッカー=2023年9月17日、筆者撮影

 メリーランド州は2013~16年に計739万7277件を調べたところ、無賃乗車は2・15%に当たる15万9508件だったと説明している。ただ、筆者はこれまでにボルティモアのLRTを累計30回超乗ったが、検札を受けたのは1回だけと頻度は低い。見回りに来た警察官が乗車券の提示を求めたため、スマホの1日乗車券の画面を見せた。

宇都宮ライトレールの車両「ライトライン」の運転席=2023年8月21日、宇都宮市

 ▽ワンマン運転の宇都宮ライトレールでは、現金支払いが遅れの原因に
 これに対し、宇都宮ライトレールは全ての電車がワンマン運転で、現金で支払う利用者の運賃支払いなどにも立ち会う。運賃収受方法を「課題」と指摘したのは、開業前に収受方法について調べ、運行の遅延を招く原因になりかねないと危惧したからだ。
 課題の一つはライトレールには片側に扉が4カ所あるが、運賃を現金で支払う場合に降りられるのは、進行方向先頭の扉の1カ所だけに限られることだ。乗車前に停留場の発行機で受け取った整理券を運転士に提示し、ぴったりの金額がない場合は運賃箱に併設した機能で両替し、運賃箱に正確な金額を投入する必要がある。
 宇都宮ライトレールは区間別で異なる運賃を採用しており、乗車駅から3キロ以内の初乗り運賃が大人で150円。3キロ超から7キロ以内は2キロごとに50円を加算し、7キロ超は3キロごとに50円を加算する。宇都宮駅東口から終点の芳賀・高根沢工業団地まで乗れば400円だ。
 多様な運賃が設定されている中で、ちょうどの金額を持ち合わせていない利用者が後方の扉から乗車し、混雑のために先頭になかなかたどり着けない事態も生じうる。そうなれば降りる停留場に到着してから先頭の扉へ向かい、両替をしてから運賃箱に支払う利用者が続出すると電車の遅れを招くことになる。
 運賃箱で両替できる紙幣は千円札だけで、2千円と5千円、1万円の各紙幣には対応していないのも不安材料になると筆者は開業前に受け止めていた。
 実際に運行が始まってからは現金払いの利用者が想定されていたより多く、遅れが頻発していると報じられている。

宇都宮ライトレールの車両「ライトライン」の内部=2023年8月21日、宇都宮市

 ▽交通系ICカードにも遅れを引き起こす懸念
 一方、交通系ICカードは、栃木県で2021年3月に発売された「totra(トトラ)」に加え、「Suica(スイカ)」や「TOICA(トイカ)」、「ICOCA(イコカ)」など他の交通系の計10カードに対応している。
 交通系ICカードを持っていれば片側4カ所にある扉のいずれからも乗り降りが可能だ。乗車時にはそれぞれの扉脇の下側にある緑色のカードリーダーにかざし、降車時は上側にある黄色のカードリーダーにタッチすることで精算される。乗車時にICカードを触れると画面に残額が表示され、不足していた場合は先頭または最後部にある運賃箱でチャージ(入金)できる。
 ただ、乗車時にカードリーダーにタッチするのを忘れたり、エラーを起こしたりすれば運転士に申し出て対応してもらう必要がある。こうした事態も電車が遅れる原因となりかねない。

宇都宮ライトレールの路線図(同社ホームページから。普通電車の所要時間約44分は今後の予定です)

 ▽軌道に乗せる「近道」は
 宇都宮ライトレールは当面、ピーク時の運転を約8分間隔、ピーク以外は約12分間隔とし、運営が軌道に乗った後にそれぞれ約6分、約10分に間隔を狭める計画を表明している。これは運賃収受方法などに利用者が慣れるために時間を要すると見込んでいるためだ。
 現在は各駅に止まる普通電車だけを運行しており、宇都宮駅東口―芳賀・高根沢工業団地の所要時間を約48分に設定している。宇都宮ライトレールは運賃収受などが周知されればダイヤを見直し、約44分で結べるようになると想定している。一部停留場を通過して約37~38分でつなぐ快速電車の導入も計画している。
 利用者がより円滑に運賃を支払えるように後押しするため、筆者は現金利用者向けに両替機を停留場に設置することを提案したい。整理券発行機に隣接して設置し、整理券を取ることを周知する文言と運賃表を張り出せば利用者が事前にぴったりの運賃を用意でき、降車時にすぐ支払えるようになる。500円玉や千円紙幣を両替できるようにするのはもちろん、車内の運賃箱が対応していない2千円、5千円、1万円の各紙幣の両替にも対応させることが望ましい。
 両替機は全ての停留場に設けることが理想的だが、予算の制約などで難しい場合はせめて主要停留場の宇都宮駅東口、宇都宮大学陽東キャンパス、グリーンスタジアム前、芳賀・高根沢工業団地などには設けてはどうだろうか。
 投資額が膨らみ、両替機からの現金回収といった作業が必要になることに難色を示す向きもあるだろう。しかし、宇都宮ライトレールの運行を軌道に乗せてストレスなく利用できる環境を整備すれば、「通勤や買い物などを自動車に依存している人が多い」(地元住民)とされるマイカー族に移行を促して環境負荷が低減する「近道」にもなるのではないだろうか。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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